第9話 3【アナタが海の息子だから】
エリスさんの存在は、組織内でも重要機密に指定されているらしい。それを知っているのは上から数えて少しの幹部たちだけ。組織の本当の企み――――創設者ダン・ニコルソンの妻一人を完全蘇生させるための計画(これをエリス計画という)が露呈してしまった場合、大規模な暴動が予想されるという。
考えてみればそれも当然だと思われる。組織に属する人間にしてみれば、死者の蘇生が成功した暁には故人を蘇生させてくれるという約束を交わしているにも関わらず、本当は誰一人として生き返ることなど出来ないと判明することになるのだから。
他者を殺めてまで没頭した計画がたった一人の人間の為の計画だったなんて、一体誰が素直に受け入れられるだろう。
どうにかして夫の計画を止めさせたい。でも、内心喜んでしまっている自分がいる。私には、もうどうすることも出来ない。私にあの人は止められない。そう語ったエリスさん。
リルクに似ていて、命を共有しているからといって、得体の知れない人間に組織の超機密情報を話し、信頼を向ける理由が分からず、僕は最後にそんな質問をしたのだった。
エリスさんは僕の頬にそっと手を添えながら言った。
「アナタが、海の息子だからよ」
「海って……母さん?」
「そう、アナタのお母さん。まさかあの時の子がこんなに大きくなって私の前に現れるなんてね……さすがに驚いてしまったわ」
「エリスさんと母さんは、その……どういった関係だったんですか」
「え? ああ、海ね。初めて会ったのは彼女がまだセーラー服を着ていた頃よ。その時の私はまだ娘の体にいたから、きっと今の私を見たら驚くでしょうね……彼女とは、もう会えないのが残念だけれど」
「そうなんですか?」
「ええ、それがあの兄妹の出した答えだったから。知っているでしょう? カミヤという男を」
「それは、まあ……」
「海はアナタに何も話していないの?」
「はい。正直、ここに辿り着くまで地獄でしたよ」
エリスさんは「……そう」と哀れに満ちた表情で僕を見た。
「海にとってこちら側での時間は、あまりいい思い出ではなかったのかもしれないわね……あの子はね、こちらの世界に迷い込んできて、一人の男性に恋をしてしまったの。海はこちらの世界でその人の子を身籠って、アナタが生まれた。当時の私は母親の先輩として海に色々してあげたのよ、アナタのお世話も含めてね」
「それは……知りませんでした」
「知らなくても当然よ。知ってしまったら、あの子の決断が水の泡になってしまうもの」
「決断?」
「そう、アナタを守る決断。海はこの世界で禁忌を犯したのよ」
「禁忌?」
この世界での禁忌。それは――――現実世界と鏡の国同士の人間が出会うこと。
そう、エドワーズさんは言っていた。
エリスさんの申し訳なさそうな表情に、僕は彼女が何を言いたいのか察し、一つの答えを口にした。
「僕が、生まれてしまったから――――ですか?」




