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第9話 2【エリスの願い】





「え、ちょっと待って、それってどういう……本物のミドナちゃんはどこにいっちゃったの?」



「あの子なら眠っているわ。さっきの出来事が相当ショックだったらしくてね……膝を抱えて大泣きしたと思ったら疲れて眠っちゃった。安心して、私が眠ったらあの子は戻ってくるから」



「そっか……よかった」



「あら、なんだかんだ言って、あの子のことが気に入っているみたいじゃない。ふふ、報われない人ね、本当に」



「あんなに全力で好意を向けられたら、誰だって嫌な気はしない、ですよ……」



「ふうん? まあ、おばあちゃんとしては孫がモテるのは大いに結構なのだけど。あの子の年上に対する好意は、なんていうか……恋、というよりは憧れに近いものがあるのよね」



 キャロルさん然り、僕然り、年上の男性に抱っこを求める様はまるで、親に愛情を確認する子どものようだと思った。



「僕やリルクに対する態度も、憧れ故にってことですか」



「そうね……なんていうか、似てるのよ、あの子の父親に」



「エリスさんの息子さんにってことですか?」



「ううん、違う。私の子は女の子よ。その子を産んだことが原因で、私は出産後、そのまま死んでしまったの」



 それは、なんというか、とても無念な死因だった。我が子を残して死んでゆく母親の心残りは相当なものだろう。執念が、今も彼女をこの世界に縛り付けているのだろうか?


 でも、それならどうして孫の体を借りているのだろう? 彼女が命懸けで生んだという女の子の赤ちゃん――――ミドナちゃんの母親は?



「エリスさんはどうしてこの世界に留まり続けているんですか? その娘さんのことが心残りで、とか?」



 簡単に言えば幽霊、という存在の彼女に僕が発した言葉は、結果的に彼女から笑顔を奪ってしまうことになった。無粋な質問だったとは思う。エリスさんは笑顔を曇らせ、小さな声で「連れ戻されたのよ、強引に」と言った。



「連れ戻された?」



「この世に未練なんかないわ。子どもを生めば死ぬかもしれないってことは、あの人と結ばれた時から言われ続けていたことだったし。私はあの人との子どもがどうしても欲しかったの。生き残る確率は数字にして限りなく少なかったけれど、それでも、私は奇跡に期待した。結果は残念なものになってしまったけれど、それは承知の上での結果だったもの。ただ……あの人、ダンだけは、それが許せなかったみたいで……」



 ダン・ニコルソン。エリスさんの夫であり、組織エリスの創設者。死者の蘇生の分野において、信者たちの間では教祖、と呼ばれてもおかしくはない立場の男性。


 ダン・ニコルソンの亡くなった大切な人――――それが、若くして亡くなった妻、エリスさんだったのだ。

 エリスさんは現在、孫の体を借りてとはいえ、この世に留まっている。これは組織エリスの研究が実ったということなのではないのだろうか? 本人は、それが不服のようだけれど。



「ねえ、ヒカル。エリス計画って聞いたことある?」



「えっと……すみません。ないですね」



 エリスさんは安堵した表情で頬を緩めた。



「そう、まだそんなに知られていないのならいいの」



「知られたらマズイことでもあるんですか?」



 エリスさんは僕の耳元に急接近すると、吐息のかかる距離で話し出す。



「いい? これから話すことは、なるべく他の人に話してはダメよ。組織の裏側に関わる人たちに知られたら、それこそ殺し合いが始まりかねないからね」



「そんなに……」



 エリスさんは簡潔にその内容を語った。



「エリス計画っていうのはね、エリス……すなわち、私を生き返らせる為の計画なのよ」



「……は?」



「組織の名前がエリス。極秘計画の名前がエリス計画。私の名前だらけなの、さすがにおかしいでしょう? 組織は最終目標を死者の蘇生としていて、成功した暁には組織の人たち皆の大切な故人を復活させてあげますよって謳い文句で運営しているわけだけれど、そんなに簡単にいくと思う? 本来、一度死んだ人間を復活させるのは不可能。出来たとしてもやっちゃダメ。そんなの、子どもだって知ってる。代償が大き過ぎるから」



「その代償って……」



「人の命と魔力よ」



 紡がれた答えに、僕は落胆した。



「しかも、とんでもない数の、ね。ヒカル、あなたに真実を教えてあげるわ。数えきれない人の命と、世界を丸ごと消せるレベルの魔力を持ってしても、死者の蘇生は叶わない」



「そんな……それじゃ、皆がしていることは何の意味も持たないってことなの? じゃあどうしてエリスさんは戻ってこれたの? 言ってることが矛盾してるよ」



 半泣きになりながら、僕は「どうして」「どうして」と子どものように彼女へ縋る。


 脳裏に焼き付いているのは、母親に会いたいと願ったあの無邪気で優しい女の子や、愛する人の幸せを願う女の子、己の希望の為に、フラフラになりながら血眼で研究に勤しむ組織の人たちの姿。みんな、みんな、無駄になる。誰も幸せになれない。


 結末を想像すると、胃の中身が激しく煮える感覚に襲われた。混乱する僕の頭をエリスさんは優しく、小さく細い腕で抱き締める。



「死んだ人間は生き返らないはずだった。それなのに、ある日突然組織にやってきたあの男のせいで、状況が変わってしまったの」



 僕は彼女の言葉を黙って聞いていた。



「男の名前は確か……ディオ。偽名かもしれないけれど、そう言っていたわ。ディオは死者の蘇生方法を知っていると言ってダンに近寄り、信頼を得るため、まずは私の魂だけを実際にこの世に呼び戻したの。その頃はまだミドナも生まれていなかったから、私は自分の娘の体を借りて過ごしていたのだけれど……死んだ人間を憑依させるのは、とても体力と魔力を使う行為だったらしくて……私は、娘を殺してしまうことになった。それだけでもツラかったのに体を失った私の魂を、ダンはミドナの中に押し込めた。幸い、ミドナは私の遺伝が強く、赤目で生まれてきたこともあって、魔力の面では心配なかった。でも……」



「ミドナちゃんの体力が、持たないんですね……」



 言葉に詰まってしまったエリスさんに代わり、落ち着きを取り戻した僕は彼女の体を優しく引き剥がし、その小さな手を握って言った。


 驚いたのか、彼女の赤い瞳が揺れ、静かに「そうなの」と返答が聞こえた。



「死者の蘇生に必要な禁忌の呪文。それを知っているのは本来、神話の女神フロマだけのはずだったのだけれど……あのディオとかいう男はそれを知っていた。だから私がここにいる」



「そうだったんですか……」



「ねえ、ヒカル。お願いがあるの」



 彼女は今にも泣きそうな顔をしていた。



「お、お願いですか……僕に、出来ることなら、ですけど」



「もう、アナタにしか頼めないの……お願い、ヒカル。私を安らかに眠らせて……あの人に、私の夫に、もうこれ以上、人を殺させないで……お願いよ……」



「……僕に、出来るかな」



 正直、不安だった。僕には魔法を使える素質はあっても実績がない。魔法が使える保証もない、何もない僕が、組織の計画を潰すことなど果たして出来るのだろうか。


 けれど彼女は、断言した。



「出来るわ。だってアナタはリルクと運命を結ばれ、ミドナに選ばれた人なんですもの。きっと大丈夫。自信を持ちなさい」



 僕は「……やってみる」と呟くことしか出来なかった。






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