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第9話 1【ミドナとエリス】





「ここがミドナ様のお部屋よ。今は眠っているけれど、くれぐれも失礼のないようにね」



「う、うん」



 室内は想像していたような女の子の部屋、といった感じではなく、どちらかといえば自室と社長室を一部屋にまとめたような造りをしていた。正面に見えるのは、おそらく仕事用と思われる木造りのデスクで、その上には今にも崩れ落ちそうな量の書類が積まれていた。


 デスクの壁は全面モニターになっていて、現在の空が映し出されている。


 視線をほんの少し右へ向けたところでマリアさんが部屋全体の明かりを灯した。明るくなったことで、僕はその場所にベッドが置かれていることを知る。近くには小さな扉があり、「ドレスルーム」と記された札が掛けられている。


 マリアさんはベッド(天蓋付き)の方へ向かっていった。続いてミドナちゃんを抱っこするリリィさんもそちらへ向かったので、手持ち無沙汰な僕も彼女たちの方へ向かう。


 何をするのか見ていると、彼女たちは先の一件で傷つき、汚れてしまったお姫様の身支度を整えようとしていた。ミドナちゃんの首元のボタンをはずしたところで、僕に気がついたマリアさんは鋭い目つきで僕にバスタオル(花柄)と一緒に怒声を投げつけた。



「背を向けるぐらいしなさいよ、この変態! ミドナ様はまだ幼いとはいえ、立派なレディなのよ! 分かってる?」



「まあまあ、マリアちゃん。ミドナ様が起きちゃうから、ね? 落ち着こうよ」



 激高したマリアさんは自分を落ち着かせるため深く息を吸って吐いて言った。



「……ごめんなさい、ちょっと疲れてて。あっちにシャワー室があるから、ミドナ様の着替えが終わるまで、ヒカルは汚れた服と体をキレイにしてきなさいよ。着替えは用意しておくわ」



 先ほど投げられた花柄バスタオルには、どうやらそういう意味も含まれていたらしい。



「えっと、その……マリアさん」



「何よ」



「色々、ごめんね」



 何と言えばいいのか分からず、謝罪と共にシャワールームへ逃げ込んだ僕だった。



「……そこはありがとうでしょうが、バカ」



 僕は汚れた服を脱ぎ、シャワーの栓をひねった。脳天から足の先まで滴り落ちる熱い液体が、意識を鮮明にする感覚に身震いする。


 僕はこのシャワールームを出たら本を読まなくてはいけない。カミヤさんが「鏡の国」に迷い込んでから、一体どんな軌跡を辿ったのか、全てが記されているというもの。



「あ」



 シャワールームを出た僕は、部屋から出て行こうとするマリアさんの姿を捉えた。



「タイミングが良いんだか、悪いんだか……見つかっちゃったわね」



 マリアさんは苦笑いをした。



「え、もう行っちゃうの?」



 せめて、別れの挨拶ぐらいしてくれてもよさそうなのに……と眉を下げて思っていると、それを察知したかのようにマリアさんは溜息をついた。



「初対面の時から思っていたことだけれど、アナタって本当に警戒心がないのね……なんでもかんでも受け入れ過ぎなのよ。私たちみたいな人種を、そう簡単に信用するものじゃないわ」



 私たちは、暗殺者なのだから。そう言って、マリアさんは苦笑した。



「人を信用し過ぎる人間は、早死にするのよ」



 マリアさんは僕の首筋に愛用しているアイスピックを突き立てた。彼女がそうしていたのはほんの一瞬のことで、僕の焦りを感じ取ったマリアさんは満足げに凶器を懐に戻した。



「私がもし本気なら、今の一瞬で死んでいたのよ。ここはそういう場所。信用に値する人間なんかいないわ」



「……ごめん、気をつけるよ」



「別に謝ってほしかったわけじゃないのだけど。まあ、いいわ。この話はおしまい。私たちはまだ仕事が残っているから、本当にもう行くわね。それじゃ、ミドナ様のこと、お願いね」



 マリアさんとリリィさんは部屋を出て行った。


 僕は眠るお姫様の横に椅子を用意し、そこで本を読むことにしたのだが、腰を下ろしたところで彼女が目覚めた。


 体を起こし、辺りを見渡してここが自分の部屋であることを認識したミドナちゃんは、



「あら、ヒカル。久しぶりね。どうしたのよ、そんな泣きそうな顔をして。私の顔に何かついていて?」



 大人びた口調でそう言った。



「ミドナ……ちゃん?」



「なあに?」



 僕は、違和感に身を震わせた。今、僕と話しているミドナちゃんは大広間で顔を合わせた女の子とは、全くの別人だった。僕は大人びた少女との間に面識があった。それは前日、ボロボロの状態でキャロルさんと共にエリスの地下に初めて足を踏み入れたあの時のこと。


 大量の汗をかきながら百面相を繰り広げる僕を見て、少女は上品に笑った。



「ふふっ、何が起きているのか理解が追い付かないって感じかしら?」



 ミドナちゃんはベッドから身を乗り出し、椅子に座る僕の前に立った。

 ピンク色のワンピースをひるがえしながら、彼女は微笑みを絶やさずに言う。



「まずはヒカルの混乱を解消するために、改めて私の自己紹介をする必要がありそうね」



「君は、ミドナちゃんじゃないの?」



「本体はミドナであることには間違いないのだけれど……中身が違うのよ。私の名前はエリス。本当ならば数十年前に死んだはずのミドナのおばあちゃん。そして――――この組織の創設者、ダン・ニコルソンの妻よ。よろしくね」



 片足を下げ、ワンピースの裾を両手で持ち上げお辞儀をしながら、愛らしい見た目の少女は僕の前で微笑んだ。







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