第8話 4【リルクへ繋がる手がかり】
大広間の静寂を切り裂いたのは、ミドナちゃんからの攻撃に動じず、その様子を平然と見つめていたカミヤさんの声だった。
「記録班! 今の撮り逃してないだろうな! もし不備があれば、お前ら全員の首が飛ぶぞ!」
カミヤさんが叫ぶと、大広間の入り口付近にあった真っ白なドアが大きな音を立てて開き、中から白衣に身を包んだ人間がぞろぞろと現れた。そのほとんどが手に機械やら記録用のペンと紙を持っている。僕は腰を抜かして王座に体を預けて様子を見ていた。
「不備はありません! こちらをご覧ください! 画像解析及び、温度、物質、全ての項目の解析も既に終わっております!」
白衣の男たちはカミヤさんにパソコン画面を見せながら自信満々に語る。ほんの少しだけ見えたパソコン画面には、二色の光が交差する映像(DNA螺旋みたいな形)と共に、百パーセント一致の文字が見えた。それが何を意味するものなのか未だ分からずにいる僕に、カミヤさんは拳を握り、勝ち誇った表情で言った。
「やっと尻尾をつかんだぞ、リルク! これであいつの居場所が分かる!」
今、何と言った? リルク? それは僕と命を共有し、ミドナちゃんが血眼で探し続けている男のことか? なんだこれは――――この場で一体、何が起きているというんだ?
「っ――――! ひーくん!」
ミドナちゃんは一瞬の隙をついてキャロルさんの腕の中から逃れ、テディベアを踏んづけながら僕の元へ一直線にレッドカーペットの上を走ってきた。キャロルさんはもう、ミドナちゃんを追いかけては来ず、約目を終えたように立ち尽くしている。
「ひーくん、ひーくん!」
少女は涙と鼻水でぐちゃちゃになった顔を気にも留めず、僕に全速力で飛びついてきた。
「うぐっ!」
ミドナちゃんの体はさながら砲丸のように僕の体に現実的な衝撃を与えた。それでも、僕の為に泣いてくれているこの子の事を思うと何も言えず、少女の頭を撫でた。
ミドナちゃんは驚いた様子で顔を上げる。見上げた泣き顔の少女が愛らしく、金糸をわしゃわしゃと掻き乱した。
「ひ、ひーくん?」
少女は頭にハテナマークを浮かべ、キョトンとしている。彼女の涙を指の腹で拭い、僕は現実世界で妹を相手にする時のような「お兄ちゃん」で声をかけた。
「そんなに泣いたら、目が腫れちゃうよ」
服の裾で鼻水も拭ってやる。鼻の頭を真っ赤にしながらされるがままになっていた少女は、一瞬だけ恥ずかしそうに鼻をすすると、今度は僕の腕にすがりついてきた。
「体、どこもケガしてない? ミドナ、ひーくんにケガさせちゃってない?」
不安そうに尋ねるミドナちゃんは、意図的に僕へ向けて攻撃魔法を放ったようではないらしい。先ほどの様子では、我を忘れて力を暴走させてしまった、という見方の方が現実的だ。
僕は彼女をどうにか安心させようと精一杯の笑顔で、
「大丈夫、どこもケガしてないよ。ミドナちゃんも見ただろう? さっきの光が僕を守ってくれた」
と説明した。
「さっきの光――――」
ミドナちゃんはカミヤさんの方へ視線を向け、目を見開いたかと思うと、今度はその細い首をグルンと回転させ、キャロルさんの方へ向いた。
そして、
「……リルク」
ミドナちゃんはその場で突然意識を失った。
何が起きているのか分からず困惑する僕は、ミドナちゃんを心配して声をかけ続けた。
眠っている様子のミドナちゃんにホッと胸を撫で下ろしたところで、視界に見覚えのある革靴が映り込んだ。
「……キャロルさん」
ミドナちゃんを追い詰め、泣かせて暴走させた張本人は、彼女が眠っているのを確認すると、その体を抱き上げた。
「ミドナ様、大変申し訳ありませんでした」
聞こえるハズのない謝罪の言葉を述べ、
「君にも、迷惑をかけた。申し訳ない」
頭を下げたキャロルさんに、僕は慌てて首を横に振る。
「い、いえ、そんな!」
「こんな無茶な計画、よく成功したと思うよ、正直ね。結果的に君とこの子を酷く傷つけてしまった……私は、自分が情けない」
「計画って、一体どういうことなんですか」
「ミドナ様に直接、君を攻撃させる計画だったんだ」
「ミドナちゃんに、僕を攻撃させる?」
彼女が僕を攻撃することに、一体どんなメリットがあると言うんだ?
「ミドナ様の攻撃を受けた際――――君はあの光に守られたおかげで助かっただろ? 奴が今回の目的に据えていたのが、あの光なんだ」
キャロルさんは白衣の集団と盛り上がっているカミヤさんを指差した。
「あの光はね、リルクが君にかけた防御魔法なんだよ」




