第1話 2【金の瞳を持つ黒猫】
想像した通り、廃墟の中は暗く、外壁が剥がれ落ちていたり、長年の放置の結果、不法投棄と思われる家具やゴミが散乱して足場を悪くしていた。
「早く終わらせて帰ろうぜ……嫌な予感がする」
僕は綾瀬に懐中電灯を預け、両腕を守るように抱いた。
「何? 夏川、もしかしてビビってんの?」
「はあ? べべべ別にビビってなんかねーし」
「あっはっは! 足も声も震えてんじゃねーか!」
「……うるさいな」
僕は小声で吐き捨てる。
「ははは! それにしても、ないなあ……噂のエレベーター」
辺りを見渡しながら呟く綾瀬。
「そんな簡単に遭遇したら大問題だっての」
呆れながら綾瀬の後ろを歩く僕は、ここである事実に気が付いた。
「なあ、綾瀬」
「んー?」
僕は恐る恐る綾瀬に確認した。
「……桜城は?」
「は? そこにいるだろ――あれ?」
辺りを見渡しても、一緒に来たはずの桜城の姿がない。
事実を認識した瞬間、体中の汗腺が開き、冷たい汗が出る。
「おーい! 桜城! いたら返事しろー!」
綾瀬が大声で呼びかけるが、辺りは静まり返っていて、反応はない。
「綾瀬……ヤバくないか?」
この瞬間、二人目の行方不明者が出てしまった――――かもしれない。しかもそれは僕の大切な友達だというのだから冗談じゃない。
「暗いからどこかではぐれたのかもな……俺ちょっと来た道戻ってみるわ。夏川はここで待ってろ。動くなよ」
「え? マジで? ここに僕を置いていっちゃう感じ?」
こ暗闇に一人で放置されるとは夢にも思っていなかったので、僕は恥もなく、涙目になりながら綾瀬にすがりつく。けれど、思い通りにはならなかった。
「万が一、桜城がここに現れたら困るだろ? すぐ戻ってくから」
「……すぐだぞ、本当にすぐだからな」
念を押す僕に綾瀬は頷き、来た道を戻って行った。そして僕は瞬時に後悔する。
――――あいつ、懐中電灯持っていきやがった!
暗闇の中残された僕は、その場から一歩も動かず絶望して綾瀬の帰りを待った。
それから一体どれほどの時間が経過したのだろう。唯一の頼りだった月の光は厚い雲に隠れてしまい、廃墟の中はいつの間にか一寸先も見えないほどの暗闇に包まれてしまった。
こんなことならば、スマートフォンの一つでも持ってくれば良かったと僕は心の中で後悔の念を述べる。
待てども待てども、綾瀬は帰ってこなかった。建物の入り口からそう離れてはいないはずなのに。何か、マズイことが起こっている。それは時間が経つにつれ認識せざるおえない事態となって僕の頭を悩ませた。
綾瀬との約束は守れないけれど、ここに留まっていても状況は悪化するばかり。
それならひとまず入口まで戻ってみよう。そう思って、歩き出そうとした僕の足の動きを、突然の物音がせき止める。
無機質な甲高い音の正体は、空き缶。どこかのゴミの山から転げ落ちたのであろうそれは、どこからともなくカラカラと音を立てて近づいてきて、僕のスニーカーにぶつかって止まった。
僕を更に驚かせたのは、血の通った動く生物の登場だった。
「ひい――――!」
僕は悲鳴に近い声を喉からひねり出した。振り向いた先にいたのは、猫だった。
一匹の黒猫が、崩れかけた瓦礫の上に姿勢よく座って僕を見ている。
その瞳は月明かりに照らされて、暗闇の中、金色に輝いていた。