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第8話 3【真紅と翡翠の魔法】







「キャロル? 何を言っているの?」



 ミドナちゃんはキャロルさんを信じられないという表情で見つめている。



「それが私と彼の交わした約束です。ミドナ様にお会いして頂けたら、私は彼を元の世界に戻してさしあげると、そう約束したのです」



「意味分かんない……ミドナ、そんな約束知らない」



 全く以てミドナちゃんの言う通りだった。そんな約束をした覚えはない。僕にはキャロルさんの考えが全く分からなかった。



「陽、私は君とそういう約束をしたよね?」



 真実を語ること、それはすなわち僕自身の命を危険に晒すことになる――――直感的にそう感じてしまったのは、暗殺部隊の面々を見てしまったからだろう。それともう一つ。向けられた、大勢の視線が僕から正常な判断を奪った。グラグラと揺れる視界の中、一刻も早くこの場から逃れたい一心で、気が付くとキャロルさんからの問いに「はい」と答えていた。


 瞬間、大広間の壁に亀裂が走り、照明と背後の画面が音を立てて割れた。


 地下ということもあり、一瞬にして辺りは闇に包まれる。周囲からは悲鳴が上がり、幹部たちは混乱から騒ぎ出す。予備電力に切り替わり、視界が確保出来るようになると、混乱も徐々に治まった。


 一瞬にしてボロボロになった部屋の中、僕はその現象を引き起こしたのが一体誰なのか知ることになる。幼い少女の悲痛な叫びと共に。



「嘘、ウソ、うそ! そんなの嘘! だってキャロル、ひーくんはミドナの好きにしていいって言ってくれたじゃない! ずっと一緒にいてもいいって! それなのに……どうしてそんな酷いことを言うの?」



 泣き叫ぶ彼女の声に合わせて亀裂の走った箇所からパラパラと素材が剥がれ落ちる。その様子を一切動揺することなく見つめているキャロルさんとカミヤさんは、他の幹部たちに指示を出しながら遠ざかって行く。ミドナちゃんは必死に抵抗してキャロルさんの腕から逃れようとテディベアが地面に投げ出されることも(いと)わず抵抗を試みるが、それは失敗に終わった。


 男の僕でも敵わなかったキャロルさんの腕力に、少女が敵うはずもない。



「どこに行くつもり? キャロル、命令よ。答えなさい!」



 キャロルさんは渋々答える。



「あなたのお部屋ですよ、ミドナ様」



「嫌よ、放して! ミドナはひーくんと一緒にいたいの!」



「陽はそんなこと思っていないと思いますよ? あの子は、リルクの魂の片割れだ」



 ミドナちゃんは強張った表情で僕を見た。



「……そんなことない! ひーくんはミドナを嫌ったりしないもん! リルクだって……もう少ししたらきっと帰ってくる!」



「そう言って、一体どれくらいの時間が経過しましたか? アナタだって内心諦めて、陽を側に置くことを決めたのではないのですか? 忘れられない方の代わりに」



 キャロルさんはミドナちゃんを精神的に追い込んでゆく。



「違うもん……リルクとひーくんは違う……ひーくんは、ミドナが新しく好きになった人だもん。一目惚れしたんだもん」



 鼻水を啜りながら答えるミドナちゃんにつられて僕まで泣きそうになってしまった。彼女は僕を一個人として好きだと言ってくれた。リルクの代わりではないと言ってくれた。それがなんだかとても嬉しかった。

 その瞬間、彼女は僕をこの世界で「夏川陽」として認めてくれた最初の人物となった。

 彼女の言葉を、キャロルさんは鋭利な刃物を振り下ろしたように、真っ二つに切り捨てた。



「勘違いですよ、そんなの」



「違うもん!」



 キャロルさんの歩みが出入口に差し掛かった途端、止まった。幹部たちや暗殺部隊の面々は混乱で散っている。皆、崩れかけた壁の近くで身を潜めて事の流れを見ている。つまり、部屋の中心部、僕からキャロルさん、ミドナちゃんへ伸びる一直線上には誰もいなかった。



「違う? だったらアナタは陽がリルクと命を共有していなかったとしても、あいつと同じ容姿をしていなかったとしても、同じことが言えるのですか?」



 それは、あまりにも酷な問いかけだった。


 黙り込んでしまったミドナちゃんは次の瞬間、大きな声で泣き叫んだ。



「キャロルなんて嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い――――! そんなことどうでもいいの! ミドナが欲しいって言ったら、欲しいの! ひーくんはミドナのものだもん! 誰にも渡さない!」



 彼女の叫びと共に、壁が音を立てて崩れ始める。ミドナちゃんのヒステリックは続く。



「絶対に渡さないもん!」



 瞬間、彼女はキャロルさんの腕から身を乗り出し、僕へ手を伸ばすと、赤い魔法陣を出現させた。それが何の意味を持っているのか一瞬にして理解した僕は凍り付く。



「や、やめ……」



 魔法陣から出現した(まばゆ)い光は雷のような轟音を伴って真っ直ぐ僕に向かって伸びてくる。

 魔法の種類が傷を癒すようなものではなく、傷をつけるためのものだと周囲の悲鳴から悟った僕は、何度目か分からない死の恐怖にこれから訪れる痛みを想像して瞳を閉じた。


 僕はエクセプション。魔法を使うどころか、魔力が一切ない人種。

 残された道は、黙って死ぬか、誰かに助けてもらうかの二択だった。この場所からではミドナちゃんを抱きかかえているキャロルさんや、壁側へ行ってしまったリリィさんに助けを呼んでも間に合わない。物凄い速さで迫ってくるエネルギーの塊に成す術もなく、死を覚悟した。


 けれど、僕は一切の痛みを感じることなく再び目を開けた。



「……何がどうなってるんだ?」



 僕を守ってくれたのはこの場にいる人――――ではなく、鮮血のような赤と、宝玉のような色彩を放つ翡翠の光だった。二色の光はまるでリボンのように交差し、エネルギーの塊から僕の身を守ると、役目を終えたように消えた。


 全員がその様子を、ただ呆然と見つめていた。







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