第7話 4【ミドナ・ニコルソンの求愛】
ミドナ・ニコルソン。死者蘇生を最終目標として掲げる組織、エリスの最高指導者であり、十二歳とは思えぬ落ち着いた雰囲気と立ち振る舞いで、多くの信者を導いている金髪の少女。
それが、僕が持つ彼女の印象だったのだが。
「……ひーくん、ミドナ、抱っこしてほしい……ダメ?」
「えーと……あはは、抱っこかぁ……」
正式な場面で会った彼女の印象は、昨日とは百八十度違っていた。
「ん、抱っこ。はやく」
「陽。ミドナ様が抱き上げてほしいと言っているんだ。早くしろ」
「……はい」
キャロルさんの剣幕に押され、渋々、金髪の少女を抱き上げる為、ひざを折る。彼女の両脇に手を通し、体に力を込めて小さな体を抱き上げた。
抱き上げられたミドナちゃんは持っていたテディベアを落とさないよう胸に抱き直しながら腕の中に納まっている。テディベアに気道が圧迫されて息苦しいので、どうにか楽な体勢を、と最終的には僕が彼女の腰とお尻を支えて、彼女が片手で僕の首に手を添えるという形で落ち着いた。テディベアはミドナちゃんの膝の上へ配置された。
キャロルさんに先導され、リリィさんと一緒にこの大広間にやってきたのがつい数分前。四十畳ほどの大きさがある部屋に足を踏み入れたその瞬間、両サイドのエリス関係者からどよめきが起こった。大広間には扉から真っ直ぐにレッドカーペットが敷かれていて、先に三段ほどの段差があり、さらにその先に王様が座るようなふかふかの椅子が配置されていて、腰を下ろしているのはミドナちゃんだった。
彼女は僕の顔を眉間にシワを寄せて見つめている。視線を逸らし、リリィさんに助けを求めたが、その時すでに彼女の姿は僕の横にはなかった。
慌てて大広間をぐるりと見回し、リリィさんの姿がレッドカーペットの後方(僕から見て前方)にあることに気が付いた。リリィさんの横にはマリアさんの姿もあり、周囲の人が全員同じデザインの黒いコートを身に付けていたことから、暗殺部隊の人間なのだと知る。それ以外の人間は、全員がぱりっとしたスーツに身を包んでいた。
ざっと見たところ、幹部と思われる人間は二十人程。暗殺部隊を含めると、部屋に集まっているのは三十人弱。
大広間の内装は白で統一されていて、出入口から向かって右側に扉が一つあるのみ。ミドナちゃんの背後には窓があり、そこには外の景色を映し出す液晶画面が埋め込まれていた。
周囲の様子に気をとられていた僕は、腰の辺りに衝撃を受けたことに気が付く。それがミドナちゃんだと判明したのがついさっき。そうして今に至る。
「ねえ、ひーくん。ミドナね、ずぅーっと、ひーくんに会いたかったんだよ? だからこうして初めてひーくんに会えて、ミドナすっごく嬉しいんだぁ……」
嬉しそうに笑うミドナちゃんに僕は首を傾げるばかりだった。昨夜の彼女は、そんな幼稚な言動を、発音を、行動をしたりはしなかった。もっと理性的で、威厳があって、言葉や行動の節々に年齢にそぐわぬ色気をまとっていた。
それに彼女は今「初めて」僕に会ったと言った。これはとても不可解なことだ。だって僕らは昨夜、既に初対面を終え、言葉を交わしているのだから。
僕は大広間にいる全員に見守られながら金髪の少女を抱っこする、という奇妙な状況に困惑しながらも、ミドナちゃんのご機嫌を損ねないように必死に取り繕った。
「ぼ、僕も会えて嬉しいよ。こんな可愛い女の子だったなんて知らなかったから」
「……ミドナ、可愛い?」
大勢の大人たちの前で僕らは見よう見まねの恋人ごっこを続け、その過程でミドナちゃんは僕に向けていた眉間のシワを少しだけ解いてくれた。
「君はしばらくそのままミドナ様とゆっくりしているといい」
キャロルさんは僕らに背を向けて組織幹部たちに書類を見せながら話し出した。
それから数分後、キャロルさんは幹部の中から誰かを引っ張り出し、僕の前に立たせた。
「陽。この人物が誰か、知っているか?」
「いいえ……知りません。でも――――」
誰かに似ている。そう、直感的に思った。
キャロルさんが連れてきたのは四十歳くらいの目尻に皺の浮かぶ細身のオジサンだった。垂れ下がった眉が優しい印象を与えるその人は――――僕と同じ、黒い瞳に黒い髪の毛を持っていた。それは紛れもなく、彼が僕と同じエクセプションであり、現実世界の人間であることを物語っていた。
ミドナちゃんは僕を心配そうに膝から見上げていたが、そんな彼女を気遣う余裕など、今の僕には存在していなかった。
灰色のスーツに黒光りする革靴をかっこよく着こなした黒い瞳のオジサンは、口角を吊り上げ言った。
「初めまして、我が甥っ子よ。僕はカミヤ」
「カミ、ヤ……」
「そう。君が大好きだった絵本の元、鏡の国を記した張本人であり、君のお母さん、夏川海の実兄だ」




