第7話 2【君たちは誰に会いたくてここにいるの?】
「何をとぼけているの? ポケットの中でぐしゃぐしゃになっている号外に、確かそんな記事が載っていたと思ったのだけど」
夕方、おじさんから渡された号外の内容を思い出す。新聞の一面は今、巷を賑わわせているという、殺人事件の記事。犯行の特徴は死体から目玉と血液が抜かれていること。金品が盗まれているような事例はなく、派手な暴行の形跡もないことから、警察は何らかの目的がある人物のしわざとして捜査をしている。新聞記事にはありえないことに、大きく殺人現場の写真が載っていた。死体が載っていたのだ。
脳裏に蘇った映像に吐き気を催してしまい、慌てて口を抑える。
僕の前には血肉汁滴るミディアムレアのステーキが鉄板の上で寝かされている。
「ゔえええぇぇぇ……気持ち悪い……」
今はとにかく生理現象が勝った。
「ヒッカ大丈夫~?」
「だらしないわねぇ……安心なさい。私は手を汚していないわ」
「え~、マリアだってたまにピックで目玉の回収作業するじゃ~ん。あれはいいの~?」
「しっ! リリィは黙ってて!」
「はぁ~い」
青ざめた表情で僕は目の前の女の子たちを見た。
「出来れば食事が終わってから話してほしい内容だったな……」
「私たち、ここでの生活が長いから感覚が麻痺してるのよね……ここでは死体を見たことがないって方が珍しいから」
「君たちは……どうして人を殺すの?」
「それが私たちに与えられた仕事だからよ。私たちはここで、暗殺部隊として働いているの」
「そっか、大変じゃない?」
「まあね。でも、最後に待っている報酬がそれほど魅力的だからこそ、私たちは頑張れる」
「報酬?」
「今さらとぼけないでよ。組織に集まった人間の目的と言えば、一つしかないでしょう?」
エリスという組織が掲げる目標は何だったのか。それは医療機器を通じて世の中に貢献することでも、会社を大きくするためでも、巨万の富や名声を得る為でもない。
もっと単純な、人間の、淡く儚い願い。
「……死者の、蘇生」
――――死んだ人間に会いたい。
「君たちは、誰に会いたくてここにいるの?」
マリアさんは静かに答える。
「……私はキャロルの願いが叶いますようにって思ってる。それだけよ」
「キャロルさん?」
「あの人は亡くなった妹さんに会いたいんですって。私は彼の為なら、いくらでも自分の手を汚す覚悟よ。キャロルには内緒ね?」
マリアさんを突き動かすのは――――恋心、か。
「リリィはねぇ、病気で死んじゃったママに会いたいんだぁ……」
いつの間にか皿の上を空にしたリリィさんが話しかけてきた。
「ママに会ったらね、沢山撫でてもらって、ぎゅって抱き締めてもらうの!」
満面の笑みで語るリリィさんの横から、マリアさんが言った。
「この子はね、十歳で母親を亡くしてから、心の成長が止まっているみたいなのよ。時々すごく大人びた発言をすることもあるけど、いつもはずっとこんな調子」
トラウマ、というものは、年齢を重ねたとしても自然と消えてなくなることはない。フラッシュバックの最中に現れる記憶の年齢で、その人がいつトラウマを背負っているのか把握できるのだけれど、リリィさんの場合は心がトラウマを背負ったと思われる時から一歩も前に進んでいないようだった。ただずっと、当時の記憶と隣合わせて生きている。
彼女もまた、心の傷を抱えながら組織にすがりつく、立派な信者の一人だった。
だから僕は、リリィさんに優しい言葉をかけることにした。
「そっか。叶うといいな、その願い」
優しくて、残酷で、無責任な言葉を。
故人に会いたいという一心で人を殺す彼女たち。遺族の中にはエリスの情報を聞きつけ、中には入信する人だっているかもしれない。負の連鎖が永遠と続いてゆく中で、果たして全員が幸せになれる結末など、本当に待っているのだろうか。
「うん! ヒッカも早く元の世界に戻れるといいね!」
「そうだね」
その夜は、なかなか寝付けなかった。




