第6話 3【シャワーシーンの需要はありますか?】
その後、僕は客人としてエリスに泊まることになった。地下三階のエレベーターを降り、長い廊下を進んだ曲がり角の先は、ワインレッドの絨毯が敷かれ、両脇にはいくつもの扉があり、花瓶に活けられた生花や絵画が目に入る。廊下の先に人影はなく、静まり返る中、僕はキャロルさんに連れられ、客間と思われる一室に通された。
「今日はこの部屋に泊まるように。一通りの設備は整っているから、部屋から出る必要はないだろう。シャワーとトイレはあっち。脱いだ服は机の上にでも畳んで置いてくれれば後で回収に来るから。それじゃあ、夕食を持ってまた来る」
「分かりました」
キャロルさんは大まかな説明をすると、僕を客間に残して出て行った。ご丁寧に部屋の扉に鍵までかけて。
僕は自分が本当は人質なのではと感じた。この場所に連れて来られた理由は、ミドナちゃんを慰めてほしい、というキャロルさんの言葉以外にもあるのかもしれない。そうでなければ、わざわざエドワーズさんたちの留守を狙って僕を攫う必要を感じない。
「それにしても、本当にすごい部屋だな……高級ホテルに来たみたいだ」
部屋の中を見渡して「ほう」と感嘆の息をつく。小ぶりなシャンデリアにいくつも吊るされている多面カットの施されたガラスパーツがオレンジ色の照明に反射して、ダイヤモンドにも負けない輝きを放ちながら部屋の中を柔らかく照らしている。部屋の東側にあるベッドはシーツに至るまでシワ一つ無くベッドメイキングされていて、茶色のベッドスローまであった。
幾何学模様の絨毯を汚さないように靴を脱ぎ、部屋の端に置く。裸足のままでベッドの横に備え付けられている四足テーブルに体を預け、僕はようやく深い溜息をついた。
身体的な疲労より、精神的な疲労が勝っていた。
顔を上げると、部屋の西側にシャワールームが目に入る。精神的疲労が限界に達していた僕は、まるで生きている人間を見つけたゾンビのような動きでシャワー室の扉を開けた。
熱いシャワーを頭から浴びていると、ほんの少しだけ心が落ち着いた。
ここまで時間にして約二日。あまりにも濃い二日間だった。分からないことが一気に押し寄せてきて、分からない状態のまま通り過ぎていく。それは不完全燃焼を起こし、僕の体に多大なるストレスとなって蓄積した。脳天から髪の毛を伝い、熱い湯が全身をなぞって排水溝へと流れていく。クリアだったはずの視界が突如、すりガラスのように曇り、連動するように鼻から透明な液体が流れ出した。
「ふっ……ううっ……」
僕は泣いていた。瞳から、もはやお湯なのかも分からないほど熱い涙をボロボロと流しながら、流れ落ちるシャワーの音を隠れ蓑に声を押し殺して泣いた。どうして泣いているのか、明確な理由も分からぬまま僕はしばらくの間泣き続けた。
結局、目が赤く腫れるまで泣きはらしてシャワー室を出た僕は、腰にタオルを一枚巻きつけた状態のまま、部屋の中へ戻る。
火照る体を涼ませようと、飲料水を探して辺りを見渡しながら鍵のかけられた扉の近くへ移動したその瞬間、
「いらっしゃませー! ようこそ秘密結社エリスへ! お客様にはこのリリィちゃんが最高級のおもてなしをさせていただきまぁーす! ――――って、あれ?」
鍵のかかっていた扉が開き、ピンク色の髪の毛をお団子にし、大きなリボンで飾った、胸の大きな女の子が僕の姿を見て首を傾げた。
「え?」
リリィと名乗ったピンク頭の女の子の手には、銀色のトレイに湯気が立つ食事が乗せられている。
食事はキャロルさんが持ってくるはずじゃなかったのか? と、疑問に思いながら突如現れた女の子を見つめていた僕は、とても大切なことを忘れていた。
今の僕が、一体どんな格好だったのかということを。
その瞬間、腰に巻いていたタオルの結び目が解け、ハラリと絨毯の上に落下する。
「わーお! 情熱的ぃ! ごちそうさまでーす!」
ピンク頭の女の子は、一瞬僕の股間を驚いた表情で凝視したかと思うと、今度は満面の笑みでそう言った。
僕の発した声は――――
「き、きゃあああああああああっ!」
どんな女の子にも負けないだろう、それはそれは完璧な悲鳴だった。
ていうか、男女のセリフ、逆じゃない?




