第6話 2【お姉さん気質のロリは好きですか?】
「ミドナ様……? この子が?」
「き、きゃあああああっ!」
話を聞くと、どうやら彼女とキャロルさんは廊下の曲がり角で会話をしていたらしく、僕が後ろから突っ込んでドミノ倒しの形になってしまったらしい。大人の男(一応僕も体格的には)二人に覆いかぶさられてしまったのだから、彼女にかかる負荷はとんでもないものだろう。
けれどそんな心配はいらなかった。キャロルさんは咄嗟の判断で、倒れる前に両手で床に手をつき、ミドナちゃんは幸いにも転倒した際に体を少し打った程度だった。
僕はその後思いっきり廊下でキャロルさんに怒られたわけだけど。
「君ねえ! ミドナ様にもしものことがあったらどうするつもりだったんだい!」
「キャロル、もういいわ。私の為に怒ってくれるのはありがたいけれど、今はそれよりも、彼とお話してみたいの」
「ですが……」
「お説教なら私の用が済んだ後に、気が済むまでしたらいいわ。私、こう見えて忙しいのよ、知ってるでしょう?」
ミドナちゃんは皮肉を込めたように笑いながら座り込む僕の前に立った。
見上げる形で見た彼女の瞳は両方とも燃えるような赤色で、声は先日廃墟で聞いたものと同じだった。そこで僕は少女があの時の女の子なのだと確信した。
「へえ……見れば見るほど、拾った頃のあの男にそっくり。あの子がアナタを欲しがる理由も分かるわ」
彼女の言葉が理解出来ずに首を傾げていると、
「あら? アナタ、よくそんな状態でここまで来れたわね……所々の骨は折れているし、肺も片方潰れてるわよ?」
「えっ」
そりゃあ骨が折れて肺が片方潰れてるなら全身が思うように動かなくても当然だし、何度もつまづき転んでもおかしくない。ていうか、歩けているのが奇跡だ。
ミドナちゃんは僕の頭から帽子を外して自分の頭に乗せながら、
「何かの暗示がかかってる……? コレ、キャロルでしょ」
そう言って首を傾げる。
「はい。移動が徒歩に限られていましたので、やむおえず」
「ふうん。一般人に紛れて来てもらった方が警察にも怪しまれないかなぁと思って迎えに行かなかったけど……ちょっと反省」
「申し訳ありません」
「キャロル、何度も言うけど、そんなにかしこまらないでちょうだい。そういう態度は正式な場だけでいいのよ。いつもあの子に接するみたいに、フランクにいきましょうよ」
「いえ、そういうわけには……」
「固い男ね。そういうのも嫌いじゃないけど。でも、このままの状態であの子に会せたら、私が叱られちゃう。仕方ない、魔法で治してあげる」
ミドナちゃんは僕の前で膝を折り、小さな手を僕の額に当てた。瞬間、赤色の光と共に小さな魔法陣が現れる。一、二、三、と数えたところで額から手を離したミドナちゃんは満面の笑みで言った。
「はい、これでもう大丈夫なはずよ。どう?」
「ほんとだ!」
体は先ほどまでが嘘のように軽くなり、全身の擦り傷や打撲の痕が綺麗さっぱり消えてなくなっていた。
ミドナちゃんは立ち上がるとキャロルさんの方へ向き、僕には背を向けた。
「じゃあ私はこれで失礼するわね。ちゃんとお話するのは明日にして、今日はもう遅いから、泊まっていくといいわ」
「ありがとう、ございます」
「いいえ。キャロル、後のことはよろしく頼むわよ」
「はい」
ミドナちゃんはキャロルさんにも治癒魔法をかけると最後に、
「ああ、そうだ」
思い出したように振り返って言った。
「アナタ、お名前は?」
「夏川……陽です」
「そう、ヒカルっていうのね。素敵なお名前」
彼女は何を思ったか、間合いを一気に詰め、僕の頬に桜色の唇で触れた。
「――――――――っ!」
驚きのあまり回復したばかりの体で思いきり跳ねる。その様子を一瞬驚いた表情で見つめたミドナちゃんだったが、次の瞬間には噴き出した。
「うふふ、やだもうかーわーいーいー。でもほっぺで我慢してね? あの子より先に唇を奪うほど、私も意地が悪くないから」
「あの子って……」
相変わらずミドナちゃんの言葉の意味は分からない。
「明日になれば会えるわよ。楽しみにしておいて。それじゃあ、本当に行かなくちゃ。じゃあね、ヒカルくん」
語尾にハートマークをつけながらウインクした女の子は、キャロルさんに「あとよろしくー」と砕けた口調で手を振りながらエレベーターに乗って消えてしまった。
ミドナちゃんが言っていた「あの子」とは、一体誰の事を言っていたのだろうか。




