第6話 1【僕はロリコンなんかじゃない】
社会化見学を終えた僕は、それから口数の減ったキャロルさんの背中を追った。
来た時とは逆に、今度は階段とエレベーターを使って最上階から地下へと降りていく。
エレベーターは一階を通り過ぎ、地下三階の表記がなされる場所で止まった。
扉の向こうに広がっていたのは、どこまでも果てしなく続いているのではないかと思ってしまうほどの長く真っ白な廊下だった。窓はなく、見た限りでは今乗ってきたエレベーター以外に扉の類も見当たらない。キャロルさんは振り返ることもなく、廊下を真っ直ぐ進んでいく。
「あっ……」
その様子を見つめているうちにエレベーターの自動閉鎖機能が働いてしまい、僕はゆっくり閉まる扉の隙間へ手を突っ込み、鉄の扉を強引にこじ開け外へ出た。はじき出されるようにその場へ前のめりに倒れた僕を見て、彼は呆れたようにため息をつく。
「まったく……何をしてるんだい?」
「いやぁ、ちょっと足がいうこときいてくれなくて……ははは」
「ふうん。ツラいのは分かるけど、もう少し頑張れない? ようやくエリスの裏部分に到着したところなんだからさ」
「え、ここが?」
生まれたての小鹿状態の足を無理やり立たせ、辺りを見渡す。
「ほーら、さっさと歩く! 君のペースに付き合っていたら日が暮れてしまう!」
靴音を響かせてキャロルさんは僕の前まで戻ってきて、強引に僕の手を引っ張る。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 自分で歩けますから!」
「あ、そう。じゃあもう待たないからね? ガンバレ、ガンバレー」
キャロルさんは踵を返して廊下を真っ直ぐ歩いて僕から遠ざかっていく。
『……キャロルさんは、誰に会いたくてここにいるんですか?』
この質問から、キャロルさんの様子はおかしかった。きっと彼はその質問への答えをしっかりと持っていた。
『私? 私は……もう忘れてしまったな』
けれど、言わなかった。亡くなった人との思い出は誰もが楽しかったものだけとは限らない。
長い廊下をひたすらに歩いて行くと、ようやく直角に曲がる場所に辿りついた。その先にもおそらくは長い廊下が続いているのだろうけれど、ここまで来たらもう歩きたくないなんてワガママは言うまい。炎天下にさらされず、足場の悪い場所を歩かず、目的地まであともう少し。
そんな状況で弱音を吐いては今までの苦労が報われない。キャロルさんは相変わらず足が速いし、僕はもうすでに肩で息をしているし。
だからついフラッとよろめいてしまったりして、僕はキャロルさんの背中目がけて思いっきり体当たりを繰り出してしまった。
「うわああああ!」
「きゃあっ!」
キャロルさんは僕を背中で受け止め、前のめりに倒れる。
驚いた声はさすがに男。
――――ん? なんかもう一つ、キャロルさんのものとは違う悲鳴が聞こえたような……
「って! うわああああああごめんなさい! だだだだ、大丈夫ですか!」
「いってて……これが大丈夫に見えるのかい? ええ?」
「すすす、すみません。足がもつれてしまって、その……ケガとかは……」
「ケガ」という言葉にキャロルさんは反応して、下敷きになる形で倒れていた人物に慌てた様子で声をかけた。
「申し訳ございません! おケガはございませんか、ミドナ様!」
ミドナ様。僕は両目の視力を総動員してその人物を凝視する。倒れていたのは、十二歳という前情報よりも小さな見た目の女の子。顔はよく見えないけれど、毛先だけゆるいウェーブのかかった目も覚めるような長い金髪を両方の高い位置で結った、いわゆるツインテールという髪型。白シャツの上から胸元の開いていないひざ下まで丈があるドレープワンピースを着ていて、シャツの首元と胴回りにはスカートと同じ素材のリボンが結んである。
そんな可憐で儚い少女の服装は、転んだことで酷く乱れてしまっていて、まだ幼さしか感じない細い足がスカートの中からすっかり覗いている。
ふくらはぎまでの長さがあり、根元にレースの装飾が施されている白ソックスの先に見えるのは、ドロワーズと呼ばれる女性用の下着。
少女の乱れた姿に、いけないものを見てしまった感覚に陥り、咄嗟に目を逸らした。
この場合、僕がロリコンだからとかではなく。あくまで一人の女性の尊厳を守るために。
いや本当だって。




