第5話 4【エリス本部到着】
一、二、三、四、五と番分されているうちの五番目。この町の中心部にあたり、目的地であるエリス本部へ僕とキャロルさんが徒歩で辿りついたのは、すっかり日の暮れた時刻だった。
長時間の移動によって、ただでさえボロボロだった僕の体は誰が見ても限界の状態だった。
疲労は顕著で(痛みと疲労は別物らしく、キャロルさんの暗示が利いていない)出来ることならもう歩きたくない。くるぶしに目をやると、一番街の時点で擦り傷だったものが汗と血が混じり合い、いつの間にか周辺の皮がべろりと剥けていた。痛覚のある状態では、とても歩けなかっただろう。
「さあ、到着。ここが私たちの組織、エリス本部だ」
僕たちは今、おおよそ二十階はあろうかという高さの真新しいビルを前にしている。白い外壁の上部に窓がほんの申し訳程度ついていて、正面玄関を飾る両開きの自動ドアは僕らに反応してゆっくりと口を開く。その上部には、光沢のある石に【医療機器メーカーエリス】と掘られた表札が掲げられていて、見た目は五番街によくある大手企業のそれと変わらない。
「うわぁ……大きいビル……」
首を限界まで曲げて見上げた空は平屋の多い一番街とは違い、背の高いビル群に邪魔されて広範囲まで見えない。都会の空はやはりどんな場所でも決まって狭いらしい。
僕はキャロルさんに拉致される前夜、メルヴィンが言っていた言葉を思い出す。
『エリスは表向きは普通の企業として活動資金の一部を捻出しているんだ』
表札に掲げられた【医療機器メーカーエリス】の意味とは、そういうことなのだろう。
「ここから先はちょっとした社会化見学として私の後をついてくるといいよ。私たちの表の顔も把握しておいて損はないだろう?」
キャロルさんは自動ドアを潜り、受付の綺麗なお姉さんから見学者用のパスを受け取る。僕は足の長い彼に置いて行かれないように、必死の形相で足を動かした。
「なんか、普通の会社と変わらないですね」
それが、医療機器メーカーエリスを見学しての素直な感想だった。
「まー、それは褒め言葉として受け取っておくよ。表の世界で上手く生きる術を知らない者が、裏の世界でやっていけるとは思わないしね」
何事も、器用な方がいい。そう言いながら、キャロルさんが僕を連れてきた場所は、先程までとは一変、スーツに身を包んだ人たち――――ではなく、白いマスクに帽子をかぶり、露出がほぼない格好に身を包んだ男女の区別もつかない人々の集団が実際に商品を作っているフロアだった。ガラスの向こう側で働く作業員を見ながらキャロルさんは遠い目をして言った。
「君は、誰か大切な人を亡くしたことはある?」
「え、それは……はい。小さい頃に、父を」
「だったら、一度くらいお父上に会いたいと思ったことがあるんじゃないの?」
「それは、まあ、多少」
「私たちエリスの人間はね、そういう人間の集まりなんだよ」
「え?」
その理屈だとしたらキャロルさんも、誰か大切な人を亡くしているのだろうか。
「一般信者たちにはここで働きながら毎月エリスの活動費を払ってもらっているんだよ」
「給料からって……そんなブラックな」
「活動費は別に強制じゃない。けれど、ほぼ全員が毎月活動費を持ってくるのはどうしてか分かるよね?」
「死者の蘇生には沢山のお金が必要で、それが叶えばここで働いている人たちは亡くなった人に会いたいっていう願いが叶うから……」
「その通り。互いの利害が一致している以上、他人に文句を言われる筋合いはないからね。働いている信者に関しては、辞めたいと言われたら素直に辞職届を受け取るし、良心的だとは思うけど?」
そんな、いつ叶うかも、実現するかも不確かな未来に投資し続けるだなんて。
皆、亡くなった自分の大切な人に会う、という目的しか考えていない。現実が見えなくなり、目の前の非現実しか見えなくなっている。きっと、この人も。
「……キャロルさんは、誰に会いたくてここにいるんですか?」
「私? 私は……もう忘れてしまったな」
キャロルさんは寂しそうな笑顔で僕を見た。




