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第5話 2【種明かし】






「あの、色々聞きたいことがあるんですけど……」



 空を見上げたまま尋ねる。

 路地に放置された段ボールに腰を下ろして足をマッサージしているキャロルさんは「ん?」と何食わぬ顔で首を傾げた。



「気のせいか、全身が鉛のように重くて、めちゃくちゃ痛いんですけど……」



 意識が戻って最初に感じた違和感がそれだった。

 体のどこを動かそうにも必ず痛みが付きまとい、思うように動かせない。足を動かそうものなら指先とくるぶしが激しく痛む。かろうじて目をそちらへ向けると、やはり血が滲んでいた。


 全身の筋肉は活動を拒否すると言わんばかりに重さを己に科している。

鉛などという表現は生易しい。樹齢百年の大木を体にくくりつけられているような感覚だった。おまけに全身がおそらく汗でぐっしょり濡れている。



「だろうねぇ。あの距離を歩いたんだから、そりゃあ、そうなってもおかしくはないよね」



「歩いた? あの距離を?」



 これは一体どういうことだろう。僕はキャロルさんが魔法を使ったと思われる次の瞬間この場所にいて、魔法を体感している。そもそも、彼は初めから魔法を使わなかったのか?


 だとしたらどうやって――――と、眉間にシワを寄せて考え込む僕の百面相にキャロルさんは吹き出した。



「はは、変な顔。まぁ、騙すようなことをしたのは謝ろう。というか、実際に騙したのだけど」



 キャロルさんはひとしきり笑った後、段ボールに腰を下ろしたまま僕の感じた疑問の種明かしをしてくれた。でも、ワンピースを着たまま大股を広げるのはやめてほしかった。



「瞬間移動っていうのは物質を次の瞬間には別の場所へ送るという原理だけれど、私はそんな高度な魔法は使えない。空を飛ぶなんてメルヴィン様のような芸当も出来ないしね」



「え?」



「催眠術、と言えば近いかな。私がメルヴィン様やミドナ様の教育係と言ったこと、彼らの先生だと主張したことで君は私の力量を見誤った」



 僕はキャロルさんの言葉に首を縦に振った。



「そこで君はもう騙されていたんだ。私はその後、君の脳へ暗示をかけた。一秒後、君は一番街にいるってね。私が魔法を使ったのはこの時だけ。だって考えてもみなよ。私が君を指一本で殺せる魔法使いならば、こんな小型ナイフや銃なんて必要ないだろう。身一つで十分だ。エドワーズ様たちが不在なのは知っていたし」



 万が一の保険にはなるかもしれないが、今回の場合、相手がエクセプションの僕一人だというのにそこまでの重装備は必要ないだろう。



「君は自分の足でここまで歩いてきたんだよ。迷子になられると困るから、手を放すなと言ったんだ」



 おかげで私の足もさすがに限界だよ……と、キャロルさんは腰を折って両足のマッサージに取り掛かった。



「帽子を君に被せたのは、その黒髪を隠すため。こんな往来で、君がエクセプションだと知られるわけにはいかないからね」



「ありがとう……ございます」



「どうして礼を言う? おかしな子だなぁ……私は君を攫った張本人なのに」



 キャロルさんは不思議そうに首を傾げる。



「うまく言えないけど、その、そう思ったので」



 そもそも、僕がこの世界で初めて会った警察官、ボブは僕の黒髪を見てエクセプションだと気が付かなかったのだろうか。気がついていて、油断させるために嘘をついたのか? でも、それにしては反応が不自然なほど自然だった(変な日本語)。


 ボブが僕の素性を何も知らなかったのだとすれば、この世界で黒髪のエクセプションを知っている人物は少数に限られるのかもしれない。僕の目の前にいる、特殊な組織に属する人のような、例えば「壁」の存在を認識している人とか。



「ふーん。まあいいや。それにしても、困ったなぁ。休憩がてら暗示を解いたから気が付いたけれど、君の体、結構ガタがきているみたいだよね」



 眉間にシワを寄せながら難しい顔をするキャロルさん。



「悲しいことに一歩も動けません」



「ん~、じゃあ、もう一度君にさっきの暗示をかけようか。どのみちエリスに辿りつかないことには治療も出来ないからね」



 キャロルさんは先ほどと同じ手順で体の痛みを感じなくなる暗示をかけてくれた。そして腰を下ろしていた段ボールから立ち上がり、僕の手を掴んだ。



「あのー、この手は?」



 今度は意識がある状態なのだから、わざわざ手を繋ぐ必要はないというのに、これはどういうことだろう。キャロルさんは不敵な笑みを浮かべて言った。



「一応、君は攫われているという自覚を持ちなさい。表情が明るすぎてこっちの調子が狂うよ、まったく……この手を放したら、その時は町中だろうと容赦なく帽子を剥ぎ取って暗示を解いてやるから覚悟しなさい」



「ひえっ……」



 あの痛みをもう一度味わうことになるなんて、それは文字通りの地獄だ。


 僕は、美人のお姉さんに手を引かれる少年という形で大通りを闊歩することになった。恥ずかしさで赤く染まった頬は、キャロルさんが貸してくれた帽子のおかげで隠れたので、それはありがたかったけれど。



「ねえ、キャロルさん」



 しばらく歩いたところで、僕は彼の背中に声をかけた。



「なんだい」



「リルクって、知ってる?」



 キャロルさんは流れる人を気にすることなく立ち止まり、振り返った。キャロルさんの顔は僕に帽子を貸したことで酷く汗ばんでいて、瞳は動揺から揺れていた。





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