第4話 2【女性に馬乗りされたのは初めてです】
エドワーズさんとメルヴィンが町へ迷子を捜索しに出かけてから一時間後、うだるような暑さから、僕は冷たさを求めて木目の美しいテーブルに頬を擦りつけていたのだけれど、どうやらいつの間にか眠ってしまっていたようだった。ふと目が覚め、時間を確認すると時計は午後三時を示していた。
魔法がある世界とはいえ、メルヴィンいわく、ほとんどの一般市民は生涯魔法を意識的に使うことなく死んでゆくそうなので、そういった面では彼らの生活において、これらの文明の利器は必要べくして生まれたのだということは理解できる。
だとするならば、魔法が自在に使える人間というのは、とんでもなく高貴で優遇される存在なのではないか?
コンコン。
とそこで、小屋の扉が何者かによって叩かれ、意識は一瞬のうちにそちらへ移る。
人口密集地から離れたこんな人気のない場所に、一体誰が訪ねてきたというのだろうか。
僕は恐る恐る、ドアスコープ――――もとい、木をくり抜いて作られた穴を覗き込む。
そこには、
「うっわ美人……」
背の高い、栗色の長い髪の毛を右肩で縛った美女が涼しげな白いワンピースを着て小屋の前に立っていた。
コンコン。
息をのむ程の美貌に見とれていると、返事のない扉が再び美女によって叩かれる。
「は、はい! 今開けます!」
ノックの主が怪しい人物ではないと判断した僕は、慌てて内鍵を外し、扉を開けた。
「あ、あの……どちら様でしょうか?」
「……あら、見ない顔。エドワーズ様とメルヴィン様はどちらに?」
女性にしてはやや低めの声が物静かな印象の彼女を更に落ち着いた大人の女性に仕立て上げている。薄い唇に引かれた真っ赤な紅が彼女の白い肌と相まって、この世の物とは思えない神秘的な雰囲気を醸し出していた。栗髪の美女はツバの広い帽子を脱ぎながら首を傾げた。
「あ、二人は出掛けていて……夕方には帰ると思うんですけど」
美女は僕の姿を上から下まで舐めるように見た後「……そう」とつまらなそうに言った。
「じゃあ、あの人たちが帰るまで、ここで待たせてもらってもいいかしら」
「え?」
「だって、この暑さの中、出直すのは骨が折れるんですもの」
確かに、彼女の言い分はもっともだ。メルヴィンに米俵のように担がれて町からこの場所にやってきた僕だったけれど、時間にしておよそ三十分ほど空中を飛んでいたように思う。
女性の足ともなると、その労力は計り知れないものだろうし、ここにたどり着くまで相当の時間を有したことだろう。おまけにこの暑さである。
見ると、女性の髪は汗の影響からかほんのり濡れており、肌にまとわりついている。
「ど、どうぞ……何のお構いも出来なくて申し訳ないんですが」
「ふふ、気にしないでちょうだい。屋根のある場所に非難できただけありがたいわ」
女性は室内に入り、扉を閉める。
これから美人と二人でエドワーズさんたちが帰るまで場が持つのか、という現実的な心配をしながら、僕は女性の帽子を預かり、テーブルの上にそっと置いた。
「ところであの、お名前をお聞きしたいんですが、いいですか?」
冷蔵庫の中身を物色しながら女性に尋ねる。
「私の?」
「はい」
彼女はためらうように視線を泳がせ、コホンと咳払いを一つ。
「私はキャロル。エドワーズ様とは古い知り合いで、メルヴィン様なんか、それこそお生まれになった時から知っていますわ。私、あの方の教育係をしていましたの」
昔を懐かしむように目を細め、彼女は笑った。
「そうなんですか……それじゃあ、今日は久しぶりに彼らに会いに来たんですね」
「ええ。と言っても、会うのはほんの数か月ぶりなのですけれど」
物色した末に冷蔵庫の中で見つけられた飲み物は、昨日僕がトラウマを植え付けられたオレンジジュースと今朝飲んだ牛乳。それから何やら林檎らしき果実が描かれたパックの飲み物と飲料水が数本。僕はとりあえず林檎ジュースと思われるパックを手に取り、半分ほど液体が注がれたグラスを彼女の前に差し出す。
「そうなんですか。あ、どうぞ、飲んで下さい」
「あら、ありがとう。あ、そうそう、その前に一つ、聞いていいかしら」
林檎ジュースには口をつけず、彼女は思い出したというように手の平の上で拳を打つ仕草をする。
「はい、何でしょう?」
「あなた、お名前は?」
「夏川陽と言います。年は十八です」
聞かれていない年齢まで答えたところで彼女が眉間に皺を寄せていることに気が付いた。
「あの……どうしたんですか?」
何か気に障ることを言ってしまったかと肝を冷やしていると、女性は、
「ああ、いえ、珍しいお名前だったからつい……それに、その髪と瞳、あなたもしかして――――エクセプション?」
言い終わるのが早いかというタイミングで彼女は素早く腰を落とし、僕の腹を目がけてタックルをしかけてきた。
「えっ」
次の瞬間、僕の体は地面から離れ、大きな音を立てて女性もろとも倒れる。
「うぐっ!」
突然の事態に受け身を取ることも出来ずに倒れてしまったことで背中を強打することとなり、痛みで生理的な涙が浮かぶ。
「あら、ごめんなさい? 大丈夫?」
目を開けた先に広がっていた光景――――真っ白なワンピースを身にまとった美女が、僕の腹の上に跨っていた。




