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第4話 1【お留守番】





 幼い頃に親しんだ絵本の世界――――ミラーワールド、通称「鏡の国」に迷い込み、訳が分からぬまま初めての夜を過ごすこととなった僕は、次の日の朝、ふと思ったことを朝食の席で口にした。



「メルヴィン、今いくつ?」



「二十歳」



「おうっふ……マジですか」



 急いで口調を変更する小心者の僕。

 十八歳と二十歳。大人から見ればたいして歳が離れている印象はないかもしれないが、僕のような学生からしてみれば、一歳の差が大人の十歳差ほど離れている感覚にも感じられる。



「まあでも、急にかしこまられても気持ち悪いしな……お前はそのままでいいや」



 一応、年下のボクに敬語を話させようとしたらしいメルヴィンだったが、どうやらしっくりこなかったらしく、僕は彼に対する口調の現状維持を許された。

 僕はバターの塗られた黄金色の食パンと一緒に冷たい牛乳を喉の奥へ流し込む。



「ああ、そういえば」



 今まで静かに食事をしていたエドワーズさんが口を開く。



「なんですか?」



 首を傾げると、エドワーズさんは申し訳なさそうな表情で言った。



「朝食後、私とメルヴィンは一番街に行かなければいけないんだ。昨日、君がメルヴィンに助けられたっていう場所。あの近くにはまだ「穴」が開いているってことが分かったからね、君のような迷子がいないかどうか、見回りに行かなきゃいけないんだよ」



「……大変ですね」



 彼らはこの世界の組織「エリス」という所の人間で、組織の秘密を持ったまま逃げ出した彼らはついこの間まで命を狙われる立場だったらしい。

 彼らを助けたのが僕を「鏡の国」に引きずり込んだ張本人であり、メルヴィンの妹にして、「エリス」の現最高位に君臨する少女、ミドナ。



「結局は誰かがしなければいけないことなのだし、それで私たちは生きることを認められているのだから、仕方のないことさ。それでなんだけど」



 朝食を終え、口元についた食べかすを拭っている最中、



「陽くん、君にお留守番を頼みたいんだ」



 エドワーズさんは優しい笑顔で言った。



「留守番、ですか?」



「うん。いつもは私とメルヴィン、どちらかが家に残って交代で見回りに出掛けているのだけど、それだとどうしても一番街の全域を一日で巡回出来ないから」



 三人分の食器を片づけ始めたエドワーズさんの背を見ながら思う。

 本来ならその役目は市民の安全を守る警察の役目であり、悪役に回ってもおかしくない組織の人間がすることではない気がする。と、そこで、気付いてしまった。


 ――――ああ、そうか。「鏡の国」にとって、身元が分からず、危険な存在として認識されているのは、僕の方なのか。警察はあくまで市民の安全を守り、異物とみなされるものを排除しているだけなのか。異物――――すなわち「鏡の国」以外の人間を。エドワーズさんたちはその異物を保護しようとしている。そう考えると、この国で異端な部類に入り、国を敵にしかねない危険な思想を持っているのは、やはり彼らのいた組織なのだろうなと思う。


 昨夜、エドワーズさんは言っていた。



『現実世界と鏡の国同士の人間が出会うのは禁忌だ』と。



『もし、二人の間に子供が生まれてしまったら……殺さなくてはならなくなる』



 この国の人間は、秩序が乱れることを恐ろしく嫌っているらしかった。



「でも……」



 留守番をしてほしい、というエドワーズさんの頼みを渋る僕に、出掛ける準備をしている最中と思われるメルヴィンが反応した。



「お前、昨日俺に何でもするって言ったよな」



「へ?」



 向けられている青い瞳は氷のように冷たい。次の瞬間、彼の口角が吊り上ったのを見て、僕は昨日の一場面を再び思い出す。人生で初めて銃弾を向けられ、死にたくない一心でメルヴィンに泣きついた、あの瞬間のことを。



「何でもしますから助けて下さいって、鼻水垂らして泣いてたのは誰だっけ?」



「は、鼻水は垂らしていない!」



 ――――多分。



「あ、嫌だったら無理強いはしないんだけど……」



 心の余裕がない僕は、赤面したままエドワーズさんに向けて叫ぶように言った。



「分かりましたエドワーズさん! 今日は僕がしっかり留守番してます!」



「ハッ、最初っから素直にそう言ってればいいんだよ」



「メルヴィンに言ったんじゃない! いいからっさっさと迷子の捜索行けよ!」



 朝から大きな声を出したり、焦ったりの連続で、汗をかいてしまった。



「へいへーい」



 おどけた口調でメルヴィンは背を向けて僕に手を振り屋外へ出て行く。



「じ、じゃあ留守番は任せたよ。夕方には帰るけど、家の中は好きにしていいからね。誰かが訪ねてきたら、名前と用件を聞いておいてくれると助かるなぁ」



「分かりました! お気をつけて!」



 町に向かって行く二人の姿を見送った僕は、夕方までの時間をどう過ごそうか、真剣に考えることにした。


 選んだこの選択肢がこの後、どういう展開を招くことになるか、今の僕にはまだ分からない。




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