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第3話 1【質問その1、鏡の国ってそもそもどういう国なんですか?】






 青年の後に続いて今にも朽ち果てそうな木造の小屋に入ると、ブロンドヘアの哀愁漂う紳士が笑顔で迎えてくれた。



「ただいま」



「やあ、おかえりメルヴィン。おや、後ろの子はどうしたの? 今年初めての迷子ちゃん?」



 金の髪に瞳を持つ背の高い紳士は、青年の後ろに隠れる僕を覗き込んで言った。



「このガキ、多分「穴」から落ちてきたんだろうよ。この黒髪に真っ黒い目はあっちの奴らの特徴そのままだからな」



「そうか……まだあの「穴」存在しているのか。てっきり全部塞いだものだと思っていたけど」



「うちのバカ妹が職務怠慢してるんだろ、どうせ。俺の代わりに組織のトップになったらしいけど、仕事はしっかりしてほしいぜ、本当に」



「ははは、だったらメルヴィン。君がもう一度あの組織に戻ればいいんじゃない? 君ならミドナよりもっといいボスになれるよ。ボクが保障する」



「バーカ、俺が戻るなら先にお前だろ。創始者の弟さんよ」



「……やめてくれよ」



「あ、あの!」



 咄嗟に声を上げると二人の視線が集まった。



「どうしたんだい? 迷子ちゃん」



「なんだ」



 美形二人の視線というのは、想像より威圧感があり、不思議と惨めな気分になる。



「そろそろ教えてください……その、メルヴィン、さん? と、そっちの人は……」



 名前が分からず口籠(くちごも)っていると、優しい瞳の紳士はこれまた優しい声で、



「ああ、僕はエドワーズ」



 と、自らの名前を教えてくれた。


 どうやらこの世界は様々な文化が入り乱れているらしい。

 何が正しくて、何が間違っているのか。そういった善悪の判断も常識すらもこの世界ではどうなっているのか分からない。鏡の国とは名だけの、「混沌」の中にいる気分だった。


 一刻も早くこの気味の悪い世界から抜け出したい一心で僕は質問を続ける。



「メルヴィンさんと、エドワーズさん。お二人に僕はこの世界のことについて教えてもらいたいんです。どうして僕はこの世界に来てしまったんですか。ここは僕のいた世界ではありませんよね?」



「まあ、長くなるだろうから座って話さないかい? ボクも迷子の君がどうして警官の服を着ているのか、とか、聞きたいことはあるしね。はい、オレンジジュースだよ。君のいた世界にもある果物だろう? オレンジ」



 エドワーズさんは三人分のオレンジジュースを片手に僕を四人掛けほどの大きさがあるテーブルに誘導してくれた。

 見ると、メルヴィンは一足先に着席してグラスを傾けていた。

 僕はエドワーズさんのご厚意に(あず)かることにし、受け取ったオレンジジュースを一気に喉の奥へ流し込む。疲労困憊の体にオレンジの甘みと酸味が染み渡る。


 豪快にグラスの中身を飲み干した僕を見て、エドワーズさんは満足そうに微笑んで、そこでようやく僕の質問に答えてくれた。



「さて、それじゃあそろそろ迷子ちゃんの質問に答えてあげようかな。それとも君が教えるかい? メルヴィン」



「はあ? 向こうの人間に一から説明するのはうんざりだよ。任せる」



「もー、本来それも組織を逃げ出した君が()された罰の一つなんだけどね。ボクも身内にはつくづく甘いなあ……まあいいや、ボクが話そう。いいかい、迷子ちゃん。この世界は簡単に言うと、君のいた世界のもう一つの側面――――人々の理想や願望を反映し、映し出す世界。君たちの世界的に言うと「鏡の国」って言うんだっけ」



「やっぱり……」



 鏡の国は存在している。その事実に、言い様のない興奮を覚える。


 まあ、こうして僕が興奮していられるのは、この場所において現時点、命の危険がないからなのだけれど。そうでなければ、さすがにこんな気分ではいられない。そういう意味ではこの世界に来て、多少の時間が経過し、気が緩んでいたのだ。



「おや、その様子だと「鏡の国」を知ってるみたいだね」



「僕のいた世界に「鏡の国」に迷い込んだ経験があって、その時の体験を本にした人がいるんです。この場所の特徴がその本に似ていたから、ずっとそうじゃないのかなって思ってはいたんですけど」



「あーアレか。なるほどね、それは賢い人もいたものだ。おかげで私たちのような者は助かるよ。迷い込んで来た時に、予備知識があるほど助かるものはない」



過大評価されたようだが、今さら「実はほぼ無知です」なんて言えない。



「でも、どうして「鏡の国」なんて名前なんですかね。単に見えるものが反転しているだけの世界でもないみたいだし」



 僕の疑問符にエドワーズさんは意味深に笑って言った。



「迷子ちゃん、鏡は真実だけを左右逆に映し出すわけじゃないんだよ」



「それは、どういう……」



 言われている意味が分からず、僕は首を傾げる。



「君は鏡で自分の顔を見た時、思っていたより幼かったり、造形が不恰好だったりした時、どう思う?」

「もっとこうだったらなあ……って、まじまじと鏡を見ちゃうかもしれないです」



「うん、そうだね。それが正しい行動だろう。そうやって何度も自分の顔を鏡で見ているうちにね、人間は覚えて慣れるんだよ。言っている意味が分かるかい?」



「えっと……もう少し、優しめでお願いします」



「はは、素直でよろしい。人は誰しもが自己承認欲求を少なからず持っている。要は相手にどうせなら格好よく、可愛く見られたい生き物なのさ。それは自分にも当て()まるって話。君が鏡で自分の顔を見たその瞬間から、君は自分の潜在意識に暗示をかけているんだ。本当の自分はもっと格好いいんだぞってね。その暗示はつまり、脳を騙すことでもあるから、君が実際に見ている鏡の中の顔は、理想の自分というフィルターをかけた状態のものなのさ。分かった?」



「なるほど……女の子のプリクラと自撮り写真は信用するなってことですね」



「まあ、よく分からないけど、君なりの解釈ならそうなんだろう。「鏡の国」はそういう意識から生まれた存在なんだよ。人々が胸の内に秘めた思いに影響されやすい世界なんだ。この世界は君の住んでる地域の選ばれた人の理想が多く反映された世界ってわけ。もちろん、それだけじゃないけどね」



 エドワーズさんの説明を聞いて、僕は矛盾だらけだと思っていた鏡の国の本当の意味を知った。漫画大国日本。曲がりなりにも平和な世の中にはオタクと呼ばれる人々が様々な分野に溢れ、その中でも二次元と呼ばれる点と線の世界――――アニメや漫画の世界に憧れを抱く人々は大勢いる。そんな人たちの理想を色濃く反映した世界――――そりゃあ町の人がゲームやアニメのキャラみたいになるわけだ。多少、人選ミスもありそうだけれど。

 そういった意味でも、この世界は矛盾だらけで、色々不安定なのだろうな、と思う。



「なるほど……なんか、納得できた気がします!」



「それはよかった。じゃあ、次の質問にいこうか。あ、ジュースのおかわりいる?」



「あ、いただきます」



「俺も」



 メルヴィンが空のグラスをエドワーズさんの方に向けて言った。


 一体この二人はどういった関係なのだろうか。身内と言っていた気もするけれど、親子というわけではなさそうだし、遠い親戚関係?


 それはおいおい聞くとして、僕はエドワーズさんのご厚意にまたまた甘えることにして、二杯目のオレンジジュースを喉に流し込んだ。






次回は明日0時頃予定です。

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