プロローグ
「お母さん、この絵本読んで」
幼い頃、就寝前の夏川陽は母親に一冊の本を読んでもらうのが日課だった。
「あら、またその本持ってきて……陽は本当にその絵本が好きね」
「うん! 僕もいつか、この絵本の世界に行ってみたいんだ!」
「……そう」
無邪気に笑いながら言った陽を見て、母親は悲しい顔をした。
絵本の題名は「ミラーワールドの大冒険」
この絵本には元になったエッセイがある。
母親は陽が眠った後、本棚から一冊の本を取り出した。
題名は「鏡の国」絵本として出版された「ミラーワールドの大冒険」の元になったエッセイである。著者はカミヤという人物。
エッセイの冒頭はこうだ。
【 私は十五歳の時、鏡の世界でもう一人の自分と会ったことがある。
私たちの住む現実世界とは別に、もう一つ、この世界には「裏側」が存在する。
あちらの世界の特徴として、文字が全て反転していることから、私はこの世界を「鏡の国」と呼ぶことにした。
私は何かの拍子であちらの世界に迷い込んでしまい、そして戻ってきた過去があるのだ。
その時のことを、覚えている限りでこの本に記しておこうと思う。
私のように誰かがあの世界に迷い込んだ時、この本が道しるべになる時が来ると信じて】
一見、現実離れした話のようだが、母親は本の内容を信じていた。
なぜならこの本を出版したのが実の兄だったから。母親も同じように、あちらの世界に迷い込んでしまった経験があったから。
陽がそれを知るのはまだ先の話。
母親は眠る陽の髪の毛を撫でながら大きく溜息をついた。
「運命……か」
それから月日は流れ、幼かった陽は十八歳になっていた。