第1話「カワボが世界を救う? 前編」
初投稿です。よろしくお願いします。
「今日は今いらっしゃる5名さま、合計49名さま来てくださってありがとうございました! またね」
最後にハートマークがつくかのような甘々ボイスで私は言った。スマホの動画配信アプリを終了し、部屋の壁に掛けた時計を見る。零時十分を指していた。
いや、甘々ボイスだと言っているのは私ではない。いつも私の枠に来てくれる常連さんが、私の声のことを激甘ボイスとか甘々カワボ(可愛いボイスの略)とか言うのだ。私は自分がカワボだなんて全く思っていない。確かに配信カテゴリはカワボにしているけれども……いまはイケボカテゴリ詐欺(通称イケカテ詐欺)とかやってる人もいるし、私がカワボを名乗ってても怒られないだろう……とは思う。
私は一年前くらいから動画配信サービスでライブ配信をしている。もちろん顔出しはしていない。日頃のしょうもない出来事を話したり、他の動画配信者の人とコラボ配信を楽しんだりしている。
プロフィールの自己紹介に「女子高校一年生」「某有名アニメキャラの声真似練習中」と書いていたのが良かったのか、多くはないがそこそこの人が私の配信を聴きに来るようになっていた。最初こそ加減がよくわからなくて出会い厨みたいな人に絡まれたりしたけれど、最近ではいつも楽しく動画配信をしていた。
「……あれ? このコメント、なんだろう」
私の使っている動画配信サービスでは、視聴者が自由にコメントをすることができる。私のライブ配信枠でも視聴者からよくコメントをもらうのだが、今日は変なコメントがついていた。
「やっと見つけた」
「一緒に世界を救いませんか?」
あぁ、と私は悟った。これは絡んだらダメなパターンだ。大抵こういった類は中二病を限界までこじらせた痛い系か、頭のおかしい出会い厨だと相場が決まっている。私は無視を決め込んだ。
「こんばんは〜、トモさんいらっしゃい! ゆっくりしてってね!」
翌日の夜も私は動画配信をしていた。「トモさん」というのは私の配信枠の常連さんの一人だ。
「昨日配信の最後、変なコメントなかった?」
ともさんからコメントがきた。
「さぁ…なんだったんだろうね?」
わたしは答える。あまり面倒な人には絡まれたくないのが本音だ。
「初見さんいらっしゃい……あれ?」
そのとき、また例のコメントが現れた。「世界を救ってください」と書いてある。アカウントの名前は”vwo_blown"だった。
「なんか中二病みたいなやつ来たぞ」
「え? ゲームの話?」
コメント欄が盛り上がっている。
「えーと……世界? なんの話かな?」
私が返すと、コメントがまた書き込まれた。
「ここでは話せない。詳しくは個別に連絡する」
個別に連絡? この動画配信サービスはSNS連携しているから、もしかしたらSNS経由で連絡が来るのかもしれない。
「う、うん……? なんかよくわかんないけど、いいよ」
かなり怪しいものの、さすがに話すら聞かないのはまずいかと思い、承諾してしまった。
そこは「なにそれ意味わかんない」と返すところだと、と常連さんから茶々が入った。
「はあ……結局なんだったんだろう」
30分の配信を終え、私はため息をついた。結局あの後も、何のことだったのかわからなかった。
その時、SNSの通知音が鳴った。
「あれ?これって…」
SNSでダイレクトメッセージが来ていた。画面には「ブラウンです。」とメッセージが表示されている。
どういうことですか、もっとわかりやすく言ってください、と私は問い詰めた。
「君の配信している動画を見て、いや、聴いて、確信した。我々には君の力が必要だと」
相変わらず要領を得ない。私は具体的にはどういうことですか、と質問した。
「君の声は特別可愛い。可愛いボイス、要するにカワボだ。詳しくは来てもらった方が早いと思う。今から外に出られないか?」
一体何を言っているんだ、と私は思った。確かに私の親は夜に家を空けがちなので、今から外に出ることはできる。しかし、一応私は女子高生である。それに、私の声の一体何が関係しているというのか。
「君の言いたいこともわかる。だが、急を要するんだ。君の力を貸してほしい。本当に困っているんだ。今日、やってみて、それでも無理だと思った時は遠慮なく断ってくれていい」
「えっとーー」
さすがに、断ってしまった。だって、えっ? 深夜に、これから家を出るだって? 冗談じゃない。いくら私でも、女子高生が深夜に外出しないほうがいいことは知っている。ていうか、ブラウンって誰だよ。私だって忙しいんだからな。暇だけど。そんなことを考えながら、私は眠りについた。
「今日は、どうでしょうか?」
「今日は、って…」
次の日学校から帰宅すると、またブラウンからメッセージが届いていた。昨日だからダメだったとか、そういう訳では決してないのだが、全然理解されていないようだった。
「本当に、困っているんです」
「私じゃなくても、別にいいじゃないですか」
「そんなことはありません。あなたでなければ、ダメなんです」
「どうして私なんですか?」
「それは、あなたがカワボだからです」
「こんな声の人なんていくらでもいるでしょう? 私じゃなくてもっと他の配信者さんとか、声優さんとかに声かければいいじゃないですか」
「いや、それではダメだ。君の声だけが特別で、君にしか頼めないから、君に頼んでいるんだ」
「そんなことを言われても……」
ものすごい熱意だ、と私は感じた。もしかして冗談ではなく本気で私に声を掛けているのかもしれない。もっとも、そうだからといって引き受けるわけではないけど。
「何が不安なんだ? 深夜に外出しなければいけないからか?」
「まあ、他にも色々ありますけど、それは大きいですよね」
当たり前だろ、と私は思ったが言わないでおいた。
「わかった。では毎晩、君の家の近く、例えば最寄りの駅あたりに車をつける。そこからワークスペースに送迎しよう」
「ワークスペース……?」
「私たちの活動場所のことだ。まあ、ただの雑居ビルだが。とにかく、車で送迎するのならそこまで不安でもなかろう。いかがだろう?」
「うーん……」
「どうしても事情があって無理、ということならば私も潔く諦めようと思う」
ブラウンのメッセージが続く。
「ただ、君の場合はそうではないと思った。なんとなく危なそうだから、怪しいから。変なことや厄介ごとに巻き込まれるのはごめんだから。きっとこれまでに色々とあったのだろうが、私たちはそんな些細な理由で目的の達成から遠ざかりたくないんだ」
「些細って……」
私は少し腹を立てた。
「私だって、色々考えているんですよ。それを、些細な理由って。ちょっとそれは、言い方が悪いんじゃないですか」
「言い方が失礼だったことは謝る。だが、君は本当にそれでいいのか? 君を必要としていて、君だからこそ輝ける、活躍して人の役に立てる場所がある。私はそこに君を連れて行こうとしているのに、それを単に怪しいからという理由で切って捨てるのか? まあそんな人生もいいんだろうが、私ならごめんだな。そんな人生、退屈が過ぎる」
本当に失礼な人だ。こちらを一体なんだと思っているんだ。
「……」
でも、私は返す言葉を持たなかった。ブラウンの言っていることにも、一理あるように感じたからだ。
「……わかりました。では、一回試しに参加させてもらう、というのはできるんですか? 何をするのかも、わかっていないですけど」
「もちろんだ。最初一回来てみて、手伝ってみてほしい。退屈だったり、無意味な時間に思えたのなら、その時は謝る。そこで断ってくれれば、今後一切君には関わらないと誓おう」
熱意に押され、一度だけなら、と私は引き受けてしまった。こうして私はいつも厄介ごとに巻き込まれるのだ。私はため息をつきつつ、ブラウンに自宅の最寄り駅の名前をメッセージで送信した。
「本当に来るんだよね……?」
指定された時間に、私はこっそりと家を抜け出していた。親は家を空けがちなので、家を出る分にはそこまで問題はなかった。私はスマホのメッセージ画面を見た。ブラウンから「到着した」とメッセージが来た。
「君が、モエコか」
私は驚いた。そこに立っていたのは、白髪美青年、かつ低音イケメンボイス(低音イケボ)の男だったからだ。
「あっ、はい、あの……」
私の言葉を遮るように彼は言った。
「そうか、わかった。俺がブラウンだ。こちらへついて来てくれ」
そう言うなりブラウンは歩き出した。慌ててあとを追い、彼について車に乗った。
十五分ほど乗っていると、やや古びたビルに着いた。一見すると普通のマンションにしか見えない。
「ここの六◯一号室だ。今後は俺がいない時もあるかもしれないから、場所と部屋番号は覚えておいてほしい」
「ちょ、ちょっと。私まだやるって決めたわけじゃ……」
ブラウンはあまり人の話を聞かないようだ。オートロックのエントランスで部屋番号を入力し、ドアを部屋の人に空けてもらった。エレベーターを使って六階まで上がる。
「ゲームは得意か?」
「ゲーム?まあそれなりには…」
なぜ今ゲームの話をするのだろう。疑問に思っているうちにエレベーターが六階につき、ドアが開く。廊下を進み、部屋の前まで来た。ブラウンがドアを開けた。鍵はかかっていなかった。
「連れて来たぞ」
「おっ、こないだ言ってた子?さすがブラウン!期待してるよ〜」
部屋の中から女性の声がした。
「えっ、あっ、その」
「紹介しよう。あの奥の女性がシャロ。近くにいる大男がパンダ」
ブラウンが雑に人物の紹介をしてくれた。
「シャロ……?パンダ……?」
思考が全く追いつかない。あの女性と大男は一体誰なのだろう?
「とりあえず、こっちに来てよ」
「端末の準備は?」
「してある」
「ありがとう。助かる」
三人が何やらやり取りをしているが、あまり耳に入ってこなかった。
「どうした?早くこっちに来てくれ」
「えーと、その……」
何がなんだかさっぱりわからないが、今更引き返すのも難しそうだ。やるしかないか、と私は覚悟を決めた。
「はい、わかりました」