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第9話 [美樹2]あなた以外を愛します

「あれも欲しい、これも欲しい」


 私は、そんな子供だったらしい。

 

 特に人の持っているおもちゃを熱心に欲しがったらしい。


 それは、今でも変わらないけど。


 


 入学して間もないのに、四、五人の女子に囲まれ、あまり使われていない校舎の端の女子トイレに連れてこられていた。

 私は、出来る限り余裕の表情を崩さずに語り掛ける。

「どうしたの~、みんな顔が怖いよ~」

 気分を害してしまったのか、囲んでいた女子の中から、リーダー格の常田さんが私に詰め寄ってくる。

「どうしたって? 本当にわからないの?」

「え~、美樹分かんないな~」

 ちょっと、煽りすぎたのか、常田さんは私の胸ぐらを掴んできた。

「ウチが草野くんと付き合ってるの知ってたよな!」

「知ってたよ、それで? 自分に魅力がないの棚に上げて、美樹に取られたの恨んでるの?」

「―このっ!」


―パンッ


 一発ビンタを貰い、幸いにも、この件には片が付いた。

 実は、草野くんとは、もう別れたのだが、彼女たちにはなんとなく黙っておいた。

 流石に、同じ高校の子の彼氏を奪うのは、後々リスキーだなと分かったので、これからは少なめにしておこう。


 頬に残るほんのり痺れた痛みに言い訳するように、私は呟いた。

「だって、仕方ないじゃん……人の物が輝いて見えるんだもん」

 

 私は、空っぽなのだ。


 私の器の中には、何もない。

 いや、器さえないのかもしれない。


 だから、何も測れない。

 だから、他人の器で測ったものを横取りしてしまう。


 私は感心してるのだ。

 だって、テレビで良いことばっかり言ってたあの人も浮気をした。

 汗水流して演説して政治家になったあの人も横領をした。

 みんなからいい子だと言われてたあの人は万引きをしてた。

 なのに、どうやって人を測ってるの?

 私にはわからない。

 だから、みんなにお任せするね。


 みんなが良いと言ったものを身につけておかないと、不安になってしまう。

 みんなが価値があると言ったものを身に着ければ、私にも価値があるように感じる。


 だから、許してね。私が人の物を奪うことを。


 でも、そう言えば昔一度だけ、




「―おい、おい、起きろ、新庄」

 私はまどろみの中から目覚めた。

「あれ、福ちゃん?」

 そこには、少し頼りなさげな私の高校の時の先輩がいた。

「学校では福ちゃんって呼ぶなって、いつも言ってるよな。生徒の間でも地味に浸透しだしてるんだぞ」

 福ちゃんは心底困ったような顔をする。

 そっか、もう高校の先輩じゃなくて職場の上司なんだった。

「いいじゃん、可愛いよ」

「俺はもっと威厳のある教師を目指してるんだよ」

 福ちゃんは、教師一年目から陸上部の顧問をいきなり任されたみたいで、少しでも生徒に舐められないように必死らしい。

 その割には昔と全然変わりなく頼りなかったので、つい副顧問を買って出てしまった。

「それより、そろそろ部活が終わる時間だから早く行くぞ」

「はーい」

 福ちゃんは技術的なことは教えられないけど、部活終わりのミーティングや合宿、遠征の手配など自分が出来ることは必死になってやっていた。

 もう少し肩の力を抜いてやればいいのにと後輩の私が思うのもどうかと思うが、最近は特に張り切っている。

 

 

 

 二人で廊下を歩きながら、手持ち無沙汰になって会話を提供した。

「ねぇ、福ちゃん、今付き合ってる人いないの?」

 福ちゃんは一瞬ジト目で私を睨むと小さくため息をつく。

「はぁー、いないよ」

 私は少し声を弾ませる。

「ふーん、そうなんだー。もしかして、高校の時私と付き合って以来いなかったりして~」

「いや、大学の時に一人だけ」

「ふーーん、そうなんだーー」

 あれ、私少しイラっとした?

 私は声の調子を戻して、話を続ける。

「可哀想な福ちゃん、私がまた付き合ってあげようか?」

 福ちゃんはうんざりした顔をした。

「いや、もう気にしてないけど、当時あんだけ浮気やら何股もかけたりして困らせた相手によくそんなこと言えるな」

「……だよねー」

 福ちゃん、少し強めの口調で私に注意した。

「いい加減、男にだらしない癖は直ってるんだろうな? もう大人、それどころか生徒の手本になるべき教師なんだからな」

「勿論だよー」

 勿論、直ってない。

 それどころか、自分が顧問をしている部活の生徒にも手を出しているなんて知ったら福ちゃんはどんな顔をするだろうか?

「それになー、そう言うことしてると、お前の身が危ないんだからな」

「…………」

 この人は、こういう人だ。

 どう考えても、悪いのは私なのに、この人は悪い人の心配までしてしまう。

 底抜けのお人好し。

 だから私なんかに、

 あの時も、




 私は腫れた頬を隠すように、一目の少ない廊下を歩きながら帰ろうとしていた。

 すると、階段の方からバタバタとした足音が聞こえてきて、ズルっと上履きが滑る音がした。

「―うわぁぁぁ」

 そして、目の前で持っていたプリントをばら撒きながら、盛大に尻餅をついた男子生徒が現れた。

「―プッ」

 私はつい笑ってしまった。

 そして、頬の痛みも忘れて話しかけてしまった。

「大丈夫ですか?」

 その人は、何とか立ち上がりながら返事をした。

「いたたたた、ありがとう、なんとかね。って‼ 君、それどうしたの‼ 頬が赤くなってるよ‼」

 多分、あなたのお尻ほどじゃない。

「……いや、何でもないですよ」

「いやいや、結構赤いよ! 保健室の場所分かる? 一緒に行こうか?」

 その男子生徒はとってもしつこかった。

 (なんだ、こいつ? 私に気でもあるのか?)

 保健室に行くと色々聞かれて面倒だし、なにより偽善者面の男子生徒にイラっともしたので、ぶちまけてやった。

「実はさっき、友達の彼氏をとっちゃったんですー。だから、気にしなくていいよ」

 どうだ、これで分かったか!

 あなたは間違っている。

 私に助ける価値なんてないぞ。

 そう言外に言ったつもりだった。

「…………」

 その男子生徒は、無言で散らばったプリントを集め出した。

 ほら、さっさと私の前から消えろ。

 プリントを集め終わると、それを脇に抱え、私の方に向き直った。

 (なんだ? 罵声でも浴びせるのか?)


 そして、福ちゃんは私の手を取った。


「保健室の先生には僕が適当に言い訳してあげるから、とにかく治療した方がいい。せっかくの綺麗な顔が台無しだよ」

 (何言ってるんだ、この人?)

「……えっ、でも」

 私の言葉を遮って、福ちゃんは言ってくれたのだ。


「叩かれたのは君が悪かったのかもしれない、でもそれは僕が君を心配しない理由にはならないよ」


 私は少しの間言葉を失って、そのあと慌てて口から言葉を漏らした。

「プッ、僕だって」

「べっ、別にいいだろ」

 私は福ちゃんに手を引かれながら必死に笑った。

 そうしないと目から何かが零れそうだったから。

 あぁ、この人は馬鹿だ。

 底抜けに。

 人の測り方なんてわからない私でもわかる。

 この人はきっと、




「おい、新庄! 俺の話ちゃんと聞いてたか?」

 少しの間、ボーっとしてたらしい。

 私は慌てて誤魔化した。

「勿論だよー」

 勿論聞いてない。

 福ちゃんの説教は長いから。

 私は怒られる前に話題を逸らした。

「そう言えば、福ちゃん、自分の事『僕』って言わなくなったよねー」

 僕は僕で可愛かったが、俺は俺でちょっと男らしくていいけどね。

「お前だって、自分の事、『美樹』って言わなくなったな」

 そんな目立つ変化気付かれて当然なのだが、私はちゃんと見てもらっているようで嬉しくなった。


 彼は本物だ。

 だから、私は冗談めかして誘うので精一杯。

 本当はもっと前から一人称に気が付いてた。

 彼女はいるのか聞きたかった。

 でも、この私が聞くのに一年近くかかってしまった。


 傷付くのが怖い。

 彼に見合ってない私に気が付くのが怖い。

 だから、偽物たちで固めて誤魔化すの。

 

 私は間違ってない。


 私は効果がないのなんて知ってるけど、いつもの男を落とす無邪気な笑顔で答えてやった。

「私だって、もう大人だからね」




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