第100話 なんでそうなると? 後編
私は実際にマネージャーの仕事を体験させてもらったり、練習を見学していたが、結構力仕事と言うか、雑用が多い感じだった。
外周のタイムを計ってみたり、飲み物用意したり、壊れた備品の補修や今日はなかったが買い出しなんかもあるらしい、これは確かに二人では手が回らないだろう。
「男子部員も三十人近くいてね、一人ひとりの状態なんかのチェックもしておくのが、良いマネージャーなんだよ」
私は「へー」と感心しながら、こんな可愛いマネージャーに体調の心配をしてもらえるなら、男子に生まれたかったなと邪な発想を生み出した。
全体練習が終わり、みんなが続々と部室に戻っていくと、確かに雫ちゃんと一年生マネージャーの伊田さんは、部員たちに声を抱えて様子を確認していた。
流石に、今日来たばかりの私では何もできないなと、空のグラウンドの方を見ると、一人だけ黙々とピッチング練習? のようなものをしている人がいた。
さっき、私たちに注意してきた暗い人だ。
確か、高原先輩?
私は少し気になって雫ちゃんに尋ねてみた。
「雫ちゃん、まだ残ってる人いるけど、いいんですか?」
「あぁ、高原先輩ね、うん、いつものことだし大丈夫だよ。あっ、悪いんだけど天ちゃん、高原先輩に部室の鍵いつもの場所に置いときますねって言ってきてくれない? 私、最後の備品の点検して来なくちゃいけないの」
「はい、それぐらいで大丈夫ですよ」
私が了承して雫ちゃんの方に目をやると、彼女の視線はすでに高原先輩の方に向かっていた。
「凄いなー、男の子って感じだよね」
この時、鈍い私でも少し感じるものがあった。
もしかして、雫ちゃん、あの先輩のことを?
「わっ、私、行ってきます!」
私はこれは雫ちゃんに恩を返す機会ではないかと、早足で高原先輩の元に向かった。
探りを入れてみるだけだ。
高原先輩が雫ちゃんをどう思っているかで、これからの雫ちゃんのアプローチも変わっていくと言うものだ。
高原先輩は私が近付いても、黙々とタオルを使って、ピッチング練習をしている。
少し声を掛けるのが躊躇われたが、タイミングを見て話しかけた。
「高原先輩、雫ちゃんが部室の鍵いつもの所に置いておきますって言ってました」
「……そうか」
その返事と同時に練習をする手も一度止まったので、私は会話のボールを投げてみた。
「雫ちゃん、偉いですよね。私、初めてマネージャーの仕事やりましたけど、ハードでした」
「……そうか」
「雫ちゃんって、隅々まで気配りが出来てるし、彼女にするなら理想的じゃないですか?」
「……そうか」
「それに何といっても雫ちゃん可愛いですよね、明るいし」
「……そうか」
こいつ、面白くなかー。
なんや、そのリアクションの薄さは、心ここに在らず?
私が高原先輩をよく観察すると、どこかそわそわして見えた。
いや? 逆に心頭を滅却してるのか?
「もしかして、先輩、雫ちゃんのこと好きですか?」
「……………………そうか?」
「随分時間がかかりましたね、無言が雄弁です」
もしかしたらと思ったが、ドンピシャの正解だった。
高原先輩が否定するかなと待ち構えていると、意外にもあっさりと認めた。
「……お前に関係ないやろが」
「告白しないんですか?」
「……せからしか」
「は?」
それはどこかで聞いたことのある懐かしの言葉。
「お前、練習中も他の部員に博多弁頼まれて披露してたやろ、気に食わんのたい、お前みたいな軽薄な女が」
「あれ、もしかして先輩も」
「おう、俺も中学までは博多たい。だからな、お前みたいに地元のプライドも捨てて東京もんに媚びとる奴とは出来るだけ話したくなか」
そのあまりにも心無い言葉に私も直ぐに頭に血が昇る。
「うっ、うちかて、恥ずかしいし出来ればやりたくなかやけど、やらんかったら空気わるなるやん!」
「はっ、それが軽薄いうんや、やりたかないことはやらんかったらいいんや、九州男児の誇りばなかとね」
「うち、女子やし!」
はっ、いけんいけん。
高原先輩との言い合いに、ついつい論点がずれかけたことを思い出し、元に戻す。
「そげんことはどうでもよかとやった。雫ちゃん、好きなんやろ? 告白せんとね?」
「だから、お前に関係ないやろが」
「関係ないけど、親切で言っとるんたい」
私は目の前の男に敬語も忘れて、声を荒げていた。
「……お前なんかに心配されんでも、ちゃんと考えとるたい」
「え? ほんととね? いつね? いつするとね?」
これはもしかしたら私が余計なことせんでも自然と付き合っていたのではないかと、少し自身を恥じた。
そして、私の問いに何故かもじもじと高原先輩は答えた。
「……甲子園出場が決まったら、告白する?」
「は? 馬鹿とね?」
思わず、脳に浮かんだ言葉をそのまま口にしてしまった。
高原先輩は顔を真っ赤にして怒る。
「は? どこがや! カッコいいやろが!」
「あんたはタッチとね! とっとと告白せんね! もし甲子園行けんかったら、どうすると?」
「……そん時は、告白せん」
私はぷちっと音がしたのを聞いた。
多分、私の脳内でだ。
「馬鹿らしか! はよせんと、あんな可愛い子すぐに誰かに取られるとよ!」
「そん時は、そん時たい」
「九州男児が聞いて飽きれるわ! どうせ、あんた、その博多弁もずっと隠しとったんやろが、うちよりよっぽど女々しいわ」
高原先輩はぎくっと肩を跳ね上げた。
どうやら、図星のようだ。
「好いとんやろ? なら、好いとうって言わんね!」
「好いとる、好いとーよ! けんど……」
「天ちゃん? 高原先輩?」
私たちは、その声に体中が強張り、声の主の方へ顔を向けた。
「えっと、ごめんね。天ちゃんが遅いから様子見に来たんだけど、まさか二人がそんな関係だったなんて知らなくて」
そんな関係(地元が一緒)?
「うん、たまたま(地元が一緒)です」
「馬鹿! お前!」
何故か、高原先輩は私の言葉を全力で制止しにかかった。
しかし、もうしっかりと発音された後だ。
「そ、そっか、たまたま(気が合って告白した)か」
「あっ」
人間は気付いた時には、崖の下にいることがある。
今がそれだ。
「お幸せに」
雫ちゃんの目にはうっすらと光るものがあり、その場を早足で去っていった。
「……誤解解くの協力せーよ」
「……なんなら、結婚披露宴の準備まで協力してあげますよ」
私たちの歪な関係は、ここから始まった。この誤解、思っている以上に手こずる事になる。
この日、うちは東京の親友を泣かせ、地元の悪友を得た。




