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第98話 [双子12]絶望とは何だろう

 テントの前の私は、まるで顔のパーツが全部落ちてしまったかのような気分だった。


『声でそう』


 だって、この気持ちがわからない。


『我慢しろ』


 自分でもわからないんだから。


 どれだけ、その声を聞かされていただろう。

 五分、十分、分からないけど、私はその間一歩も動けなかった。


 やっと、動いてくれたその右手はゆっくりとテントのジッパーを下ろした。

 後になって考えてみると、凄いことをしたなと思う。


 だって、そんなもの下ろさなくたって、わかりきっているんだもの。


 そこには半裸の小町ちゃんとミーくんがいた。


 驚いて声をあげられるかと思ったが、二人は全く声をあげずに、逆にこちらが驚かされた。

 

 ただ、二人は身動きせずにこちらを見ていた。

 何と言われるのか、その判決をすべて受け入れることを決めた加害者のように。


 私は震える喉を必死に振り絞った。


「……何してるの」


「見てわからない?」


 答えたのは、ミーくんだった。


「二人はそう言う関係なの?」

「そうだよ」


 答えたのは、小町ちゃんだった。


「なんで? 小町ちゃんは栄治さんが好きなんじゃないの?」

「うん、兄貴は大好きだよ。恋人にしたい」


 いつもは兄への愛を誤魔化す小町ちゃんがストレートな言葉で肯定した。


「じゃあ、なんで!」


 私は自分の喉を傷めそうな声で叫んだ。

 二人は顔を見合わせた。


「「だって、きょうだいが好きなんて気持ち悪いじゃん」」


 当然の答え、それは二人の共通の答え。

 いや、世界中の共通かもしれない。


 誰もが、それを気持ち悪がり、嫌悪し、禁止する。

 愛に境界線はないといいながら、誰もがそこに線を引く。

 国籍も性別も人種も地位も理解する時代が来ても、これだけは無理だ。

 みんなに気持ち悪がられる。


 気持ち悪い、それは私も分かっていたことでしょ。


 だから、寸止めだった。

 悪戯で済ませた。

 彼からの好意を、行為を一切受け止めなかった。

 都合がいいと自分だけが楽しんでいた。


 でも、これだけは聞いておきたい。

 もう二度と前みたいには戻れなくっても。


「……でも、でも、だったら何で、あの時、私にキスしたの?」


 その声は途中で地面に落ちてしまいそうなほど、か細かった。

 また、二人は顔を見合わせた。

 まるで口にしなくても、二人は通じ合ってると言わんばかりにだ。


 小町ちゃんは乱れた衣服を直して、外に出た。

 私とはもう目を合わせてくれない。


「おいで」


 ミーくんは優しく私を呼んだ。

 こんな時でも、私はその声に素直に従ってしまう。

 

 私がテントに入ると、ミーくんがテントのジッパーを上げた。

 これで、このテントな中は私とミーくんの二人きりだ。

 当初の目的が叶ったはずなのに、全く嬉しくない。


 テントの中は暗くて、夜目になっているとはいえ、うっすらとしか見えない。

 私がミーくんに背を向けて座っていると、ミーくんは私の背を優しく抱いた。


 衣服の上からでもミーくんの肌のぬくもりを感じる。


「好きだよ、恵」


 それは、どこか怖くって聞こうとしなかった言葉。

 そして、また別のどこかでそうであればいいなと思っていた言葉。

 自分の中で矛盾を起こして処理できない言葉。


 そして、絶対にこんな形だけでは聞きたくなかった言葉。


「なんで、なんで、こんなタイミングで言うの?」


 私はミーくんに見えないように、涙を溜める。

 ミーくんは私の質問には答えない。


「恵、可愛いよ」

 

 ミーくんは私の頭を包み込むように撫でた。

 その手はどこか汗ばんでて、先ほどまでの行為を思い出させた。


「恵は純粋な子だし、まだ完全には分かってないと思うけどね、お前のやってきた悪戯は本当に危ない事なんだ。俺じゃなかったら、とっくに襲われてたぞ」

「……ミーくんにしかしないもん」

「それも危ないって、兄妹、双子、そんなのが一線を越えちゃいけないんだ。それは何となく分かってただろ」

「…………」


 私は何となくだった。

 彼と彼女はどこかで完全に分かっていた。


「俺と小町はね、あれが初めてじゃないよ。互いにね、同じ傷を持って、同じ傷を舐め合ってた。だから、成立した関係なんだ。互いに互いの思いは成就しないさせない、その悶々とした思いを発散してた」


 そうか、これは私が招いたことだったんだ。

 ミーくんに我慢させていた。

 自分だけが楽しんでいた。

 そして、どこにもぶつけるものがなかったミーくんは小町ちゃんを見つけた。


「明日から、俺と小町は正式に付き合うよ、頃合いを見て栄治さんにも言うよ」

「え? 待って、なんで?」


 私が振り帰ろうとしても、ミーくんが向かせてくれない。

 顔と顔が重なる。

 頬と頬が重なる。

 でも、それは絶対に目が重なることはない。


「今日のクジが全てだったんだ。あれね、黒は最初の一本だけ」

「ミーくんも気がついてたの?」

「みんなだよ」

「……栄治さんも?」

「うん」


 私は自分が小町ちゃんの親友だから、自分だけが小町ちゃんの意図を読んで、自分だけが不正のクジに気が付いていると思っていた。

 しかし、ミーくんと小町ちゃんはあんな関係で、栄治さんは小町ちゃんの兄なのだ。

 2人の関係性だって、私と同じかそれ以上じゃない。

 なんで、こんなに間抜けなんだろう。


「最後の一本は小町のだから、隠して黒って言えば、あの不正したクジを引いた人と一緒に寝れるだろ」

「……うん」

「あそこで、もし栄治さんが引くことがあったら、小町は二人きりのテントで栄治さんに自分の気持ちを打ち明けて異性として見て欲しいって言うつもりだったんだよ。まぁ、栄治さんも薄々は気がついてただろうけどな」


 ミーくんは「でも引かなかった」と言った。

 その言葉に私は栄治さんがやけに私に謝っていたのを思い出した。

 もしかして、あれは自分と同じテントで寝ることに対してじゃなくって、小町ちゃんとミーくんがこうなるのを知っていた、もしくは予想できたからじゃないのだろうか?


「だから、恵に引かれる前に俺が引いた。あれは小町にとって、最初で最後の勇気だった」


 栄治さんはそれを拒絶した。

 分かってた上で拒絶したんだ。

 それが普通か。


「俺もいい加減、この気持ちは整理したい」


 ミーくんの声が冷たいものに変わっていった。

 ミーくんの手が私の胸に、足に伸びる。



「夜が明けたら、もう全部終わりだ」


 

 私はこの日双子の兄に最初で最後、抱かれた。

 

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