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第91話 [姫7]文化祭の隅っこで

 この高校の文化祭で特に活気のあるエリアは、正面玄関前にずらっと道を作ってテントが張られている飲食店スペースだ。

 飲食店を文化祭でやるのにはそれなりのハードルがあり、そのハードルを覚悟で出店までこぎつけているクラスや部活なので、それなりにレベルも高い。

 ここは二日間あるこの高校の文化祭でもずっと人が途切れることはない。


 して、光があれば、闇が生まれる。


 その飲食スペースから少し離れた体育や部活で使用されるグランドの方にいくつかひっそりと出店している者たちがいた。

 その中でも謎の存在感を放っているテントが三つ。

 因みに、先ほどまでの飲食店のテントは主柱が四つに屋根のついたイベント運営などにみられるテントだ。

 しかし、その三つのテントはガチテント、アウトドアの際に使われるタイプのテントである。


 赤、青、黄とカラフルだが、どこか悲壮感を感じる。


 そして、その三つのテントの主は、これまた変わったことに、同じクラスメイトで、別々に運営していた。


『なんでも占い屋』『凄い占い屋』『文化祭レベルでは世界一の占い屋』


 これまた、店名も昔のRPGの適当につけた宿屋のような判断に困るものだった。

 ただ、占いをやっていることだけは分かり、何故ライバル店を三つも並べたのかと、疑問が残った。

 

 テントの入り口は開けられており、と言うか開けておかなければ、昼間は暑いのだろう、そこには三人の店主の顔が覗けた。


『なんでも占い屋』の店主は普通の女の子だ。これと言って特徴を上げるのが難しいが、強いて言うなら肩口まで伸びた黒髪が綺麗なことぐらいだろうか。とにかく普通だ。

(一回、五百円)


『凄い占い屋』の店主は偉そうだ。店名からも分かるように謎の自信が小さな体からあふれ出ている。しかし、店先に客が近寄ると不安げに顔を伏せる。どうやら人見知りらしい。容姿は、そこそこ可愛い。幼い感じもするが、ツインテールがよく似合っていた。

(一回、二千円)


『文化祭レベルでは世界一の占い屋』の店主は、店の名前の通り何を考えているのかよくわからない顔で、テントの中に鎮座していた。しかし、可愛い。学園祭のミスなんとかみたいなのがあれば確実にグランプリを予感させる顔立ちだ。赤みがかった短髪も美人にしか似合わぬものだろう。

(一回、千円)



 され、あなたならどの店に入る? 

 絶対にどこかに入らないといけないとすれば?

 

 そこに一人の顔立ちの整った男子生徒がやって来た。

 テントの主たちは、それぞれ顔を上げた。


「お疲れ様です、お客さんは来ましたか?」


 男子生徒は、飲食コーナーで買って来たらしい飲み物を、それぞれに渡す。

 中でも大きく喜びの反応を見せたのは『なんでも占い屋』の店主である普通の女の子だ。


「北条先輩! 来てくれたんですか!」

「えぇ、一条さんたちがここで占いをやっていると聞いて」


 男子生徒はにこりと微笑む。

 それだけで一条と呼ばれた女子生徒はくらくらとしている。

 男子生徒は隣の『凄い占い屋』の店主にも話し掛ける。


「姫子さん、お客さんは来ましたか?」


 その言葉に姫子と呼ばれた女子生徒はぴくんと反応する。


「……あなたに教える義務はありませんよ」


 男子生徒は困った顔を張り付け、隣の『文化祭レベルでは世界一の占い屋』店主に耳打ちをする。


「おい、客入りはどうなんだ?」

「一条さんのところに四人、私に三人、姫子様のところに……ゼロ人です」

「おい、その辺を上手くサポートするのが、お前の仕事だろ」

「知りませんよ、私も自分の占いの館があるんですから、そこまで手は回りません」

「どうする? 今から桜を雇うか?」

「流石にあの子も馬鹿じゃないんですからばれますよ」

「では、せめて値段を下げさせようか、いくらなんでも素人の店なのに高すぎる」

「いえ、値段はさほど問題ではないかと、姫子様は店先にお客が来ると固まってしまい、まともな接客が出来ないので、そこが問題なのです」

「……何故、占いの館なんてやっているんだ」

「それについては、私に責任があるので心苦しいです」


 仕方ないかと、北条先輩はため息をつき、姫子のテントに入った。


「姫子さん、私を占ってくれませんか?」

「はい、二千円」


 姫子は知り合いだろうと容赦なく正規の値段を要求し、右手を前に出す。

 北条先輩は素直に首里城の描かれた二千円札を差し出し、占ってもらう。


「はい」


 北条先輩の前に一冊の本が投げ渡される。

 北条先輩はそれを手に取り、タイトルを読み上げる。


『猿でもわかる占い』

 

「……あの」

「それ読んで自分で調べてください」


 本の裏を確認すると、お値段何と千二百円、本屋に行って買った方が安いまであった。

 そして、既に熟読済みだったその本をそっと置いて亜里沙に元に戻る。


「あれは、どのみち駄目だ。私達は甘やかしすぎたのかもしれん」

「姫子様のこれからの教育方針について占ってあげましょうか?」

「……頼む」


 亜里沙は無言で右手を前に出す。


「……千五百円です」 

「お前も金をとるのか」

「商売ですから」


 北条先輩は、今度は渋々鞄の中から十円玉を百五十枚取り出し、亜里沙に渡す。


「…………」

「…………」


 無言で互いに胸ぐらを掴みあっている。


 しかし、亜里沙が先に折れ、仕方なく十円玉を回収し、占いを始めた。


「えっと、まずは今日の日付と現地点の緯度と経度を計算して――」

「……あっ」


 北条先輩から漏れた「あっ」は、とても大事なことを思い出した時の「あっ」だった。

 実はこの二人、以前姫子の命令で占いを学習している。

 なので、亜里沙の占いも本格的ではあるのだが、いかんせん全く同じなのである。


 そう、学習に使った資料が全く同じなのである。


 亜里沙は気持ちよさそうに長々と高説を垂れているが、これはすでに北条先輩でも分かる事なのである。

 結局、亜里沙は三十分ほどしゃべり続けた。

 そして、北条先輩は時間とお金を無駄にした。


 北条先輩は、満身創痍で最後に挨拶だけでもと、一条のテントに向かった。


「一条さん、隣の二人が迷惑を掛けるかもしれませんが、どうかよろしくお願いします」

「そ、そんな、迷惑だなんて……あの、もしよろしければ、占いやって行きませんか?」

「えっ? しかし、残念ながら、今、持ち合わせが」

「何言ってるんですか、知り合いからお金を取ったりしませんよ」

「…………」


 一条は至極当然のことのように無邪気に笑った。

 そして、学生レベルの手相占いをしてもらった北条先輩は普通が一番だなとしみじみと感じたのだった。



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