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第8話 [美樹1]正解のないもの

「直幸、今日一緒に帰ろー」

「ごめん、ユーちゃん、今日帰り本屋によって帰るから」

「えー、じゃあ、ついてく」


「涼くん、最近駅前に新しいお店できたの知ってる?」

「知ってる」

「嘘だー、じゃあ、何屋さん?」

「……」


「太田、好きな食べ物ってあるか?」

「えっ? なんすか、沢田先輩奢ってくれるんですか?」

「馬鹿、ちげぇよ、ふと思っただけだ」


 私は、恋愛に興味がある。


 とても、好きだ。

 胸が締め付けられる恋愛も砂糖を流し込んだような甘い恋愛もだ。

 学校内の恋愛事情を観察するだけで楽しくなってくる。

 でも、自身が体験してみたいとは思わない。

 俯瞰的に見るのが、幸せなのだ。

 恋に恋するとはこのことだろうか? 少し意味が違うかな?

 とにかく、私は校内の恋愛、恋愛予備軍を探して、陰ながら応援するのが生き甲斐なのだが、ちょっとばかり面倒な事態に遭遇してしまった。

 今日はそのお話。




 失恋はまだいい。

 それを乗り越えた先に、幸せが待っていた人も見たことがある。

 だが、火傷で済まない恋も世の中にはある。

 私は、他人の恋愛には首を突っ込まない性質だが、知らない仲でもないし今回ばかりは馬に蹴り飛ばされる覚悟で首を突っ込むことにした。




 昼休み。

 二年生の教室。

 入学して日も浅い私が学校にまだ疎外感を感じるのは仕方ないが、一学年上のフロアに行けばそれはより一層増した。

 教室の入り口で適当な男子に声を掛ける。

「あの、すいません。相良先輩呼んでもらえますか?」

 その人は、大きな声で教室の隅で太田先輩とだべっていた相良先輩を呼んでくれた。

 相良先輩は、こちらに気が付いて腰を上げると教室の入り口の方へやってきた。

 太田先輩付きで、

 呼んでもない太田先輩がいつものように元気に声を掛けてくる。

「よう! 相坂、何か用か?」

 お前は呼んでないだろうが! お前は早く沢田先輩と幸せになれ。

「いえ、少し相良先輩に用があって」

「何、陸上部関連?」

 だから、お前は沢田先輩と昼飯でも食ってろ。

 私は終始笑顔を崩さなかったが、そろそろこいつ邪魔だなと思ったところで、相良先輩が話に割って入ってくれた。

「まぁまぁ太田、俺に用があるみたいだしそのへんで、で? 何? ここでいい?」

「……できれば、他所で話しませんか?」

 私は相良先輩と二人っきりで人気のないところまで移動した。




 昼休みは、とんと人通りのない体育会系の部室の並ぶ部室棟、私たちはそこに来ていた。

「で、こんなとこまで来て話って何だ?」

 私は変に話を勿体ぶるつもりもなかったので、震える指先を握り締め、いきなりド直球を投げつけた。

「相良先輩、副顧問の美樹先生と付き合ってますよね?」

 私と相良先輩、ついでに太田先輩は同じ陸上部である。

 そして、その陸上部の副顧問には新庄美樹という、それはそれは可愛らしい先生がいる。

 歳も近い事や親しみやすいおっとりした雰囲気から、多くの生徒からは下の名前で美樹先生と呼ばれている。

 ノリの軽い生徒たちの中にはミッキーと呼んでいる者さえいる始末だ。

 私は私の問いに対する答えを目を逸らさずに待っていると、相良先輩は呆れた顔をして溜息をついた。

「いきなり、何を言い出すかと思ったら、そんなわけないだろ」

 この男、この期に及んで誤魔化そうとするのか?

 私は出来れば言いたくなかったが、おっかなびっくりしながら口から絞り出した。

「……私、この間、誰もいない部室で二人がキスするとこ見ちゃったんですけど」

 しかも、舌を絡ませる感じの濃いやつ。

 そーっと、相良先輩の顔を覗くと、先ほど同様呆れた顔と深い溜息をついていた。

 しかし、その目にはどこか諦めの色も窺えた。

「他に誰かに言ったか?」

 認めた?

「いえ、真面目な相良先輩がまさかって思ってテンパっちゃったので」

 私は、もじもじとしながら正直に答えた。

「そうか」

 相良先輩は不愛想な返事をする。

 そして、「じゃあ、これで」と言わんばかりに踵を返そうとした。

 私は慌てて呼び止める。

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! あいつはマジでやめといた方がいいですって」

 私のその言葉に相良先輩が足を止める。

「お前が、あの人の何を知ってるんだ?」

 私は恋愛観察マスターとしての洞察力をいかんなく発揮して分析を述べた。

「教師との恋愛のリスキーさは説明するまでもないですが、美樹先生はやばいです。あの人はあなたに興味があるわけじゃないですよ。

 可愛い可愛いと育てられたせいあるかもですが、

ただ、自分を愛してくれるものに愛し続けて貰うために餌を上げてるだけです。

 典型的な自分を好きな人が好きなタイプです」

 私のもっとも嫌悪するタイプだ。

 多分、他にも恋人がいますよ。喉元から勢いよく飛び出しそうな、その言葉だけは何とかせき止めた。

 ここまでボロクソに言えば、流石に怒らせるかと思ったが、意外にも相良先輩の表情は驚きと感心の入り混じったような色をしていた。

「……よく見てるじゃないか、驚いたよ」

 その後の言葉は続かなかったが、言わなくても分かる。


 そこが好きなんだよ


 なんだそれ、無敵じゃないか。




 納得がいかない。

 私は腑に落ちないもやもやとした気持ちを引きずり、とぼとぼと廊下を歩いていた。

「あっ、愛ちゃーん」

 魔の悪いのか良いのか、渦中の人物の声が聞こえる。

「げっ」

 廊下の先から能天気な顔を張り付けて、手を振って近づいてくる。

「何ですか、美樹先生」

 そいつはわざとらしく可愛いらしい動作を混ぜながら、私に言付けをしつけてきた。

「なんかー、顧問の福ちゃん先生が今日は降水確率高いから、放課後雨降ってなくても室内練習だって」

 福ちゃんというのは、顧問の福田先生だろう。なんでも、高校の時からの知り合いらしい。

「……私じゃなくて、部長とか副部長に言って下さいよ」

「へへへ、たまたま目の前にいたから」

 これだ。

現実にこんなにスムーズに「へへへ」なんて言える女が他にいるだろうか?

私は深いため息をつく。

「分かりました。私から部長に伝えておきます」

「ありがとー」

 私は背中を向け、そのまま立ち去ると思ったがやっぱりやめた。

 私は背中越しにそいつに話しかけた。

「……そうやって……相良先輩もたまたま目に着いたから手を出したんですか?」

 

「かもね」


 私はむこうを驚かせてやるつもりが、こちらがドキリとしてしまった。

 鼓動が速くなる。

「誤魔化したりしないんですね」

 私は信じられないものを見る目で振り返った。

 そこにはいつもの笑顔のまま、わざとらしく人差し指を顎に当て悩まし気な表情をしているそいつがいた。

「ん~、だって愛ちゃん、こないだ見てたでしょ?」

 この女、気が付いていたのか。

「……私が口外すれば、あなた終わりますよ」

 そう告げると、そいつはまた過剰気味に困った顔をする。

「えー、それは悲しいなぁ」

 私は生殺与奪権を握った気持ちになって、小さく笑みをこぼした。


「―相良くんが」


「はっ?」

 思わず声が出てしまった。

 何を言ってるんだ、この女は?

 そいつは何の恥ずかしげもなくこう言い放った。

「だって、私が学校辞めちゃったら相良くんとはなかなか会えなくなるでしょ。相良くん悲しむと思うよ」

 いけしゃあしゃあとよく言ったものだ。

「別にあなたがいなくなったって、相良先輩は案外けろっと忘れて別の人を好きになりますよ」

 そいつはからかうように笑う。

「愛ちゃんとか?」

「べっ、べちゅの誰かですよ」

 思わず噛んでしまった。

 その女は鈴が鳴るように可愛く笑う。

「あはは、べちゅだって、何ならあげようか? 相良くん」

 何を言っているんだこの女は?

 今度は声を出さずに我慢した。

「もう、愛ちゃんにだから言うけどね。別にお付き合いがある人が何人かいるの。だから、相良くんあげてもいいよ」


―パァン


 私は思わず手が出てしまった。

「最低」

 私はその言葉を漏らすのが精一杯だった。

 そいつは叩かれた頬を大して気にした様子もなく、子供が質問するようなあどけない顔で質問をした。


「なんで?」


 私は言葉を失った。

 なんで?


「なんで、複数の人を愛すことが最低なの? 最高の間違いじゃなくって? 私は沢山の私を愛してくれる人たちがいて幸せだし、みんなだって私といて幸せなんだよ」

 でも、いくら何でもそれは、私は何とか反撃の言葉を頭からひねり出そうとする。

 多くの人を欺いて、それに気が付いてしまった時、その人たちの気持ちはどうなる?

「でっ、でも―」

 私の反応なんてお見通しと言わんばかりに言葉を遮る。

「ちなみに相良くんはこのこと知ってるよ」

 私は今度こそ言葉を失った。


 その女は壁にもたれかかり片足をブラブラとさせ、つまらなそうな顔をする。

「なーんか、がっかりだな。愛ちゃんならわかってくれるかもと思ったのに」

 何も言わない私を無視して、彼女は続けた。

「だって、愛ちゃんだって、そんなに可愛いのに誰か一人に入れ込まないでしょ? 一人に入れ込んだ時の喪失感が怖いから特定の誰かを作らないんでしょ?」


 違う。


「誰かの恋を見て、それで代替してるんでしょ? 自分は傷付かないで恋を味わってるんでしょ。ずるいんだー」


 ……違う。


「私たちの間には積極的か消極的かの違いしかないんだよ」

 

 …………違う。


「二人とも一番自分が可愛い、そうでしょ?」


 ………………。


「私たちは誰かを愛したり、恋したりはできない。


     自分を愛し、誰かに恋してもらうしかないよ」




 最後に彼女は私に悪戯っ子のような笑みを張り付けて、囁いていった。

「恋愛に正解なんてないよ」

 その言葉に少し胸が軽くなった自分が許せなかった。






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