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第7話 [嘘1]嘘が招いたもの

「お前、このアイドルグループの中でどの子が好き?」

「この右端の子かな」

 嘘。本当はど真ん中の子。


「今日、テストどうだったの?」

「まぁまぁかな」

 嘘。過去最低に悪かった。


「晩御飯何がいい?」

「肉」

 本当。肉なら何でもいい。


「放課後カラオケいかねぇ?」

「今日、塾の日なんだ」

 嘘。明日だ。


「今日、ノート提出の日だっけ?」

「さぁ、知らね」

 本当。いつだっけ?


「昨日のあの番組見た?」

「見た、見た、笑ったわ」

 嘘。その時間、姉がドラマ見てたわ。


「私の事好き?」

「うん、大好き」

「嘘」


「よくわかるな」

「私は、あなたの事大好きだから」

 

 俺は、一学年下の好きでもない北川と付き合っている。

 なんでかって?

 「好きです」と告白されて、断る理由が思いつかなかったからだ。

 最低の男だとなじってくれていい。

 すぐに見切りを付けられると思ったが、意外と北川はしぶとかった。

 最初は好きでもない子のために時間だけを使うテイクのない関係だったんだが、ある日俺にもメリットがあることに気が付いた。


 ショッピングにつき合わされ、服を選んでいた時のことだ。

「ねぇ、どっちの服が可愛い?」

 北川が、両手に二着のワンピースを持ち、俺に質問してきた。

 俺は、テレビで見た流行のワンピースの名称を思い出しながら、答えた。

「右のビスチェワンピースの方がいいと思うよ」

「嘘、本当は、左のフリルがたっぷりついた方が好きなんでしょ」

 俺は、驚いた。

 それも生半可なものではない。

 俺は宝の在処がばれてしまった盗賊のような鬼気迫る顔で聞いた。

「なんで分かったんだ?」

 北川は、さも当然のようにケロッとした顔で答えた。

「えっ、嘘つくときの顔してたよ」

「どんな顔だ?」

「おしえなーい」

 その日のショッピングの間、俺はそのことについて聞きまくっていたが、最後まで北川は教えてくれなかった。




 俺は、よく嘘をつく。

 日常会話の中でも、何の意味があるんだってくらい嘘を混ぜる。

 初めてついた嘘を俺は今でも鮮明に覚えている。

 幼い頃、近所の祖父母の家によく遊びに行っていた。

 お菓子をいっぱい出してくれるからだ。

 だけど、ある日母がそれに気が付き「夕飯が食べれなくなるから、もうお祖母ちゃんの家でお菓子を食べちゃダメ」と言った。

 祖父母も厳しく言われていたみたいで、その日以降、お菓子が出てくることはなかった。

 だが俺は、意外にもお菓子が貰えなくなっても祖父母の家によく遊びに行っていた。意外とお祖母ちゃん子、お祖父ちゃん子だったのかもしれない。


 そんなある日のことだ。

 祖母が友人から高級菓子を貰った。

 可愛い孫にどうしても食べさせてあげたくなったのだろう。

祖母は「お母さんには、内緒だよ」と言って、私に高級菓子を食べさせてくれた。

とてもおいしかった。


だが、母は毎回俺が祖父母の家から帰ると「お菓子食べてないでしょうね?」と聞くのだ。

その日も例外ではなく。

「お菓子食べてこなかったでしょうね?」

 と、台所から声を掛けてきた。

 俺は、咄嗟に返事をしてしまった。

「うん」

 俺は、胸に息苦しさを感じて数日を過ごすことになった。

 だが、何日たってもその嘘がばれることはなかった。

 俺も一日経つごとに胸の息苦しさが薄まっていき、一週間もすれば完全に消えていた。

 そこで俺は、子供ながらに思ってしまった。


 嘘をつくと、美味しい目にあえる。


 そこから、俺は色んな嘘をついた。

 自分、相手問わず都合のいい嘘を。

 俺はしばらく美味しい目にあい続けた。


 で、ここからが悲劇。


 誰も、俺の嘘に気が付かないのだ。

 肉親、友人、先生に至るまで、誰も俺の嘘について指摘しない。

 それでも、俺は習慣付いたものを拭えず嘘をつき続けた。

 果ては、俺まで自分の嘘が分からなくなっていった。

 少しでも、それを避ける為に、俺はいちいち心の中で確認する癖がついてしまった。


 今のは本心だったか? また、嘘をついてないか?


 何で、誰も俺の嘘を指摘しないんだ?

 俺の嘘は、そんなに上手か?

 

 ……それとも、誰も俺に興味なんてないのか?


 それを考えたら、もう駄目だった。

 俺が嘘をつこうが、本心で喋ろうが、どうでもいいから嘘がばれない。

 少し無茶目な嘘をついてみた。少し確かめれば、ばれてしまう嘘をついてみた。

 どちらもばれなかった。


 自分が嘘をついてるくせに、その嘘で周りが信じられなくなるなんて、俺がそいつを見たら笑い出してしまうぐらい滑稽な奴だ。


 そんな考えに苛まれて、毎日を過ごしてきたある日、北川に告白されたのだ。

 俺は、その子に見覚えがあった。

 毎日、通学の電車が一緒の子だ。

 そのことを伝えたら、その子は泣き出してしまった。

 自分の事に気が付いていてくれて、嬉しくて泣いてしまったそうなのだ。

 女子の安い涙など笑ってやる、ぐらいが俺のスタンスだったのだが、俺はその子の涙を笑えなかった。


 嬉しよな、誰かが見てくれてるのって。


 俺は、気が付いたらその子の告白を受け入れていた。




 そして、今に至る。

 北川だけは、俺を見てくれている。

 俺の嘘に気が付いてくれる。

 そんな確かな安心感は、俺には何よりも得難いものだった。


 帰り道、北川は俺の腕をとって、自分の腕と絡ませてくる。

「おい北川、真っ直ぐ歩きにくい」

「あっ、今の本心だ。傷付くー。でも、放してあげない」

 

 帰り道の駅で電車を待っている時。

「ねぇ涼くん、私は涼くんの事名前で呼んでいるんだから、私も桜って名前で呼んでほしいな」

「もう北川に慣れたから嫌だ」

「あっ、嘘だ。恥ずかしいんでしょ」

 

 帰り際の別れ道。

 北川は、いつもの決まり文句を言って俺と別れようとする。

「ねぇ涼くん、私の事好き?」

「あぁ、好きだよ」

「……あれ? 今の?」

 彼女の赤くなる顔を後に、俺は帰路についた。


 いつか、桜に教えて貰いたい。俺の嘘をつくときの顔を。

 そうしないと、こんな時、どんな顔をしていいのかが分からない。


 でも、多分彼女は一生教えてくれないだろうな。


 また、美味しい目にあってしまった。




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