第5話 [漫A1]君が目立つ理由
「なぁ、なんかおススメの漫画貸して」
漫研の部室。
古いストーブの上のやかんがカタカタと音を立てる。
僕は部室の漫画を読んでいた。
そんな時、金髪プリン頭の先輩が、僕から漫画をカツアゲしようとしてきた。
「僕、ワース○もク○ーズも持ってないんだけど」
「直幸、私がヤンキー漫画しか読まないと思ってない?」
ちゃんと伝わるあたり、好きなのは好きなんだろう。
「暇なら帰れば?」
そう冷たく言い捨てると、彼女は拗ねたように口を尖らせる。
「暇だから、ここにいるんだろー。お前、そんなに私といたくないわけ?」
「ぶっちゃけ、ヤニ臭いから、あんまりいたくない」
わかりやすく目に涙を貯め出したので、素早くフォローする。
「嘘、嘘、冗談だよ」
「……殺す」
ユーちゃんは、俗にいう幼馴染だ。
小学校は、おろか、幼稚園からの付き合いである。
昔は、おとなしい子だったんだけど、中学あたりから、ヤンキーへと豹変し、高校の今でも、ちょくちょく生徒指導を食らっている。
うちの高校では、どこかの部に所属しなければならないのだが、そんな制度は半分形骸化していて、適当な部に幽霊部員化した部員がわんさかいる。
その一人がユーちゃんだ。
今日は友達と遊ぶ用事もない為、部室で暖を取っているというわけだ。
日頃は、他にも二、三人部員がいるのだが、みんなユーちゃんにビビッて帰ってしまった。みんな、すまん。
「直幸の好きな女キャラが出てる、漫画貸してよー」
「絶対、ユーちゃんそういうの嫌いだと思うよ」
「別にいいよ、直幸の好きな女のタイプ調べるだけだから」
「…………」
「あっ、照れた?」
「いや、全く。漫画を悪用しようとしてたことが許せないだけだよ」
「えっ、ごめんな」
本当は少しだけ照れた。
ユーちゃんは、部室のパイプ椅子をガタガタと揺らしながら、しつこく話しかけてくる。
「直幸、私のこと好きか?」
「うん、好きだよ」
「…………」
「あっ、照れた」
「……少し」
ユーちゃんが分かりやすく頬を染める。
ユーちゃんは正直者だ。
ユーちゃんは勢いそのまま、いつもの定型文を言う。
「なぁ、私たち付き合わない?」
僕は、それにいつもの定型文で返す。
「ユーちゃん、僕の好きは家族や友達に対するLIKEだって言ってるでしょ」
「私はLOVEなのになー」
そうなのだ。
いつの頃からか、ユーちゃんは僕と異性として付き合いたいと言い出した。
僕にとってユーちゃんは手のかかる姉のようなものなので、どうもそういう気分になれない。
なので、僕はこの話になると、いつも決まってはぐらかす。
「今日は、もう帰ろっか」
「うん」
ユーちゃんも慣れたもので、今日も無理かと、少し残念そうな顔をして帰り支度をする。
昼休みの教室のベランダで、いつものように僕はクラスメイトの相良と、とりとめのない雑談をしていた。
「相良って、姉ちゃんいたよね」
「四つ上に一人いるな」
「その姉ちゃん好き?」
相良は真面目な奴で、そんなふざけた質問にも真面目に考えて答えを出してくれる。
こいつのこういうところは好きだ。
「家出したり、急に一人暮らし始めたり、破天荒な人ではあるが、嫌いじゃないな」
大分ヤバい姉ちゃんだな。
「付き合える?」
「それは、無理だ」
相良は即答する。
「だよなー」
「また、ユーちゃんさんの事か?」
「うん、最近どんどん告白頻度が多くなっている気がするんだよ」
その後も昼休みいっぱいまで、僕らは互いの愚痴をこぼしあっていた。
いったい、いつから、ユーちゃんは僕を異性として意識し始めたんだろう。
あと、こんな冴えない男のどこがいいのかも全くわからない。
ユーちゃんは、美人なのでもっといい男と付き合えばいいのにと常々思っている。
世の中、思い通りにいかないものだ。
今日は、部員の集まりも悪く、僕も好きな漫画の新刊が出ていたため、早く帰ることにした。
漫研を出て、階段を降りようとすると、屋上につながる階段の踊り場の方から、何やら話し声が聞こえてくる。
片方は、ユーちゃんも声だった。
「だから、無理だって」
「いいじゃん、唯。俺と付き合おうよ」
「いや、私、好きな奴いるし」
「えー、脈なしなんじゃないの?」
どうやら、ユーちゃんのクラスメイトの小山先輩に交際を迫られているようだ。
小山先輩かー。
僕は、二人のもとに割って入った。
「すいません、僕の彼女なんで」
そう言って、有無を言わせずにユーちゃんの手を引っ張って、その場を去った。
ユーちゃんは、その手を強く握り返してくれる。
小山先輩は駄目だ。チャラいし、頭悪いし、何より一度二股をしている。
ユーちゃんにはいい男と付き合ってほしいのだ。
僕が認めた男なら、喜んで交際を許可する。
ユーちゃんの周りの男に、今のところ条件を満たしている男はいないけど。
これは、あれだ、父親的目線だ。
単身赴任しているユーちゃんのお父さんの代わりに目を光らせているだけだ。
あー、ユーちゃんに相応しい男が現れなくて本当に残念だなー。
「ねぇ、いっつも思うんだけど、もうこれ付き合ってるって言って良くない?」
「駄目に決まってるでしょ、今日みたいな悪い虫を払う時だけだよ」
「そっか、残念だなー、だったら、もっと告白されるように、派手で目立つ格好しなきゃなー」
本当、どこかに、ユーちゃんに見合う男はいないものかな。