第356話 幸せのベール
まめな子。彼女が初めて俺の家に来た。生活感の片鱗のようなものが見えた。テーブルの上にほっぽりだした雑誌や郵便物を分類して片付けだしたのだ。
「そんなの適当に置いとけばいいよ」
「駄目、大事なものどこに行ったか分からなくなっても知らないよ」
とてもいい子だ。
俺がその様子にキュンと来て無言で彼女の頭に手を置き、撫でるとくすぐったそうに表情を溶けさせた。大学の友人の紹介で知り合った子だが、本当に俺でいいのかと思う程に欠点のない理想的な恋人だった。そもそも告白して何の迷いもなく承諾してくれたことさえ未だに夢ではないかと疑っている。
ただ俺は見逃さなかった。その違和感を見逃せなかったと言ってもいい。
大学の友人のあの何とも言えない微妙な表情。元々遊び人だった友人のことだ。この子にちょっかいを出さない方がおかしい。それでも俺に紹介したのにはわけがあるのだろう。
今日が五回目のデート、慎重すぎるほどにタイミングを待った。
お互い言葉は発さずとも部屋の雰囲気がワントーン落ちるのを感じた。
「あの……ちょっといいかな?」
「なに?」
結論だけを言えば、彼女は衣服を脱がなかった。
それでも俺たちは愛し合った。俺の脱いだ服を一枚一枚丁寧に畳むまめな子だった。彼女が好きなことは全く揺るがない。大丈夫、机の上は散らかっていようとも本当に大切な物は頭の中で分類済みだ。
ただ理由が分からない。夏場は半袖だったし、肌を隠すような仕草が気になったことはない。みんなそれぞれ何かを抱えていて普通の子なんていないとは思うが、その日のあれは異常に分類されるものだった。
暴くのが正解か、向こうから告げられるまではそのままを愛すのか、そっと距離を置くのか。
人生に恋愛以上に選択肢の多いことなんて一つもないのだと、俺はそっと頭を悩ませた。




