第355話 私にだけ冷たい風
冷たい風が頬を撫でた。
冬の海辺はどこか寂しそうで私は丁度いい居心地の良さを感じていた。誰もいやしないけれど、時々横切る黒猫とカモメが完全な無機物感を破壊し適度にほぐす。
私はローファーをカツカツ鳴らして誰もいない堤防まで歩いて行く。勿論そこまでの道程で誰とすれ違うこともない。
空と海が重なって私の視界の一枚絵がシンプルな色味になった。
次のバスの時間まで1時間以上ある。
「どうやってきたの?」
なのに私の背後には省吾が立っていた。
「自転車」
「遠かったでしょ」
「1時間ぐらい」
デートでだって歩調を合わせない彼がよくここまで来たものだ。
「飛び込むのか?」
「なわけないでしょ」
省吾は私の隣に座った。
「寒くないか?」
「別に」
痩せ我慢を言った。
雲の流れを見つめ、夕暮れを待った。陽が落ちれば更に温度も落ちてくることだろう。
「……俺は捨てられるのか?」
「私が捨てらたんでしょ」
「誤解だって言ってるだろ」
「誤解じゃないよ、事実だけ」
そこにあるのはそれだけ。
どれだけ強固に見えていたものも呆気なく砕けてしまうものもある。
「さて」
私は立ち上がりお尻を叩いた。
「バス来るから」
次はもっと心の広い彼女を作りなよ。
流石にそれは口に出来なかった。
いつまで経っても子供みたいな理由で壊れていく。
「待ってくれよ」
「待たない、許さない」
狭量だ。
さぞ息苦しかっただろう。
世界中の人にとって些細で下らないものを私は受け入れることが出来なかった。




