第324話 殆どの人の敵
夏休みは好きか?
私は好きだ。理由を知りたい? 夏休みを好きなことに理由は必要ない。休みだからだ。普段できない遠出をするもよし、だらだらと時間を無駄に貪り尽すもよし、とにかく全ての制約はなくなり、全ての自由を手に入れている。それが夏休みだ。
「権利を主張することが許されるのは、義務を果たした者だけだよ」
「聞いてくれ、忠邦。私の体温は今四十度近くあるんだ」
「はい、体温を四捨五入しない」
忠邦は冷静だった。
それはもはや百戦錬磨の武士のよう、いたって冷静で私の慌てふためき具合と対極にあると言ってもいいものだった。
「忠邦、なんでお前はそんなに冷静なんだ」
「夏休み経験十回にして、通算十度目、そりゃ冷静にもなるよ」
「何故だ、昨日まで夏休みは無限にあったんだ」
「昨日は夏休み最終日前日だね、無限どころかあと二日だよ」
「そして、今日ってわけか。あはは、まいったね。こりゃ悪い夢だ。もうひと眠りするよ」
「したら現実が悪夢になるけどいい?」
私は私の部屋いっぱいに広がる夏休みの敵と対峙していた。
本当に無粋なものだ。燃やしてしまいたい。
こんなに何かを憎いと思ったのは初めてだ。多分、私はこいつに前世で親を殺されているのだろう。
「そんな親の仇を見るような目で見てないでいいから座ってさっさと宿題片付けろよ」
忠邦は私の手を引き、隣に座らせる。
こいつは成績優秀で大半の宿題は七月のうちに終わらせていると言う宿題フェチの変態だ。
決して答えを見せてくれたりはしないが、決まって最後には私を助けてくれる。
毎年最終日朝一番に私の家を訪れ、私を叩き起こしては丸一日宿題と格闘する。母はいつも涙を流して忠邦を歓迎する。うちでは夏休みの最終日の夕飯は忠邦の好きなハンバーグとオムレツと決まっているほどだ。
「……夏休み最終日が一番楽しかったりしてな」
「限界みたいだね、五分寝ていいよ」
「いや、寝ぼけてるわけじゃないし」
「膝枕でいいよ」
十五分寝た。




