第289話 少しだけ大人だったから
思えば何で欲しかったのか分からない。
もう潰れてしまったけど、私が小学生の頃学校の帰り道に駄菓子屋があった。店主のおばあちゃんは今でも元気なのかな。あの当時でも七十近かったと思う。
その店先にガチャポンといって伝わるのだろうか? 百円硬貨を入れてレバーを回すとカプセルの出てくる小型の自動販売機のようなものが並んでいた。
その一つにその当時はやっていたアニメの缶バッチが商品のものがあって、私はよくその場で足を止めていた。
一緒に帰っていた近所の男の子に「何見てんだ?」って聞かれて「これが欲しいの」と指差し、なけなしのお小遣いをはたいてガチャポンを回した。
あれのよく出来ているところは商品が完全なランダムで出てくるところだ。
私の欲しかったキャラクターは三回、計六百円使い込んでも会うことが出来ず、帰り道に泣きながら帰ったものだ。
一緒に帰っていた近所の正輝君はあれやこれやと慰めの言葉をくれたが、本当に幼かった私は自分のことばっかりで全く耳に入っていなかった気がする。
次の日、正輝君は「今日は別々に帰ろう」と提案してきた。
私が何度理由を聞いても話してくれず、昨日のこともあったので愛想を尽かされたのかなと思い、一人で帰るのは寂しかったけどしょうがなく提案を飲んだ。
また、その次の日。
朝、正輝君はクラスの男子にからかわれていた。
どうしたんだろうと近くの席の友達に聞いてみると「芝崎、男子の癖に女の子のアニメの缶バッチが出てくるガチャポン回してたんだって、昨日田中が見たらしいよ」そう答えてくれた。
私の胸の鼓動は一段階早くなった。
子供の私でも理由は分かったからだ。
私は田中君たちに「いちいちそんなことでからかうなんてダサいよ」って言うと見ていただけだったクラスメイトも流石にうるさいと感じていたのか、助け舟を出してくれた。
私は正輝君に「今日は一緒に帰ろう」と伝えた。
正輝君は「ごめん、伊月ちゃんの欲しがってたのでなかった」と俯いた。
家族以外で誰かを抱きしめたいと思ったのは、これが初めてだった。
帰り道、私は「あーあ、もう今月お小遣い百円しか残ってないよ」と愚痴をこぼした。正輝君は一瞬苦笑いを浮かべると「あっ」と何かに気が付いたように口を開いた。
目の前にはあの駄菓子屋さん。
正輝君はランドセルの中からマジックテープのお財布を取り出すと「ちょっと待ってって」と何枚かの硬貨を握り締めてお店の中に入っていった。
お店の中から戻って来た正輝君は百円玉を握り締めていて「交換してもらった!」と嬉しそうに話す。
「これあげる。そしたらもう一回できるでしょ」
私は躊躇いがちに「それは悪いよ」と断った。
あの時、二人で回していたら何が出ていただろう。




