第279話 平和を望み手を伸ばさない
「孤独の王は言った『私は強い、だから孤独なのだ』と」
「何の話?」
「『死神邂逅譚』様々な王様の死に様を綴った物語だ」
読書家の花房君は私に伝えたい内容をいつも声に出して読む。
保健室には私と花房君の二人だけ、保険の久保藤先生は職員会議だとかで退室してしまった。
「……様々な王様の様、文字にすると面白そう」
「お前はいつもどうでもいいことを発見するのが得意だな」
「ありがとう。で、その王様がどうしたって?」
「いや、強い者と弱い者、どちらが孤独なのかなと思って」
「君こそあんまり本の内容と関係ない事考えてたんじゃない?」
「俺は孤独だ。それもこれも弱いからだ」
「弱い身体?」
「それもある。生まれつき周りと上手く馴染めない理由だろうな」
「君はすぐ何かのせいにするね」
「生まれつき健康体のお前には分からないだろうさ」
一応、教科書のようなものを机に広げ日々を過ごしている私たちだが、隙を見つけてはこんなくだらない話ばかりをしている。暇を持て余しているのだろう。
私達は隔離されている。
問題児であり、異端児。
そう言えば聞こえがやや厨二だが、実際は只のはぐれ者の保健室授業だ。
今日も明日も黙々と課題のプリントの空欄を埋めていく。
「ところで花房君、ここの問題よくわからなんだけど解いてくれない?」
「なんで俺が」
「一応、一学年上でしょ?」
「ふん、勉強が得意ならこんなとこにはいない」
「なんで?」
「得意がある人間は自信があり、自身がある。そんな人間は多少人と違っても無視して先に進めるものなんだ」
「それは本の受け売り?」
「どうだったかな」
「でも、周りを無視して進めばその人は孤独になっちゃうんじゃない?」
「それが孤独の王か」
「孤独なのに王なの?」
「王は民に利益を生めばいいんだ。そうしている限り理解されなくても手放されない」
「孤独だねぇ」
「でも、弱くて孤独よりは随分マシだ」
私は難しい話は分からない。
でも、花房君が話してくれる言葉に耳を傾けるのは嫌いじゃない。
「弱いなら群れを作ればいいんじゃない?」
「その群れにすら入れない弱い者もいると言う話だ」
「私達のこと?」
「うっ、まぁそうだ」
春が終わり、温かさが過激になってきたこの頃、私は考える。
これはいつまでも続かない。
孤独だった私に訪れたこの時間もまたいつかは終わってしまう。
「孤独は嫌だねぇ」
「ふん、俺もお前もろくな大人にはならんだろうから孤独死か事故死のどっちかだろうな」
「意地悪だねぇ」
君にとっては今も孤独なのだろうか?
君にとって孤独からの解放って何?
強くなりたいの?
質問はいくつも溢れて消えていく。
多分、どれもこれも本質的には重要な質問ではないのだろう。
泣き、怯え、どん底だと思い辿り着いたここは不思議な場所だった。
でも、この場所の先はないのだろう。
その先を君は望んでいないし、不器用な私達の隣は器用な人でなくては務まらない。
長い人生だ。
きっとそんな物好きも現れてくれる。
私は意外と楽観主義者だ。
君と私が隣同士で歩めば溺れてしまう。
対岸でお互いを不思議そうに眺めているぐらいが丁度いいんだろうね。
私は次の孤独へと備えた。




