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第268話 クッキーを焼く

 傘が好きじゃない。

 嵩張って邪魔だ。私にとって自由を害するものは全て鉄の手錠に等しい。

 だから、私はあまり傘を持って家を出ない。


 それが悪手なのはわかりきったことなのだ。午後からの授業は窓の外を眺める回数が増え、その窓は光を屈折させ、濡れ始める。

 それを見た私は心の中だけでため息を吐く。

 自業自得。誰も責めることが出来ない。

 けれど、己の流儀に沿った生き方を通したのだとあの種の納得もある。

 男は水に滴るといい男らしいが、女はどうなのだろう。


 自由を愛するならば、これも試練だ。


 私は下足箱からローファーを取り出し、口元を強く結ぶ。次の一歩は覚悟の一歩だ。


「ーあのっ!」


 髪先に滴が触れるかどうかで、私に声がかかった。緊張しているのか、少し強張った声に聞こえた。私が振り返るとそこにはリボンの色から一つ学年が下であろう女生徒が傘を胸の前に構えて立っていた。


「何?」


 彼女に見覚えはない。


「よく雨の日濡れて帰ってますよね? なんで何ですか?」


 失礼な子だ。


「別に好きで慣れてるわけじゃない。朝から降ってたり、降水確率七十パー越えてたりしたら傘持って登校するよ」


 この辺の境界は自分でも変だと思うけど、同時に自分にしかわからないこだわりだ。


 引くのかと思った。

 変わり者だと訝しむと思った。


「そうなんですね!」


 だけど、彼女の顔からは納得と感心の色しか見つけることができなかった。


「なら、ここに傘があれば入って帰るんですね」

「まぁ、あればね」

「じゃーん、あります!」

「それは貴方の傘だよ」

「一つの傘に一人しか入れない決まりはありませんよ」


 それはそうだ。


「なら、お言葉に甘えようかな」


 私はその日初めて彼女を認識し、両者が出会った。

 それは人懐こい子猫のようなものだと考えていた。しかし、その後の彼女は私の自由を何よりも縛る鋼鉄の手錠になるのだった。


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