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第22話 あなたの背中を追いかけて

 私の好きな人は三つ年上なのだ。

 この意味が分かるだろうか?

 

 中学と高校を三年制にした奴出てこい、一発殴らせてくれ。


 私の好きな人の名前は杉原(すぎはら) (はる)

 近所のお兄ちゃんだ。

 私は春にぃと呼んでいる。

 今思えば小学生の頃はよかった。

 登校も下校も春にぃと一緒だったし、帰ったら春にぃと遊べた。

 あの贅沢のありがたみが小学生の頃の私は分かってなかったのだ。

 

 春にぃが小学校を卒業するとき、それはそれはぐずった記憶がある。

 私も中学校に通うと言って聞かなかった。

 春にぃは困った顔をし「学校が終わったら遊べるよ」と言い、母は「心配しなくてもすぐ中学生になれるわよ」と言った。

 この時、馬鹿な私はそれを聞いて納得してしまった。

 馬鹿すぎる。

 しばらくして、私が小学校を卒業したら春にぃも中学を卒業することに気が付いた時、また一暴れした。

 第二次駄々っ子戦争勃発である。

 何故、飛び級がないのかと叫んでいた記憶がある。

 日本は遅れている!


 中学に入ると猛勉強をした。

 馬鹿な私がだ。

 何故なら私は先を見据える女だからだ。

 大学があるじゃないか!

 大学を四年制にした奴出てこい、褒めてやる。

 春にぃは馬鹿な私と違って勉強が出来る。

 高校も県内一の進学校に行った。

 私の当面の目標は、その高校だ。


 中学二年生の時だった。

 私は春にぃと会う口実にちょくちょく勉強を教えて貰いに春にぃの家に行っていった。

 そこで私は春にぃがどこの大学を目指しているのかの探りを入れてみた。

「ねぇねぇ、春にぃはどこの大学に行くの?」

 春にぃは私の教科書から顔を上げる。

「え? なっちゃん、急にどうしたの?」

 春にぃにとっては急かもしれないけど、私にとっては中学に入学した時から気になっていたことだ。

「参考にするだけだよ」

「まずは高校の方が先じゃない?」

「いいの、いいの、高校は春にぃと同じとこ行くから」

 まぁ、普通の中学生は大学の事なんてどうでもいいよね。

「んー、内緒」

「えー、なんでー」

「まぁ、来年には分かることじゃん」

 春にぃがはにかむと私はその顔に見惚れてそれ以上追及できなかった。




 中学三年の冬、私はある程度勉強の習慣が付いていたおかげか、春にぃの通っている高校へはある程度余裕をもって射程圏内だった。

 私はそんなこともあって少し浮かれていた。

 リビングで煎餅を齧りながら、春にぃとのキャンパスライフの妄想をしていた。

 まだ、高校にも入学してないのに大学のキャンパスライフを妄想している女なんて地球で私ぐらいのものかもしれない。

 でも、分かって欲しい。

 それぐらい好きなのだ。


 通える距離かなー。

 もし、春にぃが一人暮らしとか始めちゃったら高校の間会える頻度が落ちそうだなー。

 でも、逆に大学で春にぃのアパートに転がり込んで同棲みたいな生活が出来るかも。


 そんな馬鹿な妄想は夕ご飯の準備を手伝えと母がやってきて、あっという間に終わってしまった。


 夕ご飯の時、母が何気ない話題のように、それを告げた。

「そう言えば、夏海知ってた? 春くん、東大受けるんだって」


 灯台?


 私は口に含んでいた唐揚げを噛まずに飲んでしまった。

 それは海を照らすアレかな?

 じゃないよねー。

 そっかー、だから春にぃ気恥ずかしくて言えなかったのかー。

 東大かー。

 さすが、春にぃ。

 でも、県外だなー。

 はぁ。


―バタン


 私は椅子を勢いよく倒し立ち上がる。

「夏海?」

 母が不思議そうな目で我が娘の顔を覗き込む。

「ちょっと、勉強してくる」


 これは試練だ。

 煎餅を齧ってる暇なんてなかったんだ。

 私の愛が試されている。




 高校は無事、春にいと同じ進学校に合格できた。

 だけど、ここにはもう春にぃはいない。

 春にぃは見事東大に合格していた。

 私は自分の合格そっちのけでお祝いをした。




 高校一年の秋。

 昼食中の時だった。

 友達とお昼を食べながら、英単語帳をめくっていた。

 それを見た友人の京華がポツリと言った。

「夏海ってさー、頭良さそうに見えないのに結構学年上位だよねー」

「失礼だなー」

 まぁ、地頭が悪いのは事実だけど。

「上位じゃ意味ないの、出来れば学年五位いないには入りたい」

「えー、流石にそれは無理でしょ。もう、そんなの東大、京大受けるクラスだよ」

 だからだよ。

 私はその言葉を呑み込んで英単語帳をめくった。




 高校三年の春。

 私は焦っていた。

 私のここまでの最高順位は学年十七位。

 決して悪くはないが、東大にいけるかと言えばかなり怪しい。

 勿論、校内の順位がすべてではないのは知っている。

 全国模試も少しずつ、本当に少しずつだが、順位が上がっている。

 だが、遅い。

 東大の判定もD判定。

 京華は私の弁当から卵焼きを奪いながら質問してきた。

「ねぇ、夏海って彼氏作らないの? この前隣のクラスの奴に告られてなかったけ?」

「ない。興味ない」

 そんな時間はどこにもない。

「例の年上の幼馴染? かー、一途だねー」

 そう言って、私の唐揚げを奪う。

「もし、その幼馴染に彼女いたらどうするの?」

「ない。ちゃんと夏や春は帰省してるし、女の匂いはしない」

「おぉ、ガチ恋勢は怖いねぇ、聞いてみたりしたの?」

「無理、怖い」

「いや、聞けよ。もしいたらどうするの?」

「……別れるまで待つ」

「いや、そんな可愛く頬を膨らましながら言われても、ゲーセンの台待ちじゃないんだから」

 台待ち? 何それ? 京華はうちの高校じゃかなりアウトローだから、時々意味の分からないことを言う。

 私の疑問符の浮いた顔を見ながら、口に笑みを浮かべて溜息をつく。

「……まぁ、短くない付き合いだし、応援するけどね」

 そう言って、京華は私の好物であるシュークリームを私の前に置いて、トイレに行った。

「糖分補給しときな」




 高校三年の夏。

 春にぃが帰省してきたので、少し勉強を見て貰っていた。

 春にぃは大学で家庭教師のアルバイトをしているみたいで昔よりもっと勉強を教えるのが上手くなっている気がする。

「ねぇ、家庭教師のバイトの教え子に女の子いる?」

「ん? いるよ、どうして?」

 相変わらず、鈍い男だ。

 そこが好きなんだけどね。

「可愛い?」

「んー、どうだろね。ってか、そんな事より勉強見るんでしょ」

 はっきりしろ、はっきり、さもないと泣くぞ。

「……はーい」

 私は仕方なく不機嫌に返事をする。

 そんな返事をしたすぐ後に、春頃に京華とした会話をふと思い出した。

 私はごくりと喉を鳴らす。

「……ねぇ、春にぃって彼女いるの?」

 よく考えなくても、東大生で性格も良くて、顔も悪くない春にぃに彼女がいないなんてあり得るのか?

「えー、さっきから何? 勉強に集中しな」

 春にぃが顔を背ける。

「……はぐらかさないで」

 私は春にぃの目を真っ直ぐに見つめた。

 春にぃは勘弁したように溜息をつく。

「……いないよ。恥ずかしい事言わせないでよ」

 この日から私のエンジンに更なるターボがかかったのは言うまでもない。




 運命の合格発表日になった。

 私はパソコンの前でそわそわとしていた。

 あと、十分で結果が出る。

 春にぃは春休みで帰って来ていたが、怖くて一緒に見ようなんて言えなかった。

 滑り止めには受かっている。

 そこだって、私の元の頭の出来を考えれば出来過ぎなほどのところだ。

 だが、そこじゃ意味がないのだ。

 浪人だって許されない。

 だって、一年したら春にぃはいないのだ。

 基礎問題は長年勉強してきただけあって正答率は高い、でもいくら過去問を解いてパターンを覚えたところで応用問題はひらめきや地頭が試される。

 私には分が悪かった。


 私だって、こんな進学の仕方が不純だって分かっている。

 他の受験生に失礼なのも承知の上だ。

 そもそも同じ大学に入ることに意味があるのか? なんて散々京華に言われてきた。


 でも、私はまた小学校の時みたいに春にぃと居たいのだ。

 春にぃの後輩になりたい。


 時間が来た。

 中々クリック出来ないなと思っていたら、右手が小刻みに震えていた。

 私は左手を添え、ページを開く。


 そこに、私の番号は無かった。




「なっちゃん、おばさん心配してるよ。夕ご飯食べに降りておいでよ」

 ドアの外から春にぃの声がする。

 私は泣きじゃくって半日部屋に籠もりきっていた。

 母が心配して春にぃに頼んだのだろう。

「……嫌だ」

 私の努力は何だったんだろう。

 不純だって、神様が怒ったの?

「……結果は残念だったけど、このままじゃ、なっちゃんの身体が心配だよ」

「……そんな一言で片付けないでよ」

 私がどれだけの思いで、今まで、ずっと、ずっと、ずっと。

 私の瞳からは枯れたと思っていた涙がまた零れだした。

「俺ね、今からとっても残酷なこと言っていい?」

「……何?」

 これ以上、残酷なことなんてあってたまるか。

「俺ね。これでも良かったと思うよ」


 私は頭の中で何かがプッツーンと切れる音を聞いた。

 気が付けば、手元にあったクッションをドアに向かって投げつけていた。


「何で! 何でそんなこと言うの‼ 私頑張ったのに‼ 春にぃと同じとこに行きたくて‼ 春にぃの後輩になりたくって‼ 頑張ったのにー‼」


「なっちゃん! 聞いて‼」


「イヤ‼ 聞きたくない‼」


「聞いて‼」


「…………」


「俺、昔なっちゃんに志望大学聞かれてはぐらかしたことあっただろ」


「?」

 それは行けるかわからないから恥ずかしかったからじゃないの。


「本当は最後まで隠すつもりだった。だって、言ったらなっちゃんもそこを目指すと思ったから」


「……駄目なの?」


「なっちゃん、昔から俺の後ろについてきて、何でも真似してたよね」


「だって、それは……」

 春にぃに認めて欲しくて。


「俺はそんななっちゃん好きだよ」


「……えっ‼」

 今なんて⁉


「でもね、なんかフェアじゃないなって、なっちゃんにはもっと色んなものを見て欲しいし、好きなことをやってほしいんだ。俺に縛られないでよ」


「……そんなの興味ないよ」


「……滑り止めに受けた学科、本当はそっちの方が興味あったんじゃない? 東大は俺と同じ学科にしたでしょ」


「…………別に」


「ねぇ、なっちゃん、大学は自分の為に行きなよ。それで好きなことやってよ。俺は待ってるから、まぁ、それで俺が愛想をつかされちゃうかもだけど」


 私は我慢できず立ち上がった。

「そんなことない‼ 春にぃは私がどんなに春にぃの事好きか知らないからそんなこと言えるんだ‼」

 私、何口走ってるんだろう。

 十年近く言えなかったことがスラスラ出てきた。


「……なっちゃん、俺、なっちゃんは俺の後ろをついてくる後輩じゃなくて俺の隣にいてくれる恋人がいいんだけど、どう思う?」


「……いいと思う」

 私は春にぃの後輩にはなれなかった。






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