第232話 引き伸ばした現状
「君さ、肝心なこと省いて待ってても無理なもんは無理だよ」
島本果歩は俺にそうぶつけた。
それはもう石のように硬かった。
「えっ、何の話?」
誤魔化せないことは知りつつもとぼけてみたりする。
「君さ、私のこと好きでしょ?」
心臓はとっくの昔に破裂している。それでも鼓動は早くなるばかりだ。
「へっ、いや、その……うん」
「返事は聞かなくてもわかるよね?」
島村果歩は溜息をついて視線を下げた。
「……一応、聞きたい」
「あのさ君は『好き』って言葉を他でもない私、つまり意中の相手その人に言わせたの。その罪の重さわかる?」
島村果歩は誰に対してもよく『君』と呼んだ。しかし、今はどうでもいいことだろう。
頭の整理のために思ったことを浮かべただけだ。
「わからない」
俺は精一杯小さな頭を使ってみたが、島村果歩の満足いきそうな答えを見つけることは出来なかった。
「なら、君は一生誰かと心を通じあわせたり、恋人を作ることは出来ないよ」
「ずいぶん酷いことを言うんだな」
「揺るがざる事実だからね」
「揺るがないんだ」
「そう、揺るがない。でも、君が今の答えを見つけられたら揺らぐかもしれない」
島村果歩は少しだけ笑った。
「勘違いしないでね。君が憎かったり嫌いなわけじゃないの。でも、愛することは出来ない」
島村果歩は俺の憧れだった。
すぐに憧れは好きに変質していった。
でも、しつこい程に憧れは心の底に残っている。
憧れは畏れで現状の満足だ。
充実した今を壊さないために一つ言ってはならない言葉があった。
「きっと君は私のことは好きだけど、今以上を望んでないんだね。だから、私は君を好きになれない。人は常に望まないと生きていてはいけないんだ」
「極端だ」
「動かないで手に入るものなんてないよ。テレビのリモコンですらね」
島村果歩は踵で地面を叩いた。
「重たいんだよ。君といるとさ。ジーッとこっちを見つめて早く好きになって、早く僕を好きになって、ってな感じ。それを一度感じてしまうと君からのどんな親切も素直に受け取れなくなる」
島村果歩は笑った。
「だからお別れね」
島村果歩は停滞を嫌う人間だった。
俺は錯覚していたのだろう。
島村果歩といる間の一秒を俺は数えていなかった。
そして、島村果歩は今日も時間を数えて前へ進んでいる。




