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第216話 落としもの

 僕は何を落としたのだろう。

 昔、隣で眠る君が呟いた一言が頭を離れない。

 口が小さく動き、確かに何かを発したはずなのに、それは僕の耳まで届かず落ちた。

 首を捻って尋ねてみても、彼女は少し寂しげに笑うだけだった。

 あの時、僕は何を落とした。


 君は終わった後はいつも気怠そうに浅い寝息を立てて眠った。

 僕はそれを眺めるのが好きだった。


 君に会える前日はいつもそわそわし、仕事が手に付かなかった。

 おかげで何度も上司や先輩に怒られた。

 それでも、それが幸せだったと今なら思える。




 居酒屋で慣れない酒片手にカウンターに並んで座る。


「あいつはお前なんて愛していなかったじゃないか」


 僕の数少ない友人はそう語った。


「お前に何が分かるんだ」


 僕は心外だとばかりに友人の言葉に憤慨した。


「いや、見てれば分かるだろ。高校時代の俺やお前とあの子の接点なんて本当に薄いものだったじゃないか。眼中の外だ。いや、それならまだいいか。確実に邪魔者を見る目だったぞ」


 僕はめざしを食べた。

 口の中でしっかりと歯ごたえを感じ、その時間に言葉を探した。


「でも、彼女は再会した時、僕に笑いかけてくれたんだ」

「そりゃ、仕事だからな」


 友人は熱燗を追加で注文した。

 彼女に再会したのは、高校を卒業して六年も経った日のことだった。


「いっつもくっついて回ってたよな」


 高校時代の彼女は僕の一つ下で、ここにいない友人の彼女だった。

 僕とここにいる方の友人は三人と彼女の四人でたまに遊んでいた。


「まぁ、深入りし過ぎないようにな」


 僕が大学生になってすぐに友人が彼女と別れたのを知った。

 それ以来、たまに彼女の顔を思い出すことがあった。

 だから、再会はそこまでの懐かしさを感じなかった。

 ただただ、答え合わせのような時間と彼女の複雑な事情を知っていながらもどこか単純な嬉しさがこみ上げたのは事実だ。

 それから僕は彼女の元に通った。

 はたから見れば気持ちの悪い奴だっただろう。

 でも、きっと彼女にはこの思いは伝わってると信じている。


 熱燗をすする友人にそう熱弁した。


「でも、もう店にはいないんだろ? お前に一言も告げずに」


 連絡は取れなくなった。

 彼女に会う手段は今の僕にはない。

 家と職場を行き来して、休日に休み、不相応に小銭ばかりが溜まっていく。

 そんな毎日に戻ってしまった。


 あの時感じた愛は一方的なものだったのだろうか。

 もう本当に確かめる術はないのか。

 信じている自分の裏側に隠しきれない何かが顔を覗かせている。


「なぁ、僕は何を落としたんだ?」


 友人は「知るか」と追加の酒を注文した。




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