第2話 [陸2]新年は好きだ
前回のお話の先輩視点のお話です。
視点が変わると、受ける印象も変わるものですね。
一応短編集という形なので、もちろん、この話から読んでも大丈夫です。
新年は好きだ。
新しい自分になれる気がしてドキドキする。
ついつい、新年になった瞬間、ジャンプをしてしまう。
ただ、今年のドキドキは例年とは少し違った。
初詣に、好きな女の子を誘ったのだ。
そして、そこで告白するつもりだ。
陸上部の後輩で三島早紀という。
最初は話しかけても冷たくあしらわれて、中々心を開いてもらえず、嫌われているのかと思ったが、どうやらそうではないようだ。
多分、自分に厳しい子だから、周りを気にしてる余裕がないぐらいのストイックさが、周りに冷たい印象を与えるのだろう。
でも、そんな誤解は一緒に練習していれば、すぐに解けた。
俺が、そんなひたむきな姿に惹かれていくのには、そんなに時間はかからなかった。
三島の家の前で、心を落ち着かせるために、大きく深呼吸をする。
インターホンを押すだけで、こんなに緊張するなんて知らなかった。
―ピンポーン
その音と共に、心臓の鼓動がもう一段階早くなる。
そんなに待つこともなく、三島は玄関から出てきた。
息をのむとは、このことを言うのかと合点がいってしまった。
三島は振袖を着ていた。
学校では絶対に見れない、その艶やかな姿に呆けていたかもしれない。
俺は何とか誤魔化そうと、いつもの調子で声をかけた。
「よっ、行こうぜ」
誤魔化せているだろうか?
全く自信がない。
俺も三島に合わせて、着物でも着てくれば良かったかなと後悔した。
三島と初詣に行けるというだけで、舞い上がって、そこまで頭が回らなかった。
そんなことを考えていて、三島の振袖を褒めるのに遅れてしまった。
「その振袖似合ってるよ、可愛いな」
緊張からか、うまく褒めることが出来ない。本当はもっとうまい褒め方があるはずなのに、何も浮かばない。
それどころか、若干上からだったかな? と心配にすらなってきた。
案の定、三島はそっぽを向いてしまった。
「……お世辞はいいです……先輩のそういうとこ嫌いです」
思わず、その場で膝をつきそうになった。
大丈夫だよな? 心の底からの言葉じゃないよな?
これから、告白するつもりなんだけど、今、完全に脈がなくなったとかじゃないだろうな。
もちろん、振袖が似合っていたのは事実だが、三島と仲のいい同じ陸上部の沢田が「とにかく、褒めとけば大丈夫ですよ」って言葉を信じたんだが、心配になってきたぞ。
二人だけで歩くことなんて、珍しいわけじゃないのに今日はなんだか落ち着かない。
これが新年効果か。
いや、違うのは自分がよくわかっている。
当たり前だが、神社はすごい人混みだった。
三島は小柄で流されそうになっている。
反射的に、俺は三島の手を引いた。
その握った手の温かさで、我に返る。
妹が迷子になりそうな時引く手は全然何も感じないのに、三島だとこんなにドキドキするとは思わなかった。
境内で参拝を済ませ、三島の腹が自己主張を始めたので、俺は屋台で適当なものを買って、公園で食べないかと提案する。
三島は、恥ずかしさを誤魔化す為か、少しすねた口調になる。
「……先輩がどうしてもって言うなら、それでもいいですよ」
三島流のオッケーの意味だ。
三島は、流石運動部というべきか、小柄のわりに食いしん坊である。
初めて帰りに買い食いをしたときは、とても驚いたが、今では慣れたものだ。
「……焼きそば、たこ焼き、焼き鳥……何か甘いものも欲しいですね」
前言撤回だ。
その体のどこに、そんなに入るんだと目を丸くしてしまう。
宣言通りのものを本当に買い、俺たちは神社の近くの公園のベンチに着いた。
新年だけあって、ここも人は多い。
何か話題をと考えると、いつも陸上部の話になってしまう。
つい、二人の共通点ということで陸上部のことばかりが浮かんでしまうからだ。
……でも、これからそれ以外の共通点も見つけていけたら楽しいだろうな。
「三島、俺はお前が上手く後輩たちを指導できるか心配だよ。お前、ドライなところあるからなぁ。たまに怖い目するし」
……これは、割と本気の心配だ。
あの目は、慣れるまでは先輩の俺でも怖かった。
それを伝えると、三島は口を少し尖らせ、敬語が崩れる。
「……そんなの最初の時だけだったじゃん、今は普通だし」
後輩に、タメ口を利かれて嬉しいと言うと、変な奴と思われるかもしれないが、俺は何故か嬉しかった。
ちょっと、距離が近づいた気がするからかもしれない。
初めて、部活で会った時なんて、口を利いてもらうのも難儀したのに、ここまできたかと思うと涙が出そうになる。
だから、これがずっと続けばいいなと思う。
新年は好きだ。
新しい自分になった気がして、俺の背中を押してくれる。
しっかり気持ちを伝えようと、決意したところで、少し三島の様子がおかしいのに気が付く。
会話がなんだか、要領を得ない。
俺はその時、今日初めて三島の顔をちゃんと見た。
呼吸は浅く、俯いて、緊張しているようだ。
何かを切り出そうとしているように見える。
どうやら、今日の俺は自分のことでいっぱいになっていて、三島のことをちゃんと見る余裕がなかったようだ。
先輩失格だな。
「……なぁ、もう一回、神社に戻らねぇ?」
「……?」
三島の不思議そうな顔に、不覚にもちょっと笑いそうになってしまった。
俺は、神社の無料で配っている甘酒コーナーに向かった。
実を言うと、俺は誰かに告白したことがない。
その気恥ずかしさを甘酒で誤魔化してしまおうと、このコーナーが目に入った時、そう考えたんだ。
甘酒にアルコールが入ってないことはもちろん知っている。
あとは少し人気の少ないところへ移動しようと、三島に声をかけようとすると、三島は甘酒を一気飲みしていた。
覚悟をした目をしている。
それだけは駄目だと、俺も慌てて一気飲みをする。
もしかしたら、俺の思いあがった思い違いかもしれない。
でも、もし彼女が俺に告白してくれようとしているなら、気持ちは嬉しいが、それは俺の仕事だ。
古い考えかも知れない。
でも、俺がそうしたいんだ。
甘酒が入った紙コップを空にした時には、もう周りの目は気にならなくなった。
もう、彼女しか見えない。
「好きだ! 付き合ってくれないか?」
俺は何の捻りも、面白みもない、只々素直な気持ちだけを伝えた。
三島が下を向いて、顔を赤くしている。
返事を待つその瞬間が、永遠にも感じられた。
「……しょうがないですね……そこまで言うなら付き合ってあげます」
新年は好きだ。
でも、今日もっと好きになった。
初夢を見ているのか、耳を疑うその言葉に、新年の瞬間に合わせ、俺は飛び上がってしまった。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
もう! 幸せになってしまえ。