第16話 [美樹4]ホワイトデーのお返しで自分の価値を確かめてみた 後編
陸上部の副顧問として、部活の終わりのミーティングに出てから顧問の福ちゃんと職員室に帰っているときに、思い切ってもう一おねだりしてみた。
「ねぇ、福ちゃん、ホワイトデーだし、ご飯食べに連れて行ってよ」
「……お前、無からどれだけのお返しを期待してるんだ」
だって、割り勘で誘うと「そうまでして俺と飯に行きたいのか」とか思われたら恥ずかしいし。
「一割出すから~」
「それならいっそ出さない方が印象いいぞ」
「じゃあ、出さないから行こうよ」
「何が、じゃあだ。ったく、しょうがないな」
福ちゃんが折れたところで、職員室に着いた。
そう、福ちゃんにおねだりすれば、ご飯ぐらいは普通に連れて行ってくれるのだ。
なのに、福ちゃんの前では何かと理由を付けないとご飯にも誘えない情けない私がいる。
他の男なら百戦錬磨なのに、福ちゃんの前ではたったそれだけのことに緊張して手に汗握ってしまう。
別に何かあるわけでもないのに。
私たちは普通に近所にあるチェーン店の大衆居酒屋にきていた。
まっ、まぁ、気を使わなくてもいい関係ってことだよね。
なので、私も他の男の前みたいに可愛いこぶったメニューではなく(まぁ、中には『意外と男らしい飲み方にもついていける女』が好きな人もいるから相手に合わせるが)遠慮なく生ビールと枝豆とタコわさを頼んでやった。
私と福ちゃんのビールが届いて、乾杯した後、何気ない調子で福ちゃんが尋ねてきた。
「仕事は慣れたか?」
「自分も二年目の癖にー」
「はっ、それもそうか」
福ちゃんは自嘲気味に笑う。
「でも、お前がいてくれて助かってるよ」
「えっ?」
何? 傍にいるだけで嬉しいみたいな?
「俺だけじゃ、陸上部の仕事だけであっぷあっぷだったからな」
「……感謝してよー」
まぁ、そんなとこだよね。
私の反応が薄かったためか、福ちゃんは念を押してもう一度繰り返した。
「本当に助かってるんだぞ」
「まぁ、ほっとけるわけないしね」
「ありがたやー、ありがたやー」
福ちゃんは大袈裟に頭を下げ、手をすり合わせながら私を拝んだ。
「……」
私は福ちゃんの前に置かれた空のジョッキを見つめる。
もしかして、ジョッキ一杯で酔い始めてる?
忘年会とかで弱いのは知ってたけど、酷いな。
私が男で福ちゃんが女なら、もうお持ち帰りしてるとこだよ。
いや、ちょっと面白いな。
面白いので、もう少し飲ませてみよう。
「すいませーん!」
私は元気よく店員さんを呼び、追加のお酒を註文した。
結論としては反省した。
後悔はないけどね!
いくら細身と言え、男の福ちゃんに肩を貸すには結構きつい。
だが、男を捨てる時も捨てられる時もただでは起きぬ女として有名な私だ。
福ちゃんの肩と頼りない胸板を堪能しておこう。
……なんか、セクハラする上司みたいな発想だな。
取り敢えず、タクシー拾えるところまで歩こう。
そして、その間苦労してる分、楽しんでおこう。
「福ちゃんは、私がいないと駄目だな~」
「そうでーす。お前がいないと駄目です」
「……福ちゃんには美樹が必要ですか?」
「ひっく、美樹ちゃんがひつよー」
福ちゃんに肩さえ貸してなければ、鞄に入ってるスマホで録音できるのになぁ。
私は今年一番後悔した。
福ちゃんが忘年会の時の記憶が曖昧だったことから、記憶が残らないタイプだってことまでリサーチ済みなのに、自分の無力さが恨めしい。
それにしても、福ちゃん温かいなぁ。
その温度が私の体温まで上げてくれるようだ。
「あれ? 美樹ちゃん?」
温まった体温が急激に冷えていくのを感じた。
この時、私のボーナスタイムは終わった。
「あれ? 隼人君?」
「こんなとこで、また男漁り?」
「もう、失礼だなー」
隼人君は付き合うまではいってないけど、何やかんやので大学時代それなりの付き合いがあった男の一人だ。
まぁ、面倒になって大学卒業の時に関係切ったんだけどね。
「なんか、美樹ちゃん趣味変わった? そんなひょろいの好きだったっけ?」
……こいつ、捨てられたの根に持ってんのか?
「この人は仕事の先輩だよー」
「へぇ」
隼人君の値踏みするような目が気になり、私は適当に別れの言葉を言って背を向けた。
私の直観が素早くこの場を去った方が吉だと言っているので、もう目と鼻の先のタクシー乗り場に向かった。
が、隼人君に肩を掴まれる。
「なぁ、じゃあ今フリーなん?」
……こいつ、割り切った性格だけが唯一の長所だったのに、さては今、自分がフリーなんだな。
大体、一度切れてる関係なのに、どうして男って根拠もなく、また元に戻れると思える奴が多いのだろう。
はぁ、福ちゃん起きないか心配だな。
そこまで思考して、隼人君の誘いをやんわりと断る。
「えぇ、どうだろ。今、社会人一年目だから色々忙しいんだよねー」
「……なぁ、俺たちやり直さない?」
……お前の耳は何の為についてるんだ?
私はこめかみの辺りがピクリと動いたのを自覚した。
勿論、表情は笑顔を保っている。
ってか、私達、要は只のセ◯レだっただろうが、何をやり直すってのよ。
ヤリ直すの間違いだろ。
いや、ダメだ。
また思考がオッサン化してきた。
取り敢えず、この場を切り上げなくっちゃ。
「今は先輩がいるから、その話はまた今度ね」
その言葉に隼人君は「おっ?」みたいな顔をする。
私も少し「しまった」と思った。
「え? また今度ってことは脈あるんだよね? なら、先輩タクシーに乗せて、今からでもいいじゃん」
自分の悪癖にほとほと嫌気がさす。
私の根の部分にある本質。
それは人に嫌われたくない、愛されたいだ。
だから、人に求められると、それを振り払い切らない。
どこかで自分の価値を肯定してもらったみたいで、精査もせずに喜んでしまっている。
異性は身体的な繋がりがある分、尚更そう感じる。
だって、私には私が見えないから。
だから、集めた。
男の視線と女の敗北感から来る嫉妬を。
そうやって、私は私を確かめた。
そうやって、ようやく私は私を認識出来た。
なんて薄っぺらい人間だろう。
私の隣にいる彼とは大違いだ。
彼には確固たる芯がある。
人に嫌われれたくない? 愛されたい?
彼は違う。
人を嫌わないし、自分から愛すのだ。
でも、それは簡単に言うが、簡単なことではない。
人を嫌わない人間が人に嫌われないとは限らない。
むしろ、鼻について嫌われやすいだろう。
自分から愛す人間が愛されるとは限らない。
愛した人間が自分を愛してくれるなんて保証がどこにある?
私のように、相手の出方を窺ってから、対応する方がはるかに楽だよ?
まぁ、それが出来るから私は彼が好きなんだけどね。
好きもあるが、憧れの方が強いのかな?
こんな生き方出来たらなって。
「……もう、隼人君は本当にしょうがないなぁ。ちょっと待ってて、今、先輩乗せてくるから」
あぁ、自分で蒔いた火種だ。
これ以上グダグダする前にさっさと福ちゃんタクシーに乗せよう。
同性から見れば、私はとんでもない悪魔にでも見えるかもしれない。
でも、結局私は弱いだけの女だ。
それがばれないように、表面ばかりは余裕ぶって笑っちゃう。
私はタクシーの方に手を上げると、乗車の合図を告げた。
その時、私の肩は軽くなったのだ。
「美樹ちゃんは、僕に必要なんで!」
福ちゃんが突然、私と隼人君の間に入り、声を荒げた。
私もだが、勿論隼人君も混乱する。
「はぁ、あんた結局、美樹の彼氏かよ」
「必要なんで!」
「え? 意味わかんないんだけど」
「必要なんで!」
しばらく、隼人君は福ちゃんに絡んでいたが、福ちゃんは「必要なんで!」しか、言わない。
痺れを切らした隼人君は舌打ちをすると、ダサすぎて記憶にも残らないような捨て台詞を吐いて去っていった。
「……福ちゃん、酔ってる?」
「必要なんで!」
酔ってるね。
「はいはい、美樹がいないと家にも帰れないから必要ですねー」
私は呆れながら、タクシーに押し込む。
そして、私もタクシーに乗り込み、運転手さんにお騒がせしたことを謝りながら住所を告げる。
「必要かぁ」
腕時計を見ると、まだ十二時は回っていなかった。
三月十四日。
今日のお返しは楽じゃないなぁ。




