第13話 [陸7]君の隣にいたいこの思いを
突然だが俺には可愛い彼女がいる。
だが、その彼女は手の届くところにいない。
二次元とかいう意味じゃなくて、遠距離恋愛と言う意味でだ。
彼女は高校時代の陸上部の一つ下の後輩で名前を三島早紀という。彼女は今、高校三年生だ。
つまり、俺は大学一年生なのだが、彼女と俺の間には交通費にして五千円分ぐらいの距離がある。
入学したてで何かと入用な俺のもとに金なんて残っているはずもなく、さらに慣れない新生活で慌ただしく時が流れていって彼女と会えない時間も一ヶ月近くが過ぎていた。
その間はメールと電話だけだ。
初めての彼女でどうしていいのかわからないと言うのもあるが、やはり彼女と会えないと言うのは不安や焦りばかりが募る。
そろそろゴールデンウイークに入る。
コンビニでのバイト代はまだ入らないので、取り敢えず日雇いで交通費だけでも稼いで早紀に会いたいな。
俺は早紀にその旨をメールで伝えてみた。
健太『ゴールデンウイークは帰れそう』
早紀『嬉しいです(^-^)』
健太『陸上部、いつが休み? 何日ぐらい休みになりそう?』
早紀『その申し訳ないんですけど(/_;)顧問の急な思い付きでゴールデンウイークは強化合宿をすることになっちゃって最終日以外休みがなくって』
健太『そっか、じゃあ最終日も疲れてるから厳しいかな?』
早紀『いえ、そんなことないです。楽しみにしてます(^-^)』
と言った、感じの流れになった。
因みに健太は俺の名前。足立健太。
くそー、去年まで合宿なんてなかったのに、福ちゃん気合入ってるなぁ。
俺はそのやり取りの映し出されたスマホを憎々しげに見つめていた。
「おや、何をそんなに真剣に見てるのかな、アダチン? エロ画像?」
俺は背後に立たれて声を掛けられるまで、彼女の存在に気が付かなかった。
「学内のど真ん中で、そんなもん見てるわけないでしょ」
「おや、自分の家では見てると白状したな」
「からかうのはやめてくださいよ。エーコ先輩」
彼女の名前は江口栄子、俺の入っているサークルの一つ上の先輩。
みんなからはエーコとかエーコ先輩と呼ばれている。
悪い人ではないのだが、人との距離感が独特であっという間に懐に入り込んでくる感じが困惑する者と勘違いしちゃう男子を増加させている。
「で、何見てたの?」
「彼女のメールです」
「へー、アダチン、彼女いたんだ? 可愛い? 写真見せて」
このグイグイくる感じが俺もまだ慣れなかったりする。
このままじゃ絶対に逃げられないので、俺は仕方なく早紀の写メを見せる。
エーコ先輩は興味深げに凝視する。
「おー、どんな地球外生物が出てくるのかと思いきやかなり可愛いじゃん。ん? でも、制服? ……犯罪の匂い」
「エーコ先輩、俺も一か月前まで高校生だったんですけど」
「あぁ、そう言えばそうだったね」
エーコ先輩はうっかりと言わんばかりにウインクして舌を出す。
絶対わざとだろ。
「この子は一個下ってこと?」
「はい、そうですね」
「あれ? アダチンって結構地元遠かったよね? もしかして遠距離?」
「そうなりますね」
俺は素直に答えると、エーコ先輩は「あちゃー」といって頭を振る。
「アダチン、その彼女、何人目?」
「……一人目ですけど」
短い付き合いだが、嫌な予感がする。
エーコ先輩は、それを聞くと親指を立てて笑顔を作る。
「よし、一人目だから別れを切り出しづらいのは分かるが、次に行きなさい」
なにがよしなんだ。
「勘弁してくださいよ」
「遠距離は続かん、by私」
あんたの経験談かよ。
「俺たちは違うんです」
それを聞いて、エーコ先輩は呪いにでもかけられたみたいに苦しみだす。
「うげー、うわー聞き飽きたわー、それ。それ言ったカップルの屍がいくつあると思ってんの? 私たちの愛は本物ですとか言い出すんでしょ」
「でも、早紀は高三だし、同じ大学に行きたいって言ってくれたし、一年の辛抱ですよ」
「で、彼女との学力の開きは?」
流石に経験者だけあって嫌なことを聞いてくる。
「……少し彼女の方が低いです」
「少し?」
「……まぁまぁ」
「まぁまぁ?」
「……かなり」
「ほら見ろ! 大体、年上の彼氏と同じ大学に入りたくて勉強しても、必ずしも結果が付いてくるとは限らないんだぞ、そして模試の結果で現実を突きつけられまくって『あれ、私何してるんだろ?』って精神も不安定になっていって、そのうち彼氏にその話題だされるのが辛くて、連絡の頻度も下がっていき、進路を決める最終段階で完全消滅するんだ。by私」
また、あんたかよ。生々しいな。
俺は呆れ顔で見ていると、エーコ先輩は両手の平を見せ、攻撃の意思はないとポーズをとる。
「今は意地悪いう先輩に見えるかもそれないけど、私は老婆心から言ってるだけなんよ。特にその早紀ちゃんって言ったっけ? その子が他人事に思えないしね」
まぁ、口調からは悪意なんて感じないし、そうなんだろう。
特にエーコ先輩には言ってないけど、早紀はうちの高校にいるのが不思議なくらいの実力を持っている。
六月の総体で「はい、引退」とはならないだろう。
順当にいけば、インターハイや国体もあり得る。
福ちゃんも早紀がいるから今年は気合が入っているのもあるかもしれない。
そうすれば、必然的に大学からいくつかの推薦が来るだろう。
うちの大学はそこまで陸上に力を入れてない。推薦がなくはないが、難しいだろう。
だから、もしかしたら更に大学で四年離れることもあり得るのだ。
いや、あり得るなんて逃避した言い方はやめよう。
その可能性の方が高い。
早紀の親だって、ここよりもランクが高くて学費が安くなる大学の推薦の話が来れば当然そちらを進めるだろう。
俺がしばらく黙ってしまったので、落ち込んでいると思われたのかエーコ先輩に肩を叩かれる。
「まぁ、本物の愛なんてなかなか無いってことだよ。後から辛くなる前に今振っといてやるのも優しさだよ」
一ヶ月会わないだけでもこの辛さだ。
これが一年、もしかしたら五年、就職次第ではもっと?
俺は耐えられるのだろうか?
明日からの折角のゴールデンウイークも早紀と会えるのは最終日だけだ。
何が正解なんだろうな。
俺の脳裡には彼女の俺だけに見せてくれた笑顔が鮮明に浮かび上がる。
「あぁ、そっか」
俺は俺を納得させるためだけの声を発する。
「アダチン?」
エーコ先輩は首をかしげる。
俺はエーコ先輩のおかげで大切なことに気が付けた。
だから、彼女にも教えてあげよう。
「エーコ先輩の言う通り、後から辛くなることもあるかもしれませんね」
「うんうん、そうだよ。だから―」
「でも、いいんです。その時は、その時で二人で乗り越えていきますよ」
「乗り越えきれなかったら」
「その時は仕方ないですね」
「だったら」
「あんまり先の事ばかり考えてたら恋愛なんて出来ませんよ」
究極、みんな死んじゃうんだからな。
そんなこと考えてたら何にも出来なくなる。
エーコ先輩は、まだ納得のいってない顔だ。
「それにエーコ先輩がした遠距離恋愛だって、きっと本物だったと思いますよ」
「えっ? でも、結局別れちゃったし」
「別れたら本物じゃなかったなんてことはないですよ」
エーコ先輩はハッとした顔をする。
「互いに愛し合った時間があったのなら、それは本物だと思います」
アパートに帰って、帰省の準備でもするかな。
「ついた」
俺は色々乗り継いで、何とか目的地に着くことができた。
そこにはいくつかの人影があった。
俺は見覚えのある背中に声を掛ける。
「おーい」
そこには、高校の陸上部の顧問の福ちゃんがいた。
「おぉ、足立、助かるよ。丁度、人手が足りなかったんだ」
俺は陸上部の合宿を手伝いに、合宿先まで来ていた。
昨日もしかしてと思って福ちゃんに電話してみたら、案の定人手が足りてなかったと言うので手伝うよう申し出たのだ。
まぁ、この時期合宿なんてしたことなかったし、人手がいて邪魔ということもないだろう。
勿論、食費等は自費でだ。
部員たちの中に早紀を見つける。
実は早紀には驚かせてやろうと思って内緒にしていた。
普段クールな早紀が目を真ん丸にしていて、ちょっと面白かった。
あとで、タイミングを見て早紀とちゃんと話そう。
陸上を続けたいなら、俺に遠慮せずにちゃんとした大学に行くべきだ。
俺はいつまでだって待てるし、どこにだって会いに行く。
俺は彼女の足を引っ張るのではなく、手を引いて導いてあげられる彼氏になりたいのだから。




