第1話 [陸1]新年なんて嫌いだ
新年なんて嫌いだ。
初詣なんて馬鹿らしい。
新年になった瞬間、ジャンプしている奴なんて見た日には呆れかえる。
そんなに地球にいたくないなら、月にでも住んでろ。
たかがか、日をまたいだだけじゃないか。
そんなの毎日しているのに、人が決めた一日だけ、特別視するなんてバカバカしい。
なんて話をお母さんにしたら、お母さんの方が呆れかえって「なんで、そんなに捻くれちゃったのかしら?」と言われた。
私は小学校以来、初詣に行ってない。
先ほど述べた通り、馬鹿らしくなったからだ。
でも、高校二年の今年、私は初詣に行く。
私は着なれない振袖まで来て、玄関の鏡で変なところがないか最終確認までしている。
去年の私が見れば、鼻で笑われていただろう。
後ろで見ていたお母さんがニヤニヤと笑いながら、茶化してくる。
「本当、足立先輩様々ね、足立先輩の前だけでは女の子するんだから。おばあちゃんなんて感動して泣いてたわよ」
私はバツが悪いったらありゃしない。
「……うるさいなぁ」
その言葉もどこか上の空で、私はソワソワしていた。
――ピンポーン
インターホンが鳴った。
母が後ろで何か言っていたが、もう耳に入らない。
私は慌てて玄関を飛び出した。
「よっ、行こうぜ」
そこには、私の気合が馬鹿らしくなるくらい、いつもの通りの先輩がいた。
もちろん着物なんて着ていない。
いつも通りの屈託のない笑顔で先輩は私を褒める。
「その振袖似合ってるよ、可愛いな」
「……お世辞はいいです……先輩のそういうとこ嫌いです」
先輩はよく褒めてくれる。
最初は、褒めてくれれば素直に嬉しかった私だが、クラスメイトのみっちゃんに「それ、異性として見られてないんじゃない?」と言われて以降、そう言われればその通りかもと思い素直に喜べなくなった。
隣を歩くことなんて、よくある事なのに、何故か今日はフワフワと浮足立つ。
きっと、履きなれない草履のせいだ。
……違う。理由は分かっている。
近所の神社につくと、すごい人混みで先輩とはぐれそうになる。
「ほら、はぐれるぞ」
先輩はそう言って、私の手を取る。
私は心臓の鼓動が速くなって、私の前を歩く先輩の後姿を見つめる。
先輩は、いつもの何一つ変わらない様子だ。
きっと、私のことを世話の焼ける後輩とぐらいにしか思てないんだ。
……嫌いだ。
賽銭箱の前に着くと、先輩の息が耳をくすぐる。
「なぁ、これって何かルールみたいなのあったよな?」
「……二拝二拍手一拝です」
もちろん、調べた。常識のない子だと思われたくなかったからだ。
「あぁ、それそれ」
先輩は、私に倣って参拝をする。
先輩は何を祈っているのだろう。
……私は。
屋台の食べ物を適当に買って、神社のそばの公園のベンチに座る。
公園にも人は多かったが、神社程ではない。
寒いのが苦手な私には、夜風は身にしみる……はずなのに、今は温かい。
先輩といるからなのかなと思ったが、先輩が風上に座っていたからだった。
そんなさり気ない気遣いができるところ……嫌い。
先輩は私をよそに、部活の話ばかりだ。
「三島、俺はお前が上手く後輩たちを指導できるか心配だよ。お前、ドライなところあるからなぁ。たまに怖い目するし」
「……そんなの最初の時だけだったじゃん、今は普通だし」
多分。
先輩が意地悪を言うので、ついタメ口気味になる。
先輩はいつも部活の話ばかりする。
先輩とは、陸上部で同じ種目だった。
うちは弱小で、中距離は私が入った時は、先輩と私しかいなかった。
私は捻くれてるし、頑固者だから、最初は全く心を許してなかった。
でも、先輩は辛抱強く面倒を見てくれたし、いいタイムが出れば、自分のことのように喜んでくれた。
だから、部活は頑張れた。
楽しかった。
でも、先輩は今年三年生。
もうすぐ、大学に行っちゃう。
いっそ、部活をやめるって言えば、心配して大学に行っても、様子を見に来てくれるかも。
そんな考えが浮かんで自己嫌悪に陥る。
そんなこと言えば、きっと先輩は悲しそうな顔をする。論外だ。
新年なんて嫌いだ。
先輩は、私と違って面倒見がいいし、素直だし、爽やかだし、優しいし、カッコいいから大学に行ったら、きっとすぐに彼女が出来ちゃう。
私なんかより、ずっと綺麗で、素直で、優しい、化粧もばっちりな彼女が。
だから、今日しかチャンスがないんだ。
「――特に、太田なんてお前にビビりまくってるからなー、もっとやさしくしてやれよ? ……どうした?」
さすがに鈍感な先輩も、私の様子がおかしいのに気付いたみたいだ。
会話を中断した。
鈍感なくせに、大事なところはしっかりと気付く。
……そんなところも嫌い。
頭の中では何度もゴーサインを出してるのに、口は言うことを聞いてくれない。
「……ぁ……ぇと……」
見るに見かねたのか、先輩の方から会話を切り出してきた。
「……なぁ、もう一回、神社に戻らねぇ?」
「……?」
先輩が向かったのは、無料で配っている甘酒コーナーだった。
先輩は私の分の甘酒もとってきてくれて、私に手渡す。
コップの水面には、素直になれない小心者が映っていた。
……これを飲めば、酔った勢いで言えるかな?
もちろん、甘酒にアルコールなんて入っていないのは知っている。
でも、そう自分を思いこませないと、天邪鬼な私は素直に……好きなんて言えない。
私は一気に甘酒をあおる。
目の前には私と同じように、甘酒を一気にあおる先輩がいた。
「好きだ! 付き合ってくれないか?」
先輩らしい、捻りのない真っ直ぐな言葉だった。
なので、私も私らしく捻りまくった捻くれた返事で返した。
「……しょうがないですね……そこまで言うなら付き合ってあげます」
新年なんて嫌いだ。
でも、甘酒を飲むために来年もここに来よう。
私は新しい年の幕開けに、ピョンっとジャンプした。
お幸せに……爆発しないかしら?