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色々甘いが都合がいい

事情なんてものは、ちょいとばかり辺りをつついてみれば、簡単に手に入った。

何から何まで秀でている、姉姫と、何から何までできそこないの、妹姫。

その二人の、王位継承権はまた差がかなりあり。

第八位の王位継承者に、群がる人間すらないという話。

確かに、八番目っていうのはかなり順列的にしただろう。

皮肉な話だ、実の姉は、双子であるにもかかわらず、たった数分か数十分生まれた時間が違うだけで、ここまで贔屓が起きるとは。

姉は第一王位継承者、双子の妹は第八位。

これが第一位と第二位だったら、少しは違っていたかもしれないが。

そんな事を考えようとも、俺とは何にも関係ない。

俺はまた少しばかり、あたりをつつきまわして、情報を探していく。

幸いな事に、外から来た男に閉鎖的な部分のある宮中は、言いたい放題を始めたらしい。

完璧な姉姫、出来損ないの妹姫。

同じ父と母を持つのに、これだけの差があるのはおそらく、妹は生まれつき劣っているのだと口々に語られた。

まして赤い髪。

バスチアでは赤い髪を忌子として扱うらしく、それも妹姫の差別に拍車をかけていたそうだ。

髪の色程度でまあ、そこまでやるかね。

俺なんぞはそう思う。

俺の生きてきた世界で、髪の色や目の色で特に何かが起きる、って事はあんまりなかったからな。

美人の条件あれそれ、程度はあったが。

忌まれるってのは、理解の外側だ。

全く何なのかね。

お国柄ってやつなのか、歴史が古いっていうのなのか。

あ? でもこの国、たった数百年そこらしか歴史がないだろう。

隣国ラジャラウトスは、確か数千年とかいう化け物みたいな歴史だったような。


『この国は歴史と同じだけ、腐って膿んでいるんだ』


微かに思い出したのは、あのひらひらとひらめいた長い髪。

似合うだろう、だから伸ばしているんだと笑った、稚い少年。

あいつはいまどうしているだろうか。

ま、俺がどうこう思ったってあいつの何かしらには、大局には介入しない事柄だが。

俺は貴族だのなんだのから、欲しいだけ情報を手に入れた後に、街に繰り出す事にした。

王都の情報ってのは、欲しいだけ食い荒らしても、食い荒らした事に気付かれないのだ。

大概の国はそうだ。

俺みたいなやつが単純に、街をさまよい歩いたからそれを、脅威だとはみなさない。

それどころか、他国に自国の力を誇示する目的で、色々喋ったりする甘っちょろい奴もいる。

俺は適当に身なりを整え、そこら辺の貴族なのか、平民なのかわからない所まで偽り、王都に繰り出した。

城下はずいぶんと栄えている。

だが小国ってのが良く分かるこじんまりとした感じだ。

帝国はこれの数倍から十倍はでかいだろう。

そのおかげで、あの方は警備がどうとか、治安がどうたらとか、延々と悩んでいたくらいだ。

俺はその時、街の情報をできる限り新鮮な物にする、それ位しかやらなかった。

あとは、書類の整理だったか。

書類の整理ってのは重要だからな。

あの人はそれを俺に任せるだけ、俺を信じていた。

それが俺には誇らしい。

そんな事を思いながら、街を歩いていけば街の弱さが目についた。

兵士たちの練度とかだな。

あと甘いというか。

俺は兵士に無茶に声をかけられている娘を見やり、見て見ぬふりをしようとした。

そんな男は五万といる。

よくある光景の一部なんだろう。

だがしかし。

泣きぬれた顔をしている娘が、どことなくアリアノーラに似ている気がした俺は、溜息を吐いた。

俺の罪悪感だのがかすかにうずいたんだよ。

だから俺は。


「女の口説き方も知らねぇのが、バスチアの男の頭の足りなさなのかい」


のそりと首を突っ込んで介入した。

俺は馬鹿でかい自覚がある。

そのでっかい男が、いきなりにゅうと首を突っ込み、そんな事を言えば男だろうが女だろうが、引きつる事は請け合いだ。

事実兵士たちは俺の面を見て引きつり、じりっと下がってからなんか知らねえ、巻け犬の遠吠えらしいものを叫んで仕事に戻って行った。

俺はそれを見送り、女っ子を見た。


「大丈夫かい」


「あ、ありがとうございます……」


「そんじゃあな」


俺としては目的が達成されたので、そこから離れようとした。

だがしかし。


「あの、良かったらうちに寄ってください、お礼がしたいんです」


女っ子は、頭がわいているような事を言った。

顔立ちはきつめの顔で、整っている。頭髪は金髪。両目は薄い青。

美人にこう言われようとも、俺はあまり気にならない。

というか、興味がなさ過ぎた。

今俺が助けたのは、単純な罪悪感があるからだ。

それが消えた状態では、女っ子の行く末なんかもどうでもいい。

その代わりに、その女っ子をのぞき込んで、らしくない忠告をして見せた。


「だめだろう、女っ子。男をそう簡単に許しちゃあいけねぇな。家に招くってのも田舎ならともかく、香も人が多い場所ではいけない。警戒心ってもんを持ちな」


「でも、助けて下さったのに」


「目障りだからやっただけさ。ほれ、お使いかなんかの帰りだったんだろう。さっさと帰れ」


俺が言った事で目的を思い出したのか、女っ子は慌てて走って行った。

俺はそれを見送る事もなく、また街を歩いていく。

バスチアは、余り曲がりくねった道がない。

発展させるには都合がいいが、侵略者からしても都合がいい。

まして大通りがしっかり大きいとなれば。

進軍も楽だろう。

大通りをそのまま歩いて、歩いたら大門まで一直線ってやべぇだろう。

バスチアはそこまで侵略と無縁の平和ボケした国なのか。

ほとほと呆れたが、ある意味都合がいいとも言えた。

微かに俺は哂い、道に目をやった。

そして、懐かしい物を見て声を上げた。


「へえ、木の面なんて久しぶりに見たぜ」


露天商が営んでいたのは、木彫りの面だった。

それに気付いた露天商の男が、顔を上げる。


「おや、あんたは旅の男かい」


「似たようなもんだろうな」


「これが懐かしいって事は、果ての果てから来たのかい」


俺は懐かしい呼称に目を細めた。

果ての果て、俺の故郷のあたりに着いた名前だ。

全てから見放されたような、どこまでも寒々とした空虚さがあるあの故郷。

滅びた村。

そう言えば果ての果ての、一番果てが俺の故郷だったな。


「果ての果ての、さらに果てが生まれ故郷だな」


「なるほどな、って事は木彫りの面が、神器の一つだという、マダラの出かい」


俺はまたまた懐かしい呼称に、苦笑いをする。


「そこまで見抜かれるのかよ」


「いんや、あんたはマダラの男の顔をしているからな」


男は懐かしげな声で言う。


「マダラの男はこちら側の男とは一線を画した男だ。何から何までな。血化粧と面は、果ての中では音に聞こえたものだった」


「そうかい。俺ぁ餓鬼の頃にそこから出て言っちまったから知らねぇなぁ」


「マダラの男が村を捨てるのかい、そりゃあ珍しい。……もしかして、マダラはもう滅びちまったのかい」


「そうさなぁ、病がはやって全滅ってところだな」


俺のなんて事はない言葉にも、男は痛ましげな顔をした。


「そうか……それじゃあお兄さん、どれか一つをもらって行ってくれよ。俺はマダラの男に大恩があってな、獣に殺されかけていた時に助けてもらって食料まで分け与えられて、さらには一夜の宿まで提供してもらったんだ」


「マダラの男らしいやりようだな。それはマダラの男にとって当然の事でしかない」


俺の故郷マダラ、そこの男は情が深く、困り果てた旅人を無碍には扱わない。

それはあの厳しい世界で生きている奴からすれば当然の行為、でしかないのだ。

もはや俺一人しか生き残っていなくとも。

俺は露天商の男の、好意を受け取る事にした。

面はマダラの男がよく身に着ける、戦装束の一つだ。

それを模したのだろうが、俺からすれば甘いものだ。

だから俺が、これだと思う面がない。

しかし。


「これぁ珍しい、本物のマダラの装飾品だろう」


俺は一つの物を手に取った。

木彫りの櫛だ。髪に差す装飾品の櫛。

その彫具合と意匠は、マダラのそれでしかない。

これは模したものですらない。

本物だと、分かった。


「ああ、その時マダラの男から贈られたんだ。外の世界に出たがっていた妹の物だとか言ってな。そんな物もらえないって言ったんだが、妹の代わりに外の世界を見せてやってほしい、と言われちゃあ断れなくってな」


俺は懐かしい物に目が離せない。

母がこれを頭に差していた。砂埃が目に入るからと、女は顔に布を被っていたが、それがぺったりとしないようにする実用品。


「そんな物を売るのかい」


「俺はもう、この町から離れないからな、いっそ誰かに買ってもらって、もっと広い世界を見せたくってな」


俺はそれを見やり、言った。


「じゃあこれをもらおうか」


「マダラの男の手に戻るなんて、やっぱりこの櫛もマダラを恋しがっていたのかね」


俺はそれを懐に入れて、言った。


「俺ぁ町に来たばっかりでな、あれこれ知っていたら教えてもらえねぇかい」


マダラの男に恩がある男は、快く話し始めた。

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