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これじゃいけねえな、周りが悪い。

綺羅の空間、王宮の大広間ってものが綺羅の空間じゃなかったらおかしいだろうが。

俺ぁ用意してもらった、そこそこ高級な衣装に身を包み、本日の主役であるお二人のお姫様の登場を、ほかの貴族と同じように待っていた。

その中でいくつか話を聞いていたわけだが。

どうも、アリアノーラの評判はよろしくないらしい。

気位の高いお姫様も、我儘極まりないお姫様も、珍しい物じゃねえんだが、どうもバスチアでは評判が悪い。

それはクリスティアーナ姫という、比べるにしては立派過ぎる相手が双子の姉というものだからか?

姉妹だろうが、比べる事でどうにかしようってのは気にいらねぇ。

人には出来不出来もあるし、俺からすれば違いってのは同じ腹から生まれたって存在する。

それを、人よりも何とか、なんて比べ続けりゃ、そりゃ歪んじまうだろうぜ。

比べない生き方ってのは、くそが付くほどつまらねぇかもしれないがな。

一個くらい、自分に秀でたものがあるって思えるようになれば、周りの評判がどうであれ、強くなれるんだが。

アリアノーラの優れている部分を、俺ぁこの貴族社会の極みみたいな場所で、聞いてない。

こういうのも、足元をすくわれる要因の一個なんだぜ。

とは、俺は周りには言わねぇ。

ただ、帝国の物慣れない奴の態度を貫く。

それで手に入れる情報は、多くて助かるぜ。俺ぁ情報が欲しいんだ。

ちらりと辺りを確認して、俺はちっこいグラスに入ったシャンパンか? とにかく酒を喉に流し込んだ。

出された酒を飲むってのは、それ位そこを信用しているという証なんだ。

特に、俺を狙って差し出されるようなグラスはな。

そう言う態度からも俺は、この場所で警戒されないように気を遣う。

そうして俺は、祝宴の盛り上がる部分である、双子の王女の登場を待っていた。

その時だ。

掛け声がして、大広間に続くでっかい扉が開いた。

開いて現れたのは、二人の全く違う王女だった。

真っすぐに歩いてくる、美貌の金髪碧眼に、緑の衣装が豪華な女の子。こっちがクリスティアーナ姫だ。

彼女のきらめかしさは群を抜いているだろう。

貴族の女の中で、あの少女よりも綺麗だと言えるだろう女が見当たらなかった。

そして、車椅子を動かして、姉王女の少し後ろを続く王女。

赤い髪と、対照的な赤い衣装。

しかし。


「趣味の悪い飾りもんだな」


俺は誰にも聞こえない声で、そう呟いた。

車椅子の王女、アリアノーラは、これでもかと言わんばかりに、びかびかと飾り立てた、ある種悪趣味な衣装を着ていた。

これがアリアノーラの趣味なのか。それとも。


「まあ、趣味が悪い」


「二の姫の趣味は悪趣味ですからね」


「いつも、場にふさわしくない衣装ばかり」


「一の姫と自分の差を、分かっていないのだ」


俺が思っていれば、周りは批判的な声を口々に、小さい、しかしこれ見よがしな声で囁いていく。

貴族様ってのの趣味は悪趣味すぎていやだな。

ああ、あの方のもとで、気心の知れた連中と和気あいあいとしたいぜ。

もっともそれのためには、この国のいろんな物を腹の中にぶち込まにゃならねえ。

俺、頑張るんだ、辛抱しろ。

第二の故郷が懐かしくなった俺を、俺は何とかなだめて、王女たちを見ていた。

クリスティアーナ姫が祝いへの感謝を述べる。

アリアノーラが続けようとしても、あっという間に、主役の話は終わったと、皆々様が囀り始める。

おい、王女なんだろ。

そんな蔑ろにしていていいのか。

俺はバスチアの考え方に、一部というかかなりというか、不安な物を覚えた。

俺の心配する物じゃねえんだけれどな。

アリアノーラの反応を見れば、これも慣れているのか? きついがしかし、いつも通りという顔をしていた。

俺の話で、笑い声を立てていた表情とは、きっと大違いだろうな。

そんな事を思っていれば、この誕生日の宴も、仮成人の宴なのだろう、今年やっと社交界デビューも許されたらしいクリスティアーナ姫が、男たちに群がられながら、踊り始めた。

ああ、やっぱりここも踊れないのは出来損ないなのか。

この周辺の国々の考え方で、貴族はきちんと踊れなきゃならねえ。

それができない奴は、どんな理由でも軽く見られるのだ。

ってこたぁ。

俺はまたアリアノーラを観察した。

アリアノーラは遠巻きにされていて、あの姫君に声をかけるやつが一人もいなかった。

さみしい人生を送ってきてんだな、あのアリアノーラは。

俺は……誕生日すらねえから、わからんが。

俺の誕生日っていつだった? いかん、全く覚えてねぇ。

誕生日を祝えるほどの、裕福な環境で生まれて来てないからな……

俺はシャンパンをまたお代わりし、人々の話題を注意深く聞いていく。

そして、程よく体が温まったあたりで、クリスティアーナ姫が一人の男と歓談している場面をちらりと見た。

あの銀髪に薄蒼の目は、たしかシュヴァンシュタインという家の特徴だ。

高位貴族なのは間違いない。

なるほどな。おそらく前々から面識がある男だろう。

男の目の中には、王女に対する男としての感情が、うっすらと見えていた。

おいおい。

俺はどうでもいい相手だが、失笑した。

その色位隠せないで、貴族やってられねえだろう。

そうやってしばらく見ていれば、クリスティアーナ姫の周りには、栄えある名前を持った、顔も頭も揃い踏みな男たちが群がって、お互いに牽制を始めていた。

そんなに粉をかけたって、王命でそのお姫様の相手は決まるんだろうに。

愛は全てに勝つ、なんていう嘘くさい物を、貴族の癖に持っているのだろうか。

だとしたら非常に、ばかばかしいし頭が悪い。

俺みたいな頭の悪い奴だってそう思うんだからな、相当だ。

そこまで判断した後に俺は、アリアノーラを探した。

俺的に見て、仲良くして損がない相手である。

目をかけられていない、王の子供ってのは、外から来た怪しい奴にとって非常に役に立つ立ち位置だ。

程よく国の内情を知っている場合が多い。

もしかしたら、権力に野心を抱いていて、あの方が操りやすい場合もあるしな。

そんなのを判断するのは、あの方だが。

俺は景気づけにもういっちょシャンパンをあおってから、視線を走らせて、あのひどく俺の中のなんかに訴えかけてくる、赤色をバルコニーで見つけたから、近付いた。


「楽しんでいらっしゃいませんね、お姫様」


出会った初めと違う。俺も相手も、お互いの身分を知っている。

敬語を使うのは、そう言った事を踏まえているからだ。

ここで無礼な調子なんぞしたら、俺ぁ自分の不手際に自己嫌悪だ。


「楽しめるわけがないわ」


固い声が、自分の殻を分厚くする事で、自分の心を守ってきた人間の、特有の声で、アリアノーラが言った。


「知っているかしら、イリアス様」


「何を?」


「踊れない貴族の娘は、幸せにもなれないのよ。デビュタントのダンスが踊れないんだから」


「はあ」


「でもわたくしは特例ね。踊れなくてもこうして仮成人の宴ができるのだから」


皮肉屋だな。我儘で高慢で皮肉屋。

人間らしい気質のお姫様だ。

悪かねぇ。

あの方がいいって言ったら、俺ぁこのお姫様を、あの方の国に連れて行ってもいいな。

あの方は、お喜びになるだろうか。

あの方の趣味と考えは、さっぱりぽんだかな。


「皆踊るのは楽しいというわ。わたくしはそんな事を、練習すらしないからわからなけれど」


「人それぞれとしか、言いようがありませんねぇ、あ、でも」


俺はアリアノーラのもっと奥深くに踏み込む調子で、こう言ってみた。

なんでかって、そりゃ好奇心だ。

いかんせん俺ぁ、こういうちびに提案するのが好きなんだ。

あの、ラジャラウトスのちびにも、同じように提案したからな。

その結果があれだが。口説かれたが。

あれはあのちびの黒歴史に、なるだろう。

美貌のお姉さんじゃなく、毛深い熊男を口説くんだからな。黒歴史だ。決定だ。


「踊ってみたいのでしたら、それっぽい事ができますよ」


「え?」


アリアノーラは意味が分からなかったらしい。そりゃそうだ。ダンスっぽい事ってなんだ。

彼女じゃなくったって、思うだろう。しかし。

俺は、周りに人がいないのを十分に確認してから、ずいとアリアノーラに近付いた。

見た目のぎらぎらに反して、しつこくない、嫌にならない程度の練り香の匂いが、アリアノーラ自身の匂いに混じっていた。

かなり、いい匂いだな。

俺はそう思いつつも、子供をたぶらかす悪い大人の声で、提案してみた。


「俺に身を任せてくれれば。こんな人気のない場所でしかできませんが、どうです?」


俺が提案するのにも、下心がある。

人間、ちょっと触った相手の方が警戒心を薄くする。

手を握るだの、頭をなでるだの、何でもいい。触れていれば。

一番いいのは、ヤる事だろうが、俺はそれをしない。第一、出来ねぇぞ、一国の王女になんぞ。

俺は命が惜しいんだ。

まあとにかく、俺ぁアリアノーラの心の近くに、自分を位置づける事で、より有力な情報を引き出す手間を惜しまないんだ。

罪悪感なんぞ、あるわけがねえ。

俺の仕事だ。大事な、な。

そんな俺の内心を知らないアリアノーラが、俺をずいぶんと深い輝きの銀の目玉で見つめてくる。

眼帯の中に隠れている方の目玉も、つい見ちまう。

そうして答えを待っていれば。


「やってみたいわ、やってちょうだい」


アリアノーラは、俺の提案に乗った。

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