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なんか訳ありの空気の宮廷なんだが、気のせいか

「……」


俺の言葉を聞いたアリアノーラは、とたんに幼くふくれっ面になった。

俺の言う事に、一理あるからだろう。

ちらりと見える横顔から察した俺は、さてはてと考えた。

アリアノーラを降ろすかどうかだ。

普通はここで下した方が、いいんだろうか。

なんというか、アリアノーラやけに、俺の背中に居心地の良さでも感じてないか?

気の所為じゃないならな。


「ほれ、降りるんだろう、アリアノーラ」


「……いや」


言いながら、俺の首にまわる手の力が、強まる。

が、俺の太く頑丈な首が締まるわけもない。

ただ力の込め方から、そうとう嫌なんだろうな、と感じた程度だ。


「ほらそういうわがままを言うんじゃねえよ、まだしばらくは近くにいるから」


「言いましたわね?」


アリアノーラの声に、喜色が混じる。

おいおい、こんな薄汚れた、身分から何から不詳の男に、そんな執着するってどうなんだい。

突っ込みが追い付かねぇが、俺は何も言わずに、アリアノーラを背中から降ろして、輿の上にのっけた。


「二の姫様、このような汚らしい男を」


兵士の一人が止めにかかる。

普通そうだろう。

身分のしれない、得体のしれない男を、貴族の姫様の傍になんて置きやしねえに違いない。

だが俺は、それを覆す決定的な物を、実は持っている。


「身分が分かればいいのか?」


「は?」


俺は布袋の中身を探り、底のほうの隠し仕切りの中に隠れていた、それを掴みだした。


「こいつなんて、どうだ?」


俺の見せたものを見て、兵士たちは一様に凍った。

凍ったって事は、これの正体を知っている奴らって事だ。そしてそれは、割と上級の兵士という事になる。

下級の兵士たちにとってみれば、これはお伽噺の世界の物と言っていいほど、かかわりのないものだからな。

取り出したそれを突き出した俺は、にこりと、大概のやつらが引きつるらしい笑顔で言った。


「どうだ?」


煌く純金の輝きに、ちりばめられた多数の鋼玉。女の手のひらより少し小さい、それはメダルだ。

ただのきらびやかなメダルってわけじゃない。

俺の身分を証明する物である。

冠鷲に、月下美人の大輪の花が浮き彫りにされたこれは、なくしたらあの方に、大目玉になっちまう物だ。

仲間は盗難されたが、場所が分かったから取り戻しに行ったが。

ばれて怒られていたからな。


「月下美人……帝国の……冠鷲?」


「なぜそのような身分の人間が」


「偽物では」


「偽物だと思うなら、お前さんらの手の上に乗せりゃわかるだろう」


言った俺は、一人の手の上に俺のメダルを乗せた。

メダルは途端に、真っ黒な炭の塊に変わる。

これは目くらましの一種だ。

持ち主以外が持つと、意味のないものに見えちまうという、系統の術である。

そしてこれはなかなか、高度な目くらましでな。

普通の人間は、これを付加させたものなんて持たない。

術自体が、俺の身の上を証明する物ってわけなんだ。

実際に兵士たちは、俺のメダルを見て、言った。


「本物……」


ただ、訳が分からないという顔をしているのは、アリアノーラ一人だけだった。

アリアノーラは知らないのか。

ちゃんと教育されているのか?

割とどうでもよく、疑問に思った。





その後の対応はまっとうな物に変わった。

それはそうだ。俺の身分を知れば、大概のやつらは対応が変わる。

おかげで俺は、道に迷うことなく、何の苦労もなく王城である真珠城まで到着した。

俺の来訪が告げられたらしい。侍従が走っていく。

貴族の姫君を救出した、南の大国、通称帝国の人間の存在を、兵士たちが告げないわけがない。

おそらく俺は、国王と対面できるだろう。

こんな形で国王の面を拝む事になるとは、想定外なんだがな。

そんでも、好印象の対面なのには違いない。

貴族のお姫様の、救出ってのはそれ位、印象をよくしちまうんだ。

俺は別段、それを狙ってアリアノーラを助けたわけじゃねえんだが。

しかし、この血まみれの姿で、一国の国王と謁見するのは気が引けるが、俺は着替えなんてものは持っていない。

持ってた金と一緒に、紛失しちまったんだよ。

しかしそう言った事情をくみ取ってくれたのか、俺はさっそく、居心地のよさそうな部屋に入れられた。

客人用の、まともな風呂付の部屋だ。

オークの返り血で凄惨な見た目を、どうにかするべく俺は、風呂を使おうと思ったが、着替えがない。

しかし、王女を救出したという名目が大きいのか、おそらく城で一番大きい着替えが用意された。

ありがたい事だ。

ついでに言えば、使った風呂は真っ赤に染まった。二三回水を取り替える羽目になったな。

着替えてから、オークから分捕った大斧を手入れしてりゃ、小間使いらしき人間がお茶と茶菓子を持ってきた。

俺はそれよりも、国王の顔が見たいんだが。できないだろうか。

こちらの思いなど知らなさそうに、小間使いは用意をしていたが、それも無駄に変わっちまった。

ってのは、ほかの小間使いが現れて、王との謁見を告げたからである。

よし、国王の顔が見れれば、割と何かが分かる。

人相を知るという、ものもあるわけなのだから。

あの方が聞けば、上々と褒めてくださるに違いない。

俺はすぐさま、国王のもとに案内された。

廊下を歩けば、造りがちゃちなのかそれとも、何なのか。

ずいぶんと足音がよく響く。

地下に穴でも開いてんのか? と疑うほどの反響っぷりだ。

この反響の中で、あの方の好きなオーケストラをやったら、それは壮大な音になるに違いない。

聞いてみてぇな、とちょっとばかり思いながら、俺は趣味の悪い、時代を感じさせる造りの扉を開いた。

おお、金の密度が高いらしいな。おもてぇ。

ってこたぁ、この扉の飾りもんは高確率で、高価な物って事だ。

ちらりと、ほじってしまいたいと思いながら、俺はそんな事をやったらあの方の体面をぶち壊す、と自重する。

こんな俺だが、自重ってものを多少はわかってんだよ。

がめつい自覚は、十分あるんだけどな。

俺がそんな事を考えている間にも、俺の足は進んでいく。

周囲の造りを目で追って、いざという時の逃走経路、そしてこの空間の弱みを探していく。

職業病だ。あいにくな。

そうやって、俺は小国バスチアの国王と相対した。

まず初めに、美形ってのが鼻についた。俺は男の美形があまり好きじゃねえ。

美形の男が嫌いな奴ってのは、男のなかにはいくらでもいるだろう。

俺はきれいな物は好きなんだが、男の美形と呼ばれる人種……そいつらは基本的に若干の化粧をしている……が苦手だ。

化粧臭いんだ。

それに、女の人と違って化粧の使い方を分かっていねぇやつが多いから、白粉が盛り上がってたりな。

しかし、美形の条件ってもんを満たせば美形と、認識される世界だ。

キゾクシャカイってのは変なもんだ。

俺はちらりと、昔に一度だけ見た事のある、神がかりのような美貌の少年を思い出す。

あれは本物の、美貌だったな……化粧なんてもの、あれには必要なかった。

世界がどうでもよさそうな面をした、つまんなそうなちびだったな。

面白半分に、女の口説き方ってのを教えちまったから、今頃は世紀の女ったらしになっているかもしれない。

ちょっと興味があったんだよ、こんな美形が女を口説く時は、どんな声になるのかってな。

まあ失敗は……旅立つ俺を引き留めるために、その口説き方を大盤振る舞いされたってところだ。

どっちにしろありがたいのは、それが恋愛だのという方向じゃなかった事だ。

しかし。

一瞬心が揺れちまった俺は、たぶん悪くない。

本物の美貌に、ひたむきに心を傾けられて言葉を尽くされて、くらりと来ないやつぁおかしい。

俺は別段、同性だの異性だのを気にしないという、性質だからかもしれない。

知り合いには男娼もいれば遊女もいるし、な。

それはさておき、俺の目の前にいらっしゃる国王陛下は、金髪は地毛だろうが、粉の浮く下手な化粧に、はやりもののつけぼくろを目元に飾っていた。

星型のほくろなんてものが、自前であったらお目にかかりたいぜ、俺は。

その国王が口を開いた。


「余の娘を救ってくれた事を、誠に感謝しよう、イリアス殿」


俺がきったない身なりの、そこらへんの下町でも底辺の身分だったら、これはなかったな。

国王の目には、俺に対するいわゆる侮蔑に似たものがある。

感じ取れないほど、俺は鈍ちんじゃねえんだよ。

そりゃあ俺の見た目は、あんたらの世界とはずいぶん離れた見た目だろう。

男も女も色白を貴ぶ精神が根強い、ラジャラウトス以南の精神だ。

その中で、色がくっきりと黒い俺は、それだけで醜いと称される事もあるぜ。


『人は見た目が九割じゃ、イル・ウルス。おぬしの肌色はそれだけで、評価を下げてしまうが……美しい肌色じゃと思うのだがのう』


旅立つ以前に、あの方が俺の肌を撫でながらそんな事を言った事を、俺は思い出していた。

本当にそうだな、俺の大事なあなた様。

しかし。


「娘?」


怪訝な声は隠さない。

俺は愚かな振りをする。最初から愚かな振りをすれば、その分様々な人間の隙を突きやすい。

そして、情報が手に入る。愚かな人間を馬鹿にするように、人間は知識をひけらかしたいからだ。

国王はいかにも、愚かな男に噛んで含めるように言い始めた。


「いかにも。バーティミウスは余の二番目の娘だ」


「バーティミウス?」


聞き覚えがない。困惑は心からの音になるが、国王が答えをくれた。


「そうだ。バーティミウス・アリアノーラ」


「……ああ」


そうか、あのアリアノーラは、そっちの名前を名乗ったわけか。

そりゃそうだわ。バーティミウスなんて男の名前を、貴族の娘があえて名乗ろうとは思わねぇだろうな。

……体でも弱かったのかね。そう言う風習が、どっかにあったような。

何処だっけな、忘れっちまったけど。


「イリアス殿」


「はい」


「余の最も美しく、光り輝く宝物を見せたいのだが……」


アリアノーラは、あんなにきれいな色をしてんのに、宝物じゃねえのか。

根深いものはそこら辺にあるのかね。

俺がそんな事を思っていた時だ。


「お父様」


えらく可憐な、言い方を変えりゃ弱っちい声が、国王の後方から響き、一人の娘が現れた。

……声に恥じない、これまた想定をひっくり返しそうな美少女だ。

金髪、碧眼。これも確か美人の条件の一つだった気がしたぜ……あの方が気にしてたからな……

そんでもって、アリアノーラの血の気のない蒼白さとは違う、血の気のある命の感じられる肌色。

これに鮮血の赤は似合わねぇな。

そこまで思ってから、お父様って事は娘の一人か、と俺は合点した。

年ごろから言って、アリアノーラと同じくらいだ。

アリアノーラが、お姉さまがなんたら……と呟いていた対象かもしれないな。


「クリスティアーナ、紹介しよう、バーティミウスの命の恩人殿だよ」


国王が破顔し、俺をそう紹介した。

その顔色は、俺がこの、クリスティアーナという美少女に心を奪われてしまうのが、決定打と言わんばかりだった。

俺は宮廷式の挨拶をした後、クリスティアーナを観察した。

うん、美人だ。世間一般様から言えば、絶世の美少女だろう。

心を奪われない男なんているのか、と思うだろう姿だ。

でもなぁ。



好みじゃ、ねえんだよな。

ぶっちゃけ好みとかで言っちまったらおそらく、あと数年かそこらして、もっと大人びたアリアノーラの方が……って、俺ぁ何を考えているのやら。

しかし俺は、それをおくびにも出さない事にして、感嘆の声を上げた。


「これはお美しい姫君だ」


多分これが、国王の狙いの反応だからだ。

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