なんか知らないが、やけに根深い物があるってのは面倒だな。
「背負うのと担ぐのとどっちがいいんだい」
「え?」
アリアノーラは目を瞬かせて、不思議そうな面をしている。
なんでそんな不思議なんだよ。
「そりゃあ、どっちにしろこの森を抜けにゃならねえからだよ。お前さんは見た所、足が悪いんだろう」
見たままの事を言えば、アリアノーラは銀色の瞳を暗くした。
おい、暗くなる要素がどこにあるんだ。
訳が分からない俺とは違って、アリアノーラには何か負い目のようなものがあるようだ。
俺の知った事ではない。
しかし、いつまでもこのオークの血なまぐさい所にいれば、ほかの何かしら危険な物、例えば肉食の獣だのが現れるだろう。
その餌になんか、絶対になりたくない。
俺はすぐさまここを後にしたいのだが、あいにく方向が分からない。
しかしアリアノーラは、どっちに行けばいいのかくらいは、分かるはずだ。
俺はそれを期待して、アリアノーラを運ぶと言っているわけだ。
「……そうだわ。お迎えは来てくれないのだわ」
何か俺の言葉が、またアリアノーラの何かに引っかかったらしい。
俺が無神経なのか、アリアノーラの何かが多すぎるのか。
わからねぇ。
しかし、俺はいつまでも答えないアリアノーラに、じれったくなって、彼女に手を伸ばした。
「きゃっ……」
「我慢してくれよ、俺はここを離れたいんだ。でもって、このままアリアノーラを放置ってわけにもいかねぇだろ」
「わたくしを呼びつけにするなんて! 無礼者!」
なんか怒る所違うんじゃねえの。
と俺は一瞬思った後に、やれやれと息を吐きだした。
「そりゃあ、呼び方を知らねぇもんでね。無礼者というにしたって、俺ぁアリアノーラの身分なんて知らねぇぞ」
「……」
担ぎ上げたアリアノーラが、口を開閉させた後に、何も言えなくなったらしい。
不承不承と言いたげに、こういった。
「担がれるのは嫌だわ、せめて背負って」
「はいよ」
俺はアリアノーラのお願い通りに、彼女を背負った。
やっぱり、驚くほど軽い。
あの方とは大違いだ。ちなみに、あの方を担いだり背負ったりした時、さすがの俺も筋肉や骨が悲鳴を上げた。
あの方の目方はかなりのもんだからな。
俺はむき出しになった、アリアノーラのまっちろい肌をちらりと見た後に、足早に殺戮の現場を後にした。
「あなたは旅人?」
「まぁな。東に西に、北から南に……もう六年は渡り鳥の生活さ」
「バスチアに来た事はあるのかしら?」
「はじめてさ。ここには着た事がねえんだ」
「暇だわ」
「何が言いたいんだよ」
「あなたの旅のお話をしなさい。わたくし、先ほどからつまらなくて欠伸が出そうだわ」
そんな会話に、俺は何を話せばいいのかと、真剣に悩んだ。
俺の旅はある意味、このアリアノーラが想像するような、きれいで楽しいものじゃない場合が多い。
寝る所に、食う物。そう言った物に苦労しまくった旅である。
そしてこの旅は、ただの旅でもなく、あの方の御命なのだ。
そこを隠して、どう話したものか。
考えていれば、アリアノーラが不機嫌そうに言う。
「わたくしに話たくないのかしら」
「ちげぇんだよ。あー。あれだ、俺の旅はさっき見せちまったような、血なまぐさいのが多くってな。あんたが嫌な気分にならない話ってのを探すのが手間なんだよ」
「なんでもいいわ、わたくしは。あなたの声と話が聞きたいのよ」
そうかい、それじゃあ、昔語りをおひとつ。
俺はアリアノーラが悲鳴を上げる事を、ある程度予測しつつ、口を開いた。
「そうじゃあな、ちょっと前の、山賊との知恵比べのお話を一つ……」
俺は記憶を探り探り、一つ二つと話を始めた。
背中のアリアノーラが、ワクワクとしながら、俺の話を聞くのが伝わってきた。
冒険譚みたいなものが、好きらしい。
盛り上がる場面になると、俺の首に巻き付いた手が、ぎゅっと力を込めてくる。
しかし俺の、太く強靭な首を簡単に絞め落とせるわけもねぇから、俺は気にしない。
急所を掴まれているってのは、変な気分なんだけどな。
背負っているから、アリアノーラの顔はわからないんだが、時々アリアノーラは声を上げて笑う。
その声が、笑いなれていない、笑い方を知らないやつのそれだった。
アリアノーラは、笑った事でもないのかね。
疑問が頭をよぎるが、俺はその疑問を放置して語る。
時折、アリアノーラの指示の方向に歩きながら。
「あなたは何でもできるのね」
何にもない状態から、簡易竈を作り、肉を焼きパンを炙った話をすると、アリアノーラが感心したようにそう言った。
言ってもな? 長旅をしていればそれだけ、手際もよくなるからな?
臨機応変ってやつを、覚えるからな?
なんて思うわけだが、アリアノーラからすれば、俺の話は魔法みたいなものとは、違う、すごいものに当てはまるらしい。
「旅暮らしに慣れてりゃな」
「そう」
背中に当たる、くすくすという笑い声の吐息。
女の子って感じなんだな、本当に。
俺はそう思いつつ、耳を澄ませて、聞こえてきた声に笑う。
「アリアノーラ、あんたを探している奴らと、合流できるぜ」
「そう」
アリアノーラの声は少し寂しげだった。
それは、せっかく面白い話をしてくれる男との、別れが嫌なようにも聞こえた。
近付くほどに、慌てた声は響いてくる。
「こっちか!?」
「いいやこっちだ!!」
「どっちだったんだ!」
「二の姫様は無事なのか!!」
「オークに囲まれたんだ、もうきっと……」
十人以上の声が俺の耳に入ってくる。
二の姫ってこたぁ、アリアノーラは貴族の中でも結構な身分のようだ。
俺はあえてがさがさと物音をたてて、藪を出た。
兵士らしき格好の男たちが、俺に向かって武器を構える。
俺はオークから分捕ったままの大斧を後ろ手に持ち替えて、肩をすくめた。
「兵士さんら、あんたら何をしているんだい」
「このあたりで、バスチアの王女殿下がオークに襲われ……」
「二の姫様!?」
兵士の一人が俺に答えかけた時、別の一人が、俺が背負うアリアノーラに気が付いた。
「ご無事で?!」
兵士たちが群がる。アリアノーラが何を言い出すかと思えば。
「こんな間違ったところを探して、何をやっているの!! この、愚図! のろま! 間抜け! 役立たず!!」
暴言を吐いた。俺はさすがに言っちまった。
「森の中を探すってのは、大変なんだよ、アリアノーラ」
兵士たちが、俺を見て開いた口が塞がらないという、表情をとっていた。
俺はなんかしたか。