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出会いなんてもんは、そんなにドラマチックなわけじゃねえ

うっかり始まってしまった、もしもの話になっています。

女帝の事しか頭にないイリアスと、前世を思い出さなかった結果、本編とは性格が違っているバーティミウスをお楽しみください。


藪だの森だのをかき分けて数日、いかんせん目的の場所が見えてこねぇ。

俺はため息交じりにまた、藪を突きすすむ。

立ち止まったら最後、どっちに行ったかもどっちに行けば戻るのかも、えらい見当がつかねえ。

止まって考えろなんていう御託は無視だ。

取りあえず俺は、人に出会いたい。



ああ、俺の名前はイル・ウルス。

上等な名前だろう? これは俺の大事な人にもらった名前でな。

普通の平民なんぞに、姓ってもんはつかねぇから、こういう姓が付いた名前は上等中の上等だ。

大昔の俺がこの事実を知った暁にゃ、大爆笑ののちに大号泣するだろうな。

それはさておき、だ。

俺が何をしているかって?

ああそりゃあ……森の中をさまよってんだよ。

道なき道をただひたすらに、突き進んでんだよ。

なんでそんなことやってんのかといわれりゃ、答えってもんは簡単だ。

関所を通るのが面倒だった、これだ。

この大陸の割と遠方まで、旅人は関所ってものとは縁が切れない。

俺ぁ関所を通るのが面倒だったんだ。

うっかりしちまってな、手持ちの金をごっそり紛失してんだよ。

その挙句に関所を通るための通行税ってやつ。

あれに足りなくなっちまったんだ。

それまでは普通に、道を通ってたんだぜ?

まあこのあたり、小国バスチアの道は機能が悪くてぬかるみばっかりで、故郷の道より始末が悪いんだけどな。

ふみ痕がある、誰かが進んだとはっきりわかる道ってのは大事だ。

話はさておき、通行税以下の金しか持っていない俺は、関所で足止めを食らうのが、面倒だった。

面倒すぎて何をしたか。

答えがこれだ。

関所のない所を突き進めば、いつの間にやらどっかに行きついてんじゃねえか?

という仮定だ。

俺は頭が悪いからな。思い立ったらやるしかないと思いがちな気質だ。

関所で足止めを食らうのも、そのせいで連絡相手をまたせんのも、俺としては不出来ってもんだ。

だから俺は、関所の周りの森を突き進み……


「いけねぇ、迷っちまった」


知り合いが聞いたら捧腹絶倒のマイゴになっちまった。

ほんとうにどうしたもんかね?

俺はしょうがねえから耳を澄ませてみる。

ぴちちぴちちと可愛らしい鳥の声と、どこかしらで風が吹いてんのか、がさがさという音がする。

俺の周りには、警戒心の強い獣は現れねぇから、獣の音なんてものはしねぇ。

日差しを計算して、方角を割り出すのまではできたんだが。

肝心の、街の方角がわかりゃしない。

俺としたことが。

多分あの方にこんなもんが知られたら、確実に十年は酒の肴にされちまう。

俺としては恥ずかしいってものはあんまりないんだが、あの人の役に立てねえってのが、たぶん俺のしょうもない自尊心を傷つける。

そんな状況になりたくはないからな、何とかして明日までに街のどこかしらにぶち当たらなきゃならねえ。


「今日明日は徹夜か……」


今日もよっぴいて歩き回った。あしたもそうか。そうなのか。

欠伸をかみ殺す。ねみぃ。

街について連絡相手と連絡が取れりゃ、俺は一日くらい眠ったって問題はない。

早く街に着きてぇな……

なんて思いつつ、俺は森の中を進んでいく。

腹も減ったし、よし、このあたりで少し休憩でもするかね。

俺は革袋から水の入った革袋、そしてからっからに乾されたチーズにパンを取り出した。

それを二口か三口で胃袋に押し込んだ時だ。


「きゃああああああああ!!!」


……明らかに人間の声だな? おい。

あっちに人間がいるってこたぁ、そっちの方角に人間の住処がある確率が跳ね上がる。

のんびり食い終わるのは問題だ。

すぐさま立ち上がり、革袋を担ぎながら俺は、その悲鳴らしき音の方に進んだ。

ある程度進んで、進んで。

俺はそちらの異常事態ってものをうっすら感じ取った。

悲鳴がしたのに、血の匂いってものが希薄すぎる。

悲鳴は複数だったのに、俺が見ているのはひとりっきりだ。

その辺には車椅子。どうも壊れちまったらしい高級品と、座り込んじまっている女が一人。

女の判断はながいドレスを着ているから、そんだけの適当さだが。

あんだけ金持ちのドレス着てる、商売男もいないだろう。

女の近くには、いまにも得物を振り回そうとしているオークが数匹。

なんなんだ?

あの女の身なりからして、護衛なりなんなりがいるだろうが。

なんであの女一人、取り残されてんだ。

疑問が膨れ上がってそのままだ。

俺は手を出す事はしようとも、思わねえ。

オークだのなんだのに、殺される人間は毎年数十人はいるってのがあの方の統計だ。

その数十人の中に、あの女が含まれる、ただそれだけの事。

俺ならばあの程度の数のオーク、ものの五分で殲滅できるだろうが、体力の無駄だ。

女、大人しく諦めろよ。おまえさんはきっと天国なりに行けるだろ。


「……ふふふ」


そんな風に傍観してた時、俺ぁ耳を疑いたくなった。

今にも殺されそうな、か弱げな女が……



哂った。



なんだか知らねぇが、背中が粟立つ笑い声だ。

頭の芯の部分に、びりびりきちまう声だった。


「……」


女が、歪んだ笑顔になってやがる。

絶望が通り過ぎた後の、どうにもならない、どうしようもない、そんな物を思わせる、涙すら出さない笑顔だ。


「……」


どうしちまったんだろうな、俺は。

その笑顔を、それ以外の物にしちまいてぇ、と思っちまった。

思っちまったと思ったら、俺の手首のチャクラムが飛んでいた。

鈍色の得物は宙を飛んでいき、ちょうどその女に振り下ろされそうになっていた大斧の持ち主のオークの、腕を貫通した。

俺の、無駄に金をかけたと揶揄されるそいつは、鋭利なんて代物を通り越したブツだ。

その結果どうなったか。

オークの腕は血しぶきを辺りにまき散らしつつ、その辺に転がった。

人間とよく似た真っ赤な鮮血が飛び散ったその時、俺は同時に藪を歩いてそっちに立っていた。

オークの絶叫と、仲間をやられた警戒心で空気を悪くしているほかのオーク。

俺は女が邪魔だから、女の前に立った。

えーとなんか、俺はこいつらに通用する得物ってもんを後何か持っていただろうか。

……いけねぇ、持ってねえ。

オークっつう、身長と体格で言えば俺以上の……俺以上ってのは怪物として立派な巨体って事なんだが……に突き刺さる武器ってものを、俺はあのチャクラム以外に持ってなかった。

やっちまったが、しかたねぇ。

俺はオーク自身の血にまみれた、大斧を掴んだ。

お、悪くない重みと切れ味だなこれは。

どうせあの腕をなくしたオークは死ぬ。

もらっちまってもかまいやしねぇだろう。

にいやりと笑顔になった俺と、警戒しているオークども。

悪いなお前ら。俺は先手必勝型だ。

俺はオークどもに、突っ込んでいった。

はじめに一匹目の首を落とす。ばしゃりと血が飛んで、顔辺りにべとりと着いた。口の周りに着いた血を思わずなめとり、そのまずさに吐き出した。

いつ舐めても、オークだのの血はまずい。

一匹目は完全に不意を打ったので、ほかのやつらがすぐさま対応する。

俺は大斧一本を、分回した。そのひっかけ部分でもう数体の得物をひっかけて落とし、石突のえぐい鋭さで、どれかの眉間を貫く。

貫いたと感じ取ったら、もう蹴り飛ばして石突を引き抜き、背後をとったどれかに、目算で斧の刃を叩きつける。

叩きつけた後は、間合いの長さと力のつり合いを利用し、どれかの頭蓋をたたき割る。

脳髄当たりが飛び散った。

とても普通の女には見せられねぇ、奴ってわけだ。

そんなこんなで俺は、オークを殲滅した。

習慣として、時計を腰から引き寄せて時間を確認すりゃ、たったの十分だ。

さっきの計画は外れていたことになる。それも五分も。

俺も見立てが甘いねぇ。

そう思いつつ、少しばかり上がった息を整えながら、被っていたフードを外し、血がついて垂れてくる前髪をかきあげる。

かき上げてから、息をのむ音でようやく、あの女の存在を思い出した。

かき上げたまま、俺は女を見やる。


「あー……」


こういう時、どういう声をかけりゃいいのやら。俺は頭が悪ければ、気もきかねぇんでわからん。

ちらりとその女を見れば、女はじっと俺を見ていた。

それにしても。


「ずいぶん、赤色の似合う女だ」


女は髪が、真っ赤だった。真っ赤で、光に金色に光っていた。

肌が衝撃を覚えそうなほど白い。

それに、オークの真っ赤な返り血が飛び散っていて、目立つ。

それを俺は、正直に、赤色が似合う女だと認識しちまった。

それが口からぽろっと漏れて、女が俺を見た。

そこで女は俺を、ようやく認識したって感じだった。

おー、見事に銀色をしためんたまだ。

あの方の銀細工だって、これよりはきれいじゃねえな。うん。

本物の銀よりも銀らしいって何色なんだ?

わからねえが、俺は女と見つめあった。


「く」


「く?」


「来るのが遅いわ! 愚図! わたくしを誰だと思っているの!」


「来たくて来たわけじゃねえ。じゃあな」


女は、俺をじっと見た後に何かを形成し、そう叫んだ。

その様子を見て、俺はちょっといたずらっ気を思いだした。

そんで、言ってみた。じゃあなと言って、実際に立ち去ろうとする。

途端に、女は慌てふためいた。


「待ちなさいよ! わたくしが待ちなさいと言っているのよ!」


「……」


無視。

そのまま、大斧を肩に担ごうとした時だ。


「……どうせみんな、お姉さまがいいのよ」


聞こえない、と思ったんだろう声量で、女が言った。なるほど、この女には姉貴がいるのか。

俺は姿が見えなくなる程度の距離まで遠ざかってから、女を観察した。

女は俺が去った方向を見送ってから、うつむいた。

そして数分後、女は肩を震わせて泣き出した。

おいおい、オークに殺されかけても泣かなかったのに、ここで泣くのかい。

なんだ、俺がえらい悪い奴みたいな気がしてきちまった。

そんな罪悪感が俺の足を動かし、俺は女の元に戻ってきちまった。

そして座り込む女の前にしゃがみ込み、言った。


「べそべそ泣くんじゃねえ、みっともない」


ばっと顔を上げた女は、自分の目が信じられないという顔をして、俺を見つめてきた。


「じゃあねって言った」


「そう泣かれちまったら、聞こえてくるうちは気分がわりぃだろうが。ほれ」


なんつうか、素直なのかだまされやすいのか……将来が不安になる性質してねぇかこの女。

俺は血まみれで汚れきった、包帯の巻かれた手で女の顔の涙をこすってやった。

こすった分、返り血が伸びて、これはこれで結構な人相だが。


「名前は何だ」


「、じ、自分からお名乗りなさい! わたくしほどの人間は、先に名前を言わないのが常識よ」


「しらねぇ常識だ。んでも合わせてやらぁ。俺ぁ……」


イル・ウルスと名乗るのは面倒だ。

ここで愛称を名乗ったって問題はない。


「イリアスってんだ」


「いりあす?」


こてんと首を傾けた女、はそのきれいなきれいな目玉をはたりを瞬かせて繰り返して、こう言った。


「わたくしは、アリアノーラ」






……俺ぁ知らなかったんだ。この後、えらいこのアリアノーラと親密になっちまって。

挙句の果てに、あの人にそれが露見して、えらい騒ぎになるって事をな。

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