ツンドラだね!小林さん!
一学期始め。
少しだけコミュショーな俺・小川雅人は早く友達を作って
青春したい!彼女ほしい!と意気込んでいた。
というわけで、手始めに隣の女子に一声______
「………あの、はじめま 」
「こっち見んな。」
______これから話す五つの物語は、そんな小林さんとのありきたりな話。
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<1,仲良くなろうよ!小林さん!>
「小林さん、忘れちゃったから教科書見せ 」
「机の中にあるだろ紙屑。」
「小林さん、次の移動教室 」
「話しかけんな。」
「小林さ 」
「死ね。」
本当にデレないっていうか、そもそもマトモにお話しすらしてくれないね?!
嫌われているのかね?!
「そんな事ないよ~!むしろスタートは順調!1位取ったぜ!!って感じ!」
あの後仲良くなった、元小林さんと同じクラスだった女子はそう言う。
「え~…どこがッスか…」
「もうどーせなら下呼びしちゃえば!『ゆ~かッ♪』って!」
「えええええ。」
小林由佳。
ある親衛隊(?!)には“月姫”と呼ばれ、あるアンチには“南極女”と呼ばれ、
出てくるのは罵倒の言葉ばかり。(一部の人々には『それがいい!罵られたい!』と好評なようだ)
移動教室などは基本一人でサッサと行ってしまうが自然と人が集まる、意外と人気者らしい。
まあ分かるように俺は余り良い扱いはされてないが、でも彼女、美人なのだ。
他の人からチヤホヤされたい、いわば男子の見栄ってヤツ。
目つきは悪いけど光の当たり具合によっては碧が入って綺麗だし、腕とかも
白くて細いし、髪も
「どこ見てんの。」
「すみませんでした由佳さッ……!あ、」
「……何処の誰が下で呼んでいいと言った?誰が。」
「いやホントすみませんでした、ごめんなさい、はい!」
必死でペコペコと頭を下げる俺を見てクラスメイトがボソッとこう言った。
「____小林さん、小川君の反応見て楽しんでるよね。」
「根っからのSだもんね」
………もちろん、それは耳に入っては無いけれど
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<2,モテモテだね!小林さん!>
「あ。」
「うん?」
帰りの下駄箱。
どうにかしてお近づきになろうと小林さんに引っ付いていたら、唐突に
そう声を発して止まった。
見ると、何かゴソゴソしている中太りの男子生徒がいる。
確か彼処らへんは小林さんの靴箱…………あ、怒ってるね!なんかもう
『ゴゴゴゴ…!』って見えるもんね!
「……ねえ、あんた何し 」
「うわあああああああああああっ!」
俺も小林さんも瞬時に耳を塞ぐ。
彼はブルブルと震えた後、手紙らしき物を唐突に踏みつけてから
ガバッと土下座した!
「す、すみません小林様っ!貴方様の靴箱にラウ゛レィターを入れようなど……
あわよくば御靴に触れようなどッ!私めが大変な粗相を!」
「………えっと…」
「だがしかし小林様っ!分かって頂きたい!私は…いや、私たちは!
貴方様を最期の最期まで信仰し続けると誓います!ですので小林様っ!
どうかこの豚めを…ハァハァ……罵って頂けないでしょうか!」
恐る恐る小林さんを見ると、予想通りだった。
なんだこの汚物を見るような瞳は…!人間はこんなにも冷たい目が出来るんだなっ?!
「お願いです小林様!どうか!どうか!」
「…………。」
小林さんはそんな刃のような瞳で彼を一瞥した後、
靴を取り、靴を履き、
そしてその場から立ち去ろうとした。
「アアッ小林様あああああああああああああああああっ!」
「あっちょっと待って小林さん!」
「お前は付いてくんな!その辺に這い蹲ってろ!」
「貴様ァァァァァッ!羨ましいっ!羨ましすぎるぞ!」
「小林さん歩くの速い!待って!お願いだから待って!」
軽蔑を求める者には無言を貫き
優しさを求める者には罵倒する
それが小林由佳なのだと、今日改めて思い知らされた。(悟り)
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3,ニャンニャンだよ!小林さん!
「はい、この財布でしょう。」
「わっありがとうございます!」
近所の交番にて。
ちょっとおつかいに行ったら無くしてしまった黒い財布を受け取る。
よかった…!マジおかんに怒られるかと思った!
「本当にありがとうございます!では俺はこれで………」
「猫拾いました。」
アッ小林さん
「………。」
「…………。」
えっ小林さん?!
「どうしたのその子猫?!」
「だから拾ったんだってば。あんたの耳は飾りか?」
ちゃんと小林さんだった。反応遅れてしまった。
だって初めてセリフの中に罵倒が無かったんだもん!
「ああ、また小林さんとこのお嬢ちゃんか。」
「また?」
「なーんかよく拾うの。猫好きなんだけどウチ、ペット禁止だから。」
にゃあ、と鳴く腕の中の黒猫に「ね?」と話しかける。
「………小林さん、もう一回言ってもらっていい?」
「は?」
「いやその、『よく拾うの』の後のセリフ、もう一回言って?」
「____猫好きなんだけど、」
「そこっ!小林さんに好きな物なんてあるの?!」
「蹴落としていい?」
いや、だって!小林さんってどんな物であろうが 否定し罵倒し殴り回しの
人だと思ってたから!
「蹴落としていい?」
ハァ、と呆れたような目で見られ猫をモフモフしながら「そりゃ私だって好きな物は
あるよ」と俺ではなく子猫にそう言った。
「____ねえ小川。」
「はい。」
「生まれ変われ」
「一回死ねってか?!」
新しすぎた。一瞬反応遅れた。
「ってか何でいきなり 」
「気分。」
「?!」
「なーんてね嘘だよ、ちょっとイラッとしただけ。」
「それも気分なんだけど?!」
ツッコむ俺をなんとなく楽しそうな目で見つめながら「じゃあ宜しくお願いします」と
警官さんに子猫を預けようとした。
預けようとしただけだ。
「ちょっと待ってください!」
「ん?どうしたんだい?」
「え…その、えっと、ウチなら猫くらい飼えるかな~って…まだオカンに聞かないと
分かんないけど」
その場にいる猫含め全員がキョトンとした顔で俺を覗き込む。
でもすぐに小林さんは「何言ってんだコイツ」みたいな目で見てきた。
「大丈夫なの?いきなり連れて帰って」
「だ、大丈夫…!たぶん。」
「猫の餌と小川の食事がある日 突然入れ替えられたって知らないよ?」
「なんで!」
彼女は少しだけ迷ったような顔をしてから「任せた」と俺に猫を渡した。
うん、勇気出して良かった。猫可愛い。
その日、黒い子猫は母親にいたく気に入られ【ヨゾラ】という名前を付けて
飼う事になった。
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4,体育だよ!小林さん!
体育。
ぶっちゃけると滅亡してほしい。
なんて思ってはいない。
まあそんな得意でも無いんだけど勉強に比べたら運動の方が何倍もマシだって話だ。
それに、頭がそんなに良くなくても運動出来ればモテるよねっ☆的な空気が学校にはあるのだ。
「小川50mタイムー、8,2!」
肩で息をしつつも記録をきちんと聞いて安堵する。
良かった。普通だ。別にあんまり変わってなかった。
今日の体育は女子と男子で校庭を半分に分けて使用している。
向こうはバレーボールらしい。基礎を終わってゲームを始めたトコだった。
いや別に興味は無いよ?!気になるだけで。
「キャー!小林さんボールのアタックやばいっ!」
「これ防ぎきれないよ~」
そう
小林さんは
めちゃめちゃ強かった。
そのボールの勢いにバレー部の子でさえ怯み、でもそれは8割くらい小林さんの
殺気によるものだ。
これは本気だ。
本気で勝つ気なのだ。
応援したいけどやっぱり はがゆいし………
「ゆかー、頑張れ~っ!」
「「っ?!」」
振り返ると金髪碧眼の美少年がいた。えっこんな人うちのクラスにいた?!
ってか今下呼びしたよね?!
小林さんはこちらを見るとたちまち顔を青くして、相手のボールをブロックするのも
忘れて、地面に落ちたボールを拾い上げると………
エッすごい勢いでこっちに投げてきた?!(回転付き)
「オウッ?!」
「わぁもう、危ないよ~由佳。」
渾身の力で避けたボールを美少年は何の苦もなくパシッとキャッチする。
「………悪い手が滑って」
ゲーム中よりもはるかにたっぷりと殺気をこちらに向けてきた。
しかし彼はそんなの気にもせず、ボールを一回上に上げてからポーンッと
腕を使って小林さんのトコにやる。
バレーボールってワンバウンド無しであんなに飛ぶもんなのか。
「はいっこれからは気を付けるんだよ?由佳」
「死ぬまで死ね。」
「どういたしまして♪」
なんだこのやり取り。
「ああ、紹介が遅れたね!俺は本条。本条……プ、王子。」
眩しいですね。(主に名前が)
「隣のクラスで由佳の幼なじみだよ」
予想通りですね。
「でなんであんな扱い受けてるんですか?! 小林さん貴方の事苦手っぽいんですけど」
「ね、何でだろう。」
キラキラとした笑顔のまま首を傾げる。
あんまり頭の良くない俺でも分かる。
コイツ知ってて面白がってるな…………
「ああ、あいつ?」
授業が終わった後、小林さんに彼の事を聞いてみたらあからさまに
心の底から嫌そうな顔をした。
「ん~…いいけど、私が馬鹿に教える理由が何処にある?」
「今度ヨゾラをもふもふさせてあげます。」
「実はさー私あいつのこと一番苦手なんだー。」
チョロかった。
「なんていうかさ…何を言っても綺麗なもので返してくる感じ?
もうただただ恐怖でしかない。」
「ああ、なるほど」
小林さんは何を投げても刃物しか返ってこなさそうだもんね。
「うん、だからね、死んで欲しい。」
「呼んだ?」
ガラッ
「…………。」
「……………。」
数秒後に教科書が数冊、入り口の方に投げられた。
もちろん全て受け止められた。
「はいっ!教科書を落とすなんて、由佳も案外おっちょこちょいだね?」
「土になれ。」
いやいや今のは落とすとかのレベルじゃないだろうに。
「あ、さっき君の名前、聞き忘れたよね。なんていうの?」
「…こ、小川雅人です……」
「雅人くんかー良い名前だねえー」
グイッ
「由佳に変な事したら、ぶっとばすからね。」
「…………!?」
王子くんは何事もなかったかのようにキラリと小林さんの方を振り返り、
言葉の攻防を繰り返している。
うん、完璧な人間っていないよね。
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5,それも愛嬌!小林さん!
「小林さんって、昔はどんな感じだったの?」
帰り。
なんだかんだで仲良くなった王子くんと一緒に下校しながら、なんとなく
そう零す。
「え?何、興味あるの?」
「いやまあ……ほら、よく漫画とかでクールなキャラほど幼い時は無邪気って
事あるじゃん」
まあ素直に はしゃいでいる小林さんは想像すら出来ないのだけれど。
「そうだなぁー、無邪気といえば無邪気だったかな。」
「へえ~そうなん 」
「幼稚園を牛耳っていた悪ガキトリオを一瞬で下僕にしたり、脱走した兎を
自ら小屋に帰るまで追い駆け回したり、悪口浴びさせて先生を泣かせたり。
いや~ホンット昔から可愛かったんだよ?」
「 。」
小林さん……
昔から小林さんは小林さんだったんだね…!
「な、なんかさすがだね…」
「え?でも由佳は本当はすっごく優しい子なんだよ?」
「ああ、それはそうかも。」
____例えば、捨てられた子猫を拾ってあげるとかね。
「それに美人さんだからモテモテだし。」
例えば、ドMの男子生徒に追いかけ回されたりね。
「あっ!」
「どうしたの?」
思わず大声を上げると、王子君もピタリと止まる。
「ごめん、歴史のノート忘れてきちゃった。先に帰っててくれる?」
「ん、分かった。」
俺が走って校舎に戻ると、待ってましたとばかりに女子達が集まる。
ごめん王子君…!周りの人たちの視線が恐かったんだ……!
歴史のノートはこの鞄にバッチリ入って居たんだ…!
*
階段を駆け上がり、教室。
ガラッ
「…………。」
「……………。」
え?
なんで小林さんがいるの?
「補習。」
「ほしゅー?」
「そ。数学の質問してた。」
ゴソゴソと帰りの支度を現在進行形で進めながらそう呟く。
「____で?あんたはなんで戻ってきちゃったの?死んだかと思ったのに」
「え?えーっと、忘れ物しちゃったかなーって…」
「確かにその少ない脳味噌じゃ忘れたかどうかも忘れそうだもんね。」
「…………。」
小林さん、俺知ってんだかんね!
国語の小テストが俺より悪かった事くらい把握済みだから!
回答欄に罵り書いて失点してたの見ちゃったから!
とは言えず。
「あー!いつのまにか歴史のノートが鞄に入ってたゾ?!さっきまでは
無かったのに!オカシイナー?」
「…………。」
ふっふっふ…この名演技に小林さんも騙されたようだね?
ただ単にシカトしてる様にも見えるけど、きっとそうだよね?
「ってあれ、小林さんその手紙、また……」
「? ……ああ、うん。また例の恋文。しかも女子から」
鞄に入れようとした手紙を「笑っちゃうよねー」と真顔でピラピラ振る。
真顔で。
「ん、見る?」
「良いの?」
「あんたの場合、一生貰えなさそうだし。」
「小林さん……優しいッ…!」
最近、小林さんの言葉の裏が分かってきたのも進歩だと言える。
『突然ですが、小林さんの事が好きです。
一年の時、私が濡れ衣を着せられて公開処刑されそうになった時、小林さんが
「先生って馬鹿でもなれるんですね」と助けてくれて、一目惚れしました。
自分の事が異常だなんて分かっています。
でも貴方の返事が聞きたいです。お返事お待ちしております。』
「小林さん…これただ単にその先生が嫌いだっただけでは。」
「ね?あんたみたいな脳無しでも分かるでしょ?」
国語のテスト……(ボソッ)
「ま、でもどっちみちフるからいいよ。恋愛とか興味ないし。」
「………そうなの?」
「だって、こーんな性悪女と付き合ってらんないっしょ。どんな男でも。
てかそもそも彼氏とか、いらない。」
これも燃やす、と手紙を取り返して無造作に鞄に放り込む。
「_____勿体ないよ。」
「は?」
「小林さん…確かに捻くれてるかもしれないけど、でも優しいじゃないッスか。
それが分かって王子くんもこの子も、あと…俺だって小林さんの事、す、好き 」
「焼き?」
「 。」
「………えっと、好き 」
「焼き?」
「 。」
「すき焼き食べたい」
「食べたいだけっすか。」
俺、小林さんの事なめてたよ。
なんで「いい感じにフラグ折れた」みたいな上機嫌な顔してんだよ。
得意げに見下ろしてくるな。
「あ~…えっと、小林さん」
「何?すき焼きおごってくれるの?」
「違う!いや別に奢ってあげてもいいけど!そうじゃなくて!
………一緒に、帰りません?」
そう言うと一瞬キョトンとした顔でこっちを見てから、少し首を傾げて
「いいよ」と微笑んだ。
そういうトコは可愛いよね、うん。
その後、二人ですき焼き食べました。ナニコレ。
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(罵られたい方だけお書き下さい。)