5
夜、仕事を終えた僕は
会社の同僚と夕飯を食べに来た。
多数決により、今日は中華ということに。
円卓を囲み、次々に運ばれてくる料理は
皆の胃袋へと消えていく。
その間に、僕の手前に小さな蒸篭が置かれた。
誰が頼んだのかは知らないけれど、
このフタを開けるのは、きっと僕の役目だろう。
何が出てくるか。
小さなドキドキ感を楽しみながらフタを開ける。
―― 桃だ! ――
…正確に言えば、飲茶などでよく見る
〈桃饅頭〉
だが。
僕は昔、この桃饅頭にすごく憧れていた。
テレビのCMか何かで見てから気になり始めて、
いつか食べてみたいと強く思った。
だって、桃が湯気を出しながら
箸でつままれてる姿は、
僕にとって一種の革命と言ってもよかった。
今は桃饅頭の存在も知ってるし、
果物の桃じゃないことも人目見ればわかるけど、
子供の時はそんなことわからないから、
本物の桃だと信じて疑わなかった。
だから、初めて桃饅頭を間近で見て
食べた時の衝撃と感動は、
きっと皆、共感してくれるだろうと思っていた。
けど僕の周りの人達は、
誰も桃饅頭のことを、そこまで考えたことはないと
一笑に付した。
それから僕は桃饅頭に対して
特別な感情を抱くことがなくなった。
それでも健気に湯気を出しながら、
目の前でクルクルと回されている
桃饅頭を見ていると、
僕は家の冷蔵庫の中がちょっと気になった。
帰宅してすぐ、
着替えも後まわしにして冷蔵庫の扉を開けた。
―― 桃がない! ――
と、少し焦ってから
一番下の棚にあることを確認。
そうだ、今朝ここに移動させたんだった。
一安心。
いつの間にかこの桃に、
少しずつ愛着が湧いてきている。
不思議なことだ。
どうしてここにあるのかすら未だ
わかっていないというのに。
もしかしたら、本当に宇宙人か幽霊が
置いていったのかもしれない…
だけどはっきり言って、
もうそんなことはどうでもいいことだ。
今わかっている事実、
それだけで充分ではないか。
この人差し指の希望に満ちた感触。
間違いない。
明日、この桃は
食べ頃をむかえる。