表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/8

 突然ぐらぐらと洞くつがれ出した、大地震のようにその揺れはどんどん大きくなって、後方からくずれだした。

 ――――走りなさい、良一――――

 ぼくたちは、フクロウの親たちにかされて、慌てて走り出した。ぼくはこけた時のキズが痛くて、早く走ることができなかった。

 一生懸命走っているのに、どうしてもぼくだけがおくれてしまう。ぼくよりも、四歩も五歩も早い位置(いち)から、二人はぼくをはげました。

 足が思うように上がらなくて、ぼくはまたこけてしまった。

 ぼくが中々起き上がれ無いでいると、二人は引き返して来て「大丈夫か?」と手を差し出してくれた。

 ぼくは手を引かれて立ち上がり、二人に「ありがとう」と「ごめんね」を言って、また走り出した。

 乾きはじめていた右ひざのキズは、(あら)たにできたキズから鮮血(せんけつ)が流れ出している。ぼくはかまわずに、右足を引きずりながら走った。

 ぼくの速度に合わせるように、ゆっくりと二人は走ってくれた。

「ぼくのことはいいから、二人は先に逃げて!」

「何言ってんだ、一緒に逃げるぞ。良一だけ置いて行ったりしないよ」

 置いて行けと言うぼくに、そう言って正太はぼくの手をにぎり走った。

 はるか後方(こうほう)だった洞くつの崩落(ほうらく)は、いつの間にかすぐ後ろに(せま)っていて、ぼくたちは足を取られないように必死になって走った。

 走っていると、さっちゃんが足を取られてこけそうになって、慌ててぼくと正太はさっちゃんの手を握った。

 さっちゃんがこけずに済んでホッとしたのもつかの間、大きく()いた穴に落ちそうになった。ぼくたちは、壁面(へきめん)のせりだした大きな岩にしがみついて、なんとか落ちずに()んだ。

 石ころが穴の中にカランコロンと転がって行く。ぼくたちは、ゾッとして、地面のある場所に足を下ろしてまた走り出した。

 走るぼくたちの足元の土が、突然グニャリと(ゆが)んでガラガラと(くず)れていく。ぼくたちは手足をばたつかせ、空中を(つか)みながら真っ黒い(やみ)の中に落ちて行った。



「いってぇ」

 正太は頭を押さえて土の上に座っている。

 ぼくも、落ちた時に打ち付けた体が少し痛んだ。

 少し離れた場所にさっちゃんが倒れている。ぼくは()って行ってさっちゃんが無事かどうかを(たし)かめた。

「さっちゃん、大丈夫?」

 ぼくが声をかけると、正太もこっちに来て、さっちゃんの顔を(のぞ)き込んだ。

 さっちゃんは中々目を覚まさなかった。ぼくたちは、さっちゃんを()り動かそうとして、さっちゃんの親たちに止められた。

 急に動かさない方がいいと言われ、しばらくそのまま見守ることにした。


 ぼくと正太は、さっちゃんの側に腰を下ろして洞くつの中を見回した。

 そこは大きな空洞くうどうで小学校の体育館ぐらいの大きさだった。

 フクロウの親たちが体を光らせているおかげで、ほんのりと明るかったけど、隅々(すみずみ)は闇におおわれていて何かがひそんでいるようで、恐かった。

 デコボコした土壁つちかべに光が当たって、出っ張った部分には長い(かげ)ができている。それが(いく)つもあって、不気味さを()していた。

 ぼくたちが落ちて来た穴は、はるか上の方で、全く見えなかった。

 何かを話すと(すご)反響(はんきょう)するから、ぼくたちの声は自然に小さくなる。

 かなり高い所から落ちたのに、土が(やわ)らかかったおかげで、ぼくたちは大したケガもせずにすんだ。

「ここから上に登るのは(むずか)しそうだね」

 ぼくが言うと、正太もそうだなと言いながら、洞くつ内を見回した。

 正太と二人で話しをしていると、さっちゃんが動いた気がした。さっちゃん? と声をかけると、さっちゃんはゆっくりとまぶたを開いた。


 さっちゃんは今の状況じょうきょうが分からないらしく、せわしなく辺りを見回して「ここはどこ?」と聞いた。

「あの洞くつが崩れて、ぼくたちは落ちてきたんだよ」

 とぼくが説明すると、さっちゃんはたちまち顔をくもらせて、わあっと顔をおおって泣き出してしまった。

 ぼくと正太は、どうしたのかと(あわ)てふためいた。

「やっぱり私たちは助からないのよ! どこにも登れる所がないし……」

 そう言いながら、さっちゃんは両手で顔をおおったまま泣きじゃくっている。ぼくたちは、さっちゃんを落ち着かせるために「大丈夫だよ」「帰れるよ」とその場を取りつくろう。それでも、さっちゃんは泣き止まなかった。

 フクロウのお父さんとお母さんが、さっちゃんをなだめてどうにか泣き止んだけど、まだ表情はかたいままだった。


「おれさ、父ちゃんが死んで、母ちゃんが一人で働いてくれてるけど、すっげー貧乏びんぼうでさ、着てる物とかずかしくて」

 突然、正太がそんな話をし始めた。正太の服装をよく見てみると、シャツには(ひじ)あてがしてあって、ズボンのひざにもあて布がしてあった。(くつ)(やぶ)れていて古びた感じがした。

「母ちゃんが苦労しているのは分かってるんだ。あの怪物が父ちゃんに化けて、一緒に行こうと言われた時、母ちゃんが働いてる姿が浮かんで、おれのために頑張(がんば)ってくれてるんだと思ったら、涙が出てきた」

 と正太は、涙をこらえたような声でそう言った。

 「ぼくも」と勝手に口が動いて、自分のことを話し始めていた。

 弱い自分をさらすのは、みっともなくて恥ずかしかったけど、ぼくはかくさずに自分のことを話した。

「良一は、贅沢(ぜいたく)だよ。いい親じゃないか。素直になれよ」

 ぼくの話を聞き終えた正太にそう言われて、ぼくはうんと(うなず)いた。フクロウ母さんは、ぼくの話を(だま)って聞いていた。


「私は、お父さんもお母さんも突然死んで、親せきの家に引き取られて、それが(いや)で飛び出したけど、ここでお母さんたちに会えてとても嬉しかったの。一緒に行こうと言われて、私は行きたいと思ったの」

 と、さっちゃんは言った。

「でも、正太君がダメだって引き止めてくれて、フクロウのお父さんとお母さんが必死に怪物と戦ってくれて、お父さんたちは私に生きてて欲しいんだなと思ったの」

 と、時々しゃくり上げながら、泣くのを我慢(がまん)するように、さっちゃんはとても小さな声で言った。

「さっちゃんは、お父さんとお母さんの元に行きたいの? でも、さっきの魔物と一緒に行っても、会えないって言ってたよ?」

 ひざを抱えて座るさっちゃんに、ぼくがそう言うと、

「でも、ここに居るとフクロウの姿のお父さんとお母さんに会えるでしょう?」

 だからここに居たいの。と、さっちゃんはひざの間に顔をうずめた。

 さっちゃんは、フクロウの両親と正太に説得されたけど、現実の世界に帰りたいと願ってるわけじゃないんだ。

 みんなが帰りたいと願わないと、帰れないんじゃないかな? この世界はぼくたちが作り出しているのかな。魔物が居ると思えば出てくるし、出口があると思えば現れるのかな?

 ……どうすれば帰れるんだろう……


 そう思っていると、洞くつのすみっこの光が当たらない影の方で、何かがうごめいているような気がして恐くなった。

 ぼくが見ている方向を、さっちゃんも気付いてそちらを見た。

「なに……あれ」

 その声を聞いてみんながそちらを見た時、黒い影がうねうねと動き出した。ぼくはひぃっと小さな悲鳴(ひめい)を上げた。

 ――――良一、恐がらなくても大丈夫です――――

 ――――そうだぞ、子どもたち。あれは幻だ――――

 そう言って、フクロウたちはふわりと空に()い上がり、洞くつの四隅(よすみ)に一羽づつ飛んで行った。

 ――――子どもたち、しばらくの間目を閉じておきなさい――――

 フクロウの親たちはそう言うと、(とも)していた体を更に光らせ始めた。洞くつの中に少しの影が残らないように、隅々(すみずみ)まで光が行き渡るように飛び回って、ぼくたちの不安を取り(のぞ)いてくれた。


「さっちゃんは、さ。おばさんたちが(きら)いか?」

 うごめく影がいなくなってから、しばらくして、正太がさっちゃんに聞いた。

「うんん、好きよ。とても優しくしてくれるし、色々買ってくれるし、おいしいご飯も作ってくれる」

 そう言うさっちゃんに、正太はにっこり笑った。

「おばさんが優しい人でよかったな」

 と笑う正太に、さっちゃんは、涙を流してからこくりとうなずき、笑顔を見せた。


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ