七
突然ぐらぐらと洞くつが揺れ出した、大地震のようにその揺れはどんどん大きくなって、後方から崩れだした。
――――走りなさい、良一――――
ぼくたちは、フクロウの親たちに急かされて、慌てて走り出した。ぼくはこけた時のキズが痛くて、早く走ることができなかった。
一生懸命走っているのに、どうしてもぼくだけが遅れてしまう。ぼくよりも、四歩も五歩も早い位置から、二人はぼくを励ました。
足が思うように上がらなくて、ぼくはまたこけてしまった。
ぼくが中々起き上がれ無いでいると、二人は引き返して来て「大丈夫か?」と手を差し出してくれた。
ぼくは手を引かれて立ち上がり、二人に「ありがとう」と「ごめんね」を言って、また走り出した。
乾きはじめていた右ひざのキズは、新たにできたキズから鮮血が流れ出している。ぼくは構わずに、右足を引きずりながら走った。
ぼくの速度に合わせるように、ゆっくりと二人は走ってくれた。
「ぼくのことはいいから、二人は先に逃げて!」
「何言ってんだ、一緒に逃げるぞ。良一だけ置いて行ったりしないよ」
置いて行けと言うぼくに、そう言って正太はぼくの手を握り走った。
はるか後方だった洞くつの崩落は、いつの間にかすぐ後ろに迫っていて、ぼくたちは足を取られないように必死になって走った。
走っていると、さっちゃんが足を取られてこけそうになって、慌ててぼくと正太はさっちゃんの手を握った。
さっちゃんがこけずに済んでホッとしたのもつかの間、大きく空いた穴に落ちそうになった。ぼくたちは、壁面のせりだした大きな岩にしがみついて、なんとか落ちずに済んだ。
石ころが穴の中にカランコロンと転がって行く。ぼくたちは、ゾッとして、地面のある場所に足を下ろしてまた走り出した。
走るぼくたちの足元の土が、突然グニャリと歪んでガラガラと崩れていく。ぼくたちは手足をばたつかせ、空中を掴みながら真っ黒い闇の中に落ちて行った。
「いってぇ」
正太は頭を押さえて土の上に座っている。
ぼくも、落ちた時に打ち付けた体が少し痛んだ。
少し離れた場所にさっちゃんが倒れている。ぼくは這って行ってさっちゃんが無事かどうかを確かめた。
「さっちゃん、大丈夫?」
ぼくが声をかけると、正太もこっちに来て、さっちゃんの顔を覗き込んだ。
さっちゃんは中々目を覚まさなかった。ぼくたちは、さっちゃんを揺り動かそうとして、さっちゃんの親たちに止められた。
急に動かさない方がいいと言われ、しばらくそのまま見守ることにした。
ぼくと正太は、さっちゃんの側に腰を下ろして洞くつの中を見回した。
そこは大きな空洞で小学校の体育館ぐらいの大きさだった。
フクロウの親たちが体を光らせているおかげで、ほんのりと明るかったけど、隅々(すみずみ)は闇におおわれていて何かが潜んでいるようで、恐かった。
デコボコした土壁に光が当たって、出っ張った部分には長い影ができている。それが幾つもあって、不気味さを増していた。
ぼくたちが落ちて来た穴は、はるか上の方で、全く見えなかった。
何かを話すと凄く反響するから、ぼくたちの声は自然に小さくなる。
かなり高い所から落ちたのに、土が柔らかかったおかげで、ぼくたちは大したケガもせずにすんだ。
「ここから上に登るのは難しそうだね」
ぼくが言うと、正太もそうだなと言いながら、洞くつ内を見回した。
正太と二人で話しをしていると、さっちゃんが動いた気がした。さっちゃん? と声をかけると、さっちゃんはゆっくりとまぶたを開いた。
さっちゃんは今の状況が分からないらしく、せわしなく辺りを見回して「ここはどこ?」と聞いた。
「あの洞くつが崩れて、ぼくたちは落ちてきたんだよ」
とぼくが説明すると、さっちゃんはたちまち顔を曇らせて、わあっと顔をおおって泣き出してしまった。
ぼくと正太は、どうしたのかと慌てふためいた。
「やっぱり私たちは助からないのよ! どこにも登れる所がないし……」
そう言いながら、さっちゃんは両手で顔をおおったまま泣きじゃくっている。ぼくたちは、さっちゃんを落ち着かせるために「大丈夫だよ」「帰れるよ」とその場を取りつくろう。それでも、さっちゃんは泣き止まなかった。
フクロウのお父さんとお母さんが、さっちゃんをなだめてどうにか泣き止んだけど、まだ表情は硬いままだった。
「おれさ、父ちゃんが死んで、母ちゃんが一人で働いてくれてるけど、すっげー貧乏でさ、着てる物とか恥ずかしくて」
突然、正太がそんな話をし始めた。正太の服装をよく見てみると、シャツには肘あてがしてあって、ズボンのひざにもあて布がしてあった。靴も破れていて古びた感じがした。
「母ちゃんが苦労しているのは分かってるんだ。あの怪物が父ちゃんに化けて、一緒に行こうと言われた時、母ちゃんが働いてる姿が浮かんで、おれのために頑張ってくれてるんだと思ったら、涙が出てきた」
と正太は、涙をこらえたような声でそう言った。
「ぼくも」と勝手に口が動いて、自分のことを話し始めていた。
弱い自分を晒すのは、みっともなくて恥ずかしかったけど、ぼくは隠さずに自分のことを話した。
「良一は、贅沢だよ。いい親じゃないか。素直になれよ」
ぼくの話を聞き終えた正太にそう言われて、ぼくはうんと頷いた。フクロウ母さんは、ぼくの話を黙って聞いていた。
「私は、お父さんもお母さんも突然死んで、親せきの家に引き取られて、それが嫌で飛び出したけど、ここでお母さんたちに会えてとても嬉しかったの。一緒に行こうと言われて、私は行きたいと思ったの」
と、さっちゃんは言った。
「でも、正太君がダメだって引き止めてくれて、フクロウのお父さんとお母さんが必死に怪物と戦ってくれて、お父さんたちは私に生きてて欲しいんだなと思ったの」
と、時々しゃくり上げながら、泣くのを我慢するように、さっちゃんはとても小さな声で言った。
「さっちゃんは、お父さんとお母さんの元に行きたいの? でも、さっきの魔物と一緒に行っても、会えないって言ってたよ?」
ひざを抱えて座るさっちゃんに、ぼくがそう言うと、
「でも、ここに居るとフクロウの姿のお父さんとお母さんに会えるでしょう?」
だからここに居たいの。と、さっちゃんはひざの間に顔を埋めた。
さっちゃんは、フクロウの両親と正太に説得されたけど、現実の世界に帰りたいと願ってる訳じゃないんだ。
みんなが帰りたいと願わないと、帰れないんじゃないかな? この世界はぼくたちが作り出しているのかな。魔物が居ると思えば出てくるし、出口があると思えば現れるのかな?
……どうすれば帰れるんだろう……
そう思っていると、洞くつの隅っこの光が当たらない影の方で、何かがうごめいているような気がして恐くなった。
ぼくが見ている方向を、さっちゃんも気付いてそちらを見た。
「なに……あれ」
その声を聞いてみんながそちらを見た時、黒い影がうねうねと動き出した。ぼくはひぃっと小さな悲鳴を上げた。
――――良一、恐がらなくても大丈夫です――――
――――そうだぞ、子どもたち。あれは幻だ――――
そう言って、フクロウたちはふわりと空に舞い上がり、洞くつの四隅に一羽づつ飛んで行った。
――――子どもたち、しばらくの間目を閉じておきなさい――――
フクロウの親たちはそう言うと、灯していた体を更に光らせ始めた。洞くつの中に少しの影が残らないように、隅々(すみずみ)まで光が行き渡るように飛び回って、ぼくたちの不安を取り除いてくれた。
「さっちゃんは、さ。おばさんたちが嫌いか?」
うごめく影がいなくなってから、しばらくして、正太がさっちゃんに聞いた。
「うんん、好きよ。とても優しくしてくれるし、色々買ってくれるし、おいしいご飯も作ってくれる」
そう言うさっちゃんに、正太はにっこり笑った。
「おばさんが優しい人でよかったな」
と笑う正太に、さっちゃんは、涙を流してからこくりとうなずき、笑顔を見せた。