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 洞くつ内に入って振り返ると、ぼくが休んでいた木のうろは跡形(あとかた)もなく消えていて、ずっと奥まで横穴(よこあな)が続いているだけだった。

 洞くつの中は、電気が灯っているわけでも無いのに明るくて、春の日だまりのように(あたた)かくて、でも乾燥かんそうしているわけじゃなくて、空気がんでいて気持ちよかった。

 岩肌(いわはだ)は、人の手で()られたようにごつごつしていて、赤茶色で(やわ)らかそうに見えて、ぼくはそっと手をついてみた。(かべ)適度(てきど)湿(しめ)っていて、ひんやりしていた。

 ぼくはとりあえず、先に進むことにした。


 前方はゆるやかな上り坂で、後ろはまっすぐ平らな道が続いている。どちらに進もうかと(まよ)っていると、前方の壁が動いているように見えた。

 何だろうと思って近づいて見てみると、テレビの画面の大きさに、映画のようなものが(うつ)し出されていた。映像(えいぞう)(わか)い男女の出会いから恋が始まる、言わば恋愛もので、ぼくの見ないジャンルのものだった。

 でも登場人物が父さんと母さんにとても良く似ていて、目を()らすことができずに、その映像を見続(みつづ)けた。

 やがて二人は結婚して赤ちゃんが産まれた。赤ちゃんを抱いて幸せそうにほほ笑む姿が流れる。画面一杯に赤ちゃんの顔が映し出された時、ぼくは、それがぼくたち家族の物語だと気づいた。

 父さんと母さんの物語。ぼくたちが家族になった物語。

 ぼくは胸を()め付けられるような感じがして、胸が苦しくて目頭(めがしら)が熱くなった。

 込み上げてくる涙で、にじんだ映像を、ぼくはその場に立ち尽くして見続けた。

 三人でよく散歩した公園。一緒に出掛けた動物園。母さん手作りのお弁当。三人ともに、これ以上の幸せは無いっていうぐらいに笑い合っている。ぼくの目から、溜まった涙が後から後から流れて落ちた。

 いつの間にか乾いていた服の袖口で、ぼくは流れる涙をけんめいに拭った。

 ぼくは母さんに会いたくて、会いたくて、「母さんに会わせて」とそう強く願った。

 すると突然(とつぜん)、洞くつの壁の映像が消えてしまった。

「どうして? まだ消えないで。もっと見せてよ!!」

 ぼくは赤茶色の壁を手の平で(たた)きながらそう叫んだ。洞くつ内にぼくの必死ひっしな声が響き渡った。

 でも、いくら待っても洞くつの壁には何の変化も現れ無かった。

 しかたなくぼくは、目尻に残っていた涙をごしごしと袖口で拭って、目を開けて先に進もうとした。すると目の前に、死んだはずの母さんが静かに(たたず)んでいた。


 あまりに突然(とつぜん)のことで、(おどろ)きすぎたぼくは、動くことも、声を出すこともできずにその場に立ち()くした。

「良一、大きくなったわね」

 笑顔の母さんはそう言って、(さら)にほほ笑みを深くした。その笑顔に(はじ)かれたようにぼくは母さんに()()り抱きついた。

 死んだはずの母さんが目の前にいる。ぼくの願いを聞いて、神様が母さんを呼び戻してくれたんだと、ぼくはそう思った。

 母さんはぼくの名を呼んで、ぼくの体を抱きしめてくれた。

 でも母さんの体はとても冷たくて、ずっと抱きついているとぼくの体温を全て(うば)い取ってしまいそうで、ぼくはそっと母さんから離れた。


 もしかしたら母さんは、ぼくの知らない所で生きているかも知れないと思っていたけど、母さんに抱きついて、冷たさに()れてみて、やっぱり死んでいたんだなと思い知った。

 母さんは、アルバムの中の姿のままに若くて、見たこともない白いドレスを着ていて、何よりも大きな白い羽根が背中から生えていた。


「私がいなくなった後、ずいぶん苦労したのでしょう?」

 母さんにそう聞かれて、ぼくは今までのことを母さんに話して聞かせた。

 母さんが死んで田舎に預けられたことや、おばあちゃん家がお化け屋敷みたいだったことや、五衛門風呂と戦ったことや、父さんが入院したこと。

 歩きながら話すぼくに、母さんは相づちを打ちながらほほ笑んで聞いてくれた。

 それから父さんが再婚したことや、父さんに反抗していることや、妹が産まれたことを話した。

 ぼくの顔が苦しくゆがんでも、母さんはにこやかに(うなず)くだけだった。


 しばらく歩くと、洞くつが二手に別れている場所に辿(たど)り着いた。

「私と一緒に行きましょう」

 母さんはぼくに向き直りそう言った。

 ぼくはハッとして母さんの顔を見た。母さんは相変わらず綺麗(きれい)にほほ笑んでいるだけだった。

「この世界には良一の居場所はないのでしょう? それならば母さんと行きましょう」

 母さんはもう一度そう言った。


 母さんにそう言われて、ぼくは今までのことを思い出してみた。

 いつも優しく笑いかけてくれる高岡さん。不器用に笑う父さん。無邪気に笑う妹。優しく見守ってくれるおばあちゃん。

 皆のことを思い出すとなぜか怒った顔じゃなくて、笑顔しか思い出せなかった。

 お母さんがいなくなってからの、たくさんの思い出。ぼくのほほには涙が流れていた。

「ぼくは母さんと一緒には行かない」

 ぼくは、母さんの目をしっかりと見つめてそう言った。

 にこやかにほほ笑んでいた母さんは、ぼくの返事を聞いた途端とたんみにくく顔を(ゆが)めた。


 その時、左の洞くつから子どもの声が聞こえてきた。

「あっ、子どもの声が聞こえる。誰かいるのかも知れないよ。母さん行ってみようよ」

 ぼくは母さんの気を引くためにそう言って、左の洞くつに駆け出そうとした。

「ダメよ良一」

 母さんは、ぼくの手首を素早くつかんだ。

 母さんの手は相変わらず冷たくて、ぼくの体温を(うば)うように、ぼくの腕は感覚(かんかく)を無くして()てついていく。

「母さん痛いよ。離して」

 と言うぼくの腕を引いて、母さんは「良一は私とこっちに進むのよ」と右の洞くつに向かって歩き出す。


 ――――良一、しっかりしなさい。(まぼろし)(まど)わされてはいけません――――


 突然(とつぜん)ぼくの頭上(ずじょう)から、母さんの柔らかい声が聞こえてきた。

 えっ? 目の前に母さんがいるのに、どう言うこと?

 不思議(ふしぎ)に思って母さんを見上げると、母さんは忌々(いまいま)し気に空中を見ている。

邪魔(じゃま)をするな!!」

 母さんは空中を(にら)み付けたままそう(さけ)んだ。

 左の洞くつはずっと先まで明るいのに、右の洞くつは地獄の入り口のように真っ暗で、先がどうなっているのか、まるで分からなかった。

 笑顔がはがれ落ちて、無表情のままの母さんは「早く来なさい」と低い声でそう言うと、ぼくの腕を(にぎる)る力を強める。

 ぼくが「痛いから(はな)して」と言っても母さんは顔色一つ変えずに、右の洞くつにぼくを引きずっていく。(いや)だと言っても、()めてと言っても、ぼくがどんなに引っ張っても、母さんはびくともしない。


 目の前を突然ヒュンと物凄い風が通り過ぎた。母さんはぼくの手を放して、(いた)そうに手の(こう)を押さえていた。そこから流れ出る血の色は、真っ黒だった。

 ぼくは、その血の色に(おどろ)いて息を飲んだ。そして、何が飛んで来たのかと、洞くつの中を見回した。


 ぼくの耳の側で羽根を羽ばたく音がして、そちらを向くとぼくの右肩に静かにフクロウが舞い降りた。

 ぼくの右肩に、かすかな重みと温かさが伝わってくる。


 ――――顔がくずれていますよ。最後までだませなくて残念ざんねんでしたね――――

 フクロウは、左側の洞くつに目を向ける。

 ――――他の子どもたちも逃げ出せたようで何よりです――――

「その子どもだけでも連れて行く!」

 母さんの姿をした人は、みにくく顔を歪め、声も母さんの声じゃなくて、男とも女とも言えないひび割れたような声で叫んだ。

 ――――良一は、私が守ります――――

 フクロウは、意思のこもった張りのある声でそう言った。


 二人のやり取りを見て、ぼくはフクロウに向かって「母さん?」と聞いてみた。

 ――――良一、大きくなりましたね。ずっと見守っていましたよ――――

 優しくて、温かくて、柔らかな声が聞こえた。懐かしい思い出の中の母さんの声だ。

 ――――私がいた過去かこは、もう戻らないのです。現実を受け入れなさい。お父さんたちが探していますよ。帰りたいと願うのです。家族の元へ戻りたいと強く願いなさい。そうすればきっと現実の世界に戻れます――――

だまれ。その子どもはお前のことが忘れられないのだ。お前の元に行きたいのだ。連れて行って何が悪い!」

 母さんだった人は、もはや母さんからはほど遠い姿をしていて、声も口調も全くの別人になっていた。

 ――――お黙りなさい。良一には良一の未来があるのです。それをうばう権利けんりはあなたにはありません。それに、良一があなたに着いて行っても、私の元には来られないでしょう?――――

 図星ずぼしかれて、母さんだった人は悔しげに顔を(ゆが)めた。






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