第二話「瑠璃色」
剣犬とパーティを組んで,二ヶ月が経過した。
この頃には倉橋は大分剣犬の性格や考え方について分かるようになっていた。剣犬は非常にポジティブだ。倉橋の考えが『状況が悪くなる可能性があるなら動かない』というのに対して、剣犬は『良くなる可能性があるなら動く』という物だった。良く言えばポジティブ、悪く言えば楽観的。ムードメーカーとしては優秀な性格をしているかもしれない。
ハングリーツリーとの戦いを終えた二人は、一旦宿に戻って休憩を取った後、次の街へ向かった。
まず彼らが目指すのは宿だ。ゲーム開始時と違って、それなりに金は貯まっている。寝れる場所ならばどこでもいいと考えていた倉橋だったが、二ヶ月もあのベッドで過ごしていると現実世界で使っていた柔らかいベッドが恋しくなってくる。だから今度はそれなりに質の良いベッドがあり、尚且つお風呂が備えられている宿を探す事に決めている。
「宿を見つけたら、次は鍛冶屋だっけー?」
隣を歩く剣犬に、倉橋はポーニーテールを揺らしながら首を傾げる。
二ヶ月の間槍を使用し、それなりに扱えるようになっていたが、やはり剣犬は武器を変える事にしたらしい。
「ああ、そうだな。だけどその前にクエスト受注出来る所ないか探しておこうぜ」
二ヶ月一緒にいる間に、剣犬の倉橋に対する言葉遣いが変化した。いかにも高校生っぽい敬語から、タメ口に変わっている。どうやら剣犬は完全に倉橋を信用したようだった。
対する倉橋は会ったばかりの時よりは剣犬への距離を縮めたが、やはり内心では彼を信用しきっていない。
転移門をくぐり、二人は新しい街へやってきた。《セーフティタウン》がパステルピンクが多く使われたバロック調だったのに対して、今回の街にある建物は黄土色や白など比較的落ち着いた色が使われている。それ以外で特筆すべき点は、街をグルリと囲うようにしてジャングルが存在している事だろう。
第二攻略エリアの名前は《ディノジャングル》。βテスターの話ではあの鬱蒼としたジャングルの中には恐竜系のモンスターがポップするらしい。
「恐竜系っていうとやっぱり定番なティラノサウルスが出てくるんだろうか」
「ティラノはボスとして出るらしいよ。後はラプトルとかアロサウルスとかトリケラトプスとか。有名なのはだいたい出るらしいねえ」
「へぇえ……」
二人は宿を探して歩き始める。二人が休憩している間にかなりの数のプレイヤーがやってきているようで、新しい街は賑わっていた。
想像よりもプレイヤーが集まっている事に慌て、二人は慌てて宿へ向かう。かなり大きな《ジュラシックパニック》という名前の宿があったので、そこへ駆け込んだ。
中には既に多くのプレイヤーがいたが、まだ部屋に二人分の空きはあったようで、無事予約する事が出来た。
宿の内装は前に泊まっていた宿とは比べ物ならない程綺麗で、落ち着いたシックな雰囲気だった。その分、宿泊するのに掛かる費用も高くなっているのだが、ボスを倒した事で手に入った報酬のお陰で二人の懐は潤っているので、難なく支払いを済ますことが出来る。
ボス攻略が行われてから既に数時間が経過しており、外は既に暗くなり始めていた。
二人は今日はエリアには出ず街の中を探索することに決め、宿から外へ出た。
「じゃぁ、適当に鍛冶屋を見つつ、クエストも探そっか。クエスト受注したら鍛冶屋で。私もボス戦で手に入れた素材で槍を強化したいしねー」
「食人樹の枝とか根っこだっけ。結構レアリティあったし、それなりのが出来そうだなー」
「うん、そだね。ただ残念なのはモンスタードロップの武器が手に入らなかった事だよね」
「ああ、シオンさんが双剣ゲットしてたよな。まああの人達最後にトドメ刺してたし、貢献度が高かっただろうから仕方ないさ」
「ちくしょー。私もモンスタードロップゲットしてやるー」
倉橋は『(*`へ´*)』といった顔でそう宣言した。モンスタードロップでアイテムが手に入る可能性は非常に低いので、狙って手に入る物ではないのだが。剣犬は苦笑して「頑張れ」と返した。
「どこの鍛冶屋も混んでるな」
《セーフティタウン》に飽きたプレイヤー達は目新しい物を望んでいた。その為、新しい街の解放に大喜びし、色々な場所を見学して回っているのだ。
「次からは街が解放されたらすぐに街にやってこよう」と二人は決意し、空いている鍛冶屋が無いかを探す。
「NPCも色々な種類がいるんだなぁ」
街を歩き回っているのはプレイヤーだけではない。外見はほぼプレイヤーと変わらないNPCが彼らに混ざって歩いている。《セーフティタウン》では金髪で色白のNPCが多かったったが、この街では黒髪だったり、肌が黒いNPCをよく見かける。
「明らかに日本人じゃないのに、日本語をペラペラ話してるとちょっと違和感覚えるよな」
「まあ、発売されたのが日本だしねぇ。外国語で喋り出したら困っちゃうよ」
そんな事を話しながら、鍛冶屋を見ながら街の中を移動しクエストが受けられる場所を探す。クエストは酒場などに貼り付けてある掲示板以外からも、NPCなどから直接受けることも出来る。二人は幾つかクエストが受注出来る場所を見つけたが、殆ど受注され尽くしてしまっていた。クエスト探しを始めてからだいたい三十分ほど経過した辺りで、二人は街のハズレにある酒場の中で、NPCの頭上にクエストの受付をしているマークが浮かんでいるのを見つけた。
酒場の中には重苦しい雰囲気が漂っており、数人のNPCが静かに酒を飲んでいる。その中に全身を包帯で覆った男が一人、打ちひしがれた様に椅子に座っている。
「なんか凄い重い雰囲気を出してるな……」
傷だらけのNPCは目が死んでおり、椅子に座ったまま全く動こうとしない。その外見からして、NPCに何かが起こったのだろう。恐らく受注できるクエストはそれに関係している物であろうと予想できた。
「あの――」
剣犬がNPCに話掛けようとした時だった。荒々しい音を立てて、酒場の中に三人の男達が入ってきた。その先頭に立っている青髪の男には二人とも見覚えがある。ボス攻略にシオンのパーティメンバーとして参加していた男だ。名前は確か、『ブルーノ』。
ブルーノ達はクエスト受付をしているNPCとそれを受けようとしていた倉橋達を見て、フンと鼻を鳴らす。
「ワリィがそのクエストは俺達に譲ってくれや」
「……何を言ってるんですか。クエストは早い者勝ちでしょう」
ブルーノの横暴な言葉に剣犬が言い返すと、彼は面倒くさそうに青髪を掻き、それから目を細め、声を低くして二人を脅すように言う。
「俺達はお前達と違って、毎日死ぬ気で攻略してんだよ。そんな俺達にクエストを譲ってくれてもバチは当たらないと思うぜ?」
「いや、その理屈はおかしい。俺達だって最前線で死ぬ気で攻略してますよ。それにこのクエストを先に見つけたのは俺達だ」
面倒で浅ましい男だ。倉橋はブルーノという男に舌打ちしたい気分になった。
人間は皆、自分本位でしか者を考えられない。それでも普通の人間は表面上は相手の事を考えている様に取り繕うものだ。だが、中には取り繕うことすら出来ない愚かな人間が居る。
「いいから譲れよ。お前らがクエストをクリアして報酬を手に入れるよりも、俺達が報酬を手に入れた方が有効に使えるんだよ」
ブルーノの言葉に埒が開かなくなり、剣犬の後ろで黙っていた倉橋が口を開こうとした時だった。
「いや、話聞いてたけど、それはアンタが間違ってるわ」
と、唐突に睨み合っていた剣犬とブルーノの横から女性がひょっこりと姿を現した。瞬間移動でもしてきたかのような急な表れ方だ。
瑠璃色と言うのか、紫色を帯びたとても濃い青い色をした髪をストレートヘアにした、二十過ぎの女性が髪と同じ瑠璃色の瞳で、ブルーノに冷ややかな視線を向けている。瑠璃色という変わった髪の色と、背中に背負っている彼女の背の丈程もある巨大な斧が相まって、異様な迫力を醸し出していた。
「な、なんだよお前。関係ねーだろうが」
「関係無いって言ったら、アンタ達だってこの子達にあれこれ言う権利ないじゃん。それにクエストは先に見つけた方が受注するのはマナーでしょ? それを横取りしようとするとか、アンタ恥ずかしくないの? 見たところ、いい大人なんでしょ? それがそんな風に理の通らないことを言いながら、女子供に凄むってどうなの?」
女性の口から、マシンガンの様に言葉が飛び出してくる。ブルーノはそれに目を白黒させるばかりで、何も言い返すことが出来ない。
「どっちが正しいかなんてさ、普通に考えれば簡単に分かることだよね? アンタだって自分が間違ってるってことぐらい分かるでしょ? それなのに何でそんな風に横暴に振る舞えるわけ? 理解できないんだけど。取り敢えずこの子達に謝りなよ。アンタが間違ってるんだからさ」
「う、うるせぇな! しゃしゃり出てくるんじゃねえよ!」
「うるさいなんて言ったらアンタの声の方がよっぽどうるさいと思うけど? いちいち声を荒らげないと喋れないわけ? もう少し落ち着くことが出来ないの?」
「こ、このォ!」
女性にボロクソに言われたブルーノは泣きそうな顔になる。それを隠すようにして大声で怒鳴り、背中の大剣を抜いて女性に叩きつけようとした。
「ちょ、おい!」
剣犬と倉橋がブルーノの蛮行を止めようと動き出すよりも早く、大剣を振り下ろした彼の腹に巨大な斧が叩きつけられていた。背中から大斧を抜いた女性が大剣を躱し、カウンターで大斧を打ち付けたのだ。
勢い良く吹っ飛び、ブルーノは地面に転がる。街の中なのでダメージも痛みも発生せず、武器を叩きつけた衝撃しか発生しない。
ブルーノは何が起きたか理解できないという顔でしばらく倒れていたが、立っている女性を見て我に返ったのか、叫び声を上げて立ち上がった。
「ふざけんじゃねぇえぞ!!」
大剣を握り、再び女性に飛びかかる。女性が大斧を構えて冷静に目を細め、ブルーノに再度攻撃を加えようとした時だった。
「――ふざけてんじゃねぇぞ、と言いたいのはボクもなんだけどね」
女性とブルーノの間に、一つの影が滑り込んできた。その影に二人は驚いて武器を下ろし、動きを止める。
「やれやれ……。ただ受注出来るクエストを探してきてくれ、と言っただけなのになんでこうなっちゃうんだろうね」
二人の間に割って入ってきたのは、セーラ服に類似した装備を身に纏った黒髪の女性だった。
「し……シオンさん」
今までの勢いはどこへやったのか、ブルーノは顔を真っ青にして彼女の名前を呼ぶ。
シオンはそんな彼に冷ややかな視線を向けると「君達はホームに帰還し給え。指示があるまで一歩も外を出歩くな」と指示を出す。ブルーノと他の二人は悲鳴を上げるかのようにして「分かりました!」と口にすると、酒場を飛び出していった。
彼らが慌ただしく酒場を出て行くのを見届けると、今までの冷たい視線を消してシオンは女性と倉橋達に視線を向け、小さく頭を下げた。
「ボクの部下が迷惑を掛けてしまってすまない。注意しているのだけど、中々言うことを聞いてくれなくてね」
「私は別に構わないけど、連中はこの子達からクエストを横取りしようとしていたみたいだよ。マナー違反……いやルール違反も甚だしくないかな。謝るならそこの二人に謝って欲しい」
「それは……大変申し訳無いことをした。済まなかった。彼らには街でクエストを受注してこい、という指示を出していたのだけど、まさか横取りしようとするなんて考えていなかった」
「いや……まぁいいですけど」
「私もいいよん。だけどもっとちゃんと注意してよね。あんな横暴に過ごしていたら、いつかもっと大きな問題が起こるかもしれないよ」
「返す言葉もない。彼らへはボクが責任をもっていい含めておくよ」
そういうと、シオンは再度頭を下げて酒場から出て行った。
「災難だったね、二人とも」
「いえ、ありがとうございました。助けて頂いてありがとうございます」
「ありがとうございます」
礼を言う二人に、女性は「ガハハ」と豪快に笑って構わないよと手を振る。
「私の名前は瑠璃。よろしくね」
これが、やがて結成される攻略組ギルド《瑠璃色の剣》の創設者と、幹部二人の初めての顔合わせだった。
リアルが忙しくて、毎日更新は出来そうに無いです。
出来るだけ早めの更新を心がけますが、更新の頻度は減ると思います。すいません。