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第三話「壊れそうな、脆い心」

短いです

 木々が鬱蒼と生い茂る森の中を歩く五人のプレイヤー。

 茂みの中で彼らの姿を捉えた青い液体が、地面を流動し先頭を歩くガタイのいい黄土色の髪の少年に飛び掛かった。


「よっと」


 スキル《探知》と《見切り》でその攻撃をあらかじめ知っていたところてんは、落ち着いた態度でスライムの突進を大剣で受け止めた。それから間を置かず、大剣を振って刃に張り付いていたスライムを弾き飛ばす。

 すぐに大剣から剥がしたのは、スライムの身体が強い酸で出来ており、武器や鎧に張り付かれてしまうと耐久値が削られてしまうからだ。


「頼む、栞! ドルーア、右だ!」


 それからすぐにところてんが仲間に指示を飛ばす。

 再びところてんに飛び掛かろうとしていたスライムに、栞が一瞬で接近し、液体の中に浮かぶ小さな核を切り刻んだ。盾を装備していない分、その動きには更に鋭さが加わっている。

 それと同時にドルーアが右の草むらから飛び出してきた巨大芋虫クローラーに対応した。

 人と同じほどの大きさの芋虫が、ブヨブヨしたクリーム色の身体をうねらせながら、ドルーアに狙いを定めて口から糸を吐き出そうとしている。


「うえぇ……」


 巨大芋虫クローラーの外見のグロテスクさに眉を顰めながら、ドルーアは飛んできた糸を回避しつつ迫る。

 双剣がスキルの発動を示す光を放ち、次の瞬間には二本の深い傷が巨大芋虫クローラーの円筒形の身体に刻み込まれていた。

 巨大芋虫クローラーのHPは《ワイルドフォレスト》にポップするモンスターの中で最も高い。二本の刃で同時に斬り付ける《双牙》のスキルを使っても倒せないことに舌打ちし、ドルーアは間髪入れずに攻撃を加える。

 痛みにより頭を大きく振る巨大芋虫クローラーを回避し、再度糸を吐こうとした瞬間を狙って、その口の中に刃を突きつけた。大きく身体を震わせ、巨大芋虫クローラーはようやく絶命した。


「お疲れ」


 芋虫に突き立てた刃を背中に戻すのを躊躇するドルーアに、仲間達が苦笑しながら労いの言葉を掛けた。


 《察知》で周囲にモンスターの反応が無いことを確かめ、五人は消耗したHPやスタミナをアイテムで回復して休憩をとる。


 この森に入ってから既に数時間が経過している。空高くに浮かんでいた太陽も、今では傾き始めていた。

 栞はまだ余力を残しているようだったが、その他のメンバーは疲労の色を見せ始めている。

しかし今だにボス部屋は発見出来ていない。

 マップを確認しながら、森の中を北側に進んでみたがどうやら外れだったらしい。


「!」


 地面に腰を下ろしていた栞が、ハッとした表情で顔を上げる。《察知》に複数のプレイヤー反応が合ったのだ。他のメンバーも反応に気が付いたのか、立ち上がって警戒を始める。

 

「どうする?」

「……相手も私達に気付いているでしょうし、この場に留まりましょう。警戒は解かないでください」


 指示を求めてきた七海に、栞が背中の片手剣に手を伸ばしながら答える。

 この攻略エリアでは街と違って、プレイヤー同士の殺し合いが解禁されている。PKをするプレイヤーがいるとは信じたくないが、命を守るために警戒しなければならない。

 それから一分もしない内に、反応は栞達の目の前にまでやってきた。


 様々な武器と装備で身を固めたプレイヤー達の集団が、規律のある動きで木々の間から姿を現した。二つのパーティで同時に行動しているのが、そこにいるプレイヤーの数は栞達のパーティの倍はある。

 先頭を歩いていた男は一瞬栞達に視線を向けたが、すぐに逸してそのまま歩いて行く。後ろから続いてくるプレイヤー達も、栞達を一瞥するとそのまま通りすぎていった。


「あの人……」


 進行していくパーティの中に、ついさっき一悶着あった青髪が混ざっているのを林檎が見つけた。相手もこちらに気付いたようで、一瞬怯えるような表情をした後、何故か「ざまあみろ」とでも言いたげな表情を浮かべた。それからすぐに背を向けて栞達から去っていく。


「なんなの、あれ」


 小さくなっていく青髪の背中を睨み付けながら、七海が苛立たしげに呟く。今にも青髪を追いかけて、飛び蹴りでもかましそうな様子の七海だったが、涼しい顔をした栞に「放っておきましょう」と言われてクールダウンする。


「でも、何だったんでしょう?」


 今の青髪の態度に首を傾げる林檎。

 さっきは栞に睨まれて情けなく逃走していた、そんな男がさっきの様な態度を取るからには、何か理由があるのだろう。

 「ああ……分かったっス」と、ところてんが手を打った。仲間に視線を向けられ、ところてんは苦々しい表情で自分の考えを告げた。


「あの青髪が居たって事は、あれはシオンって人のパーティっス。今、エリアの最前線にいるのは俺達のパーティともう二つ」


 ところてんの言葉に、ドルーアと栞は得心が行ったようで、「ああ……」と悔しそうな表情を浮かべる。まだ理解できていない七海と林檎に、ところてんが言った。


「――青髪達がボス部屋を見つけたって事っスよ」


――


 ところてんの言葉は正しかったようで、その日の夜、大々的にボス部屋の発見がシオンによって行われた。BladeOnline掲示板の攻略関係のスレッドだけでなく、プレイヤーが制作し、配信できる新聞や雑誌類などにもボス部屋の事が書かれ、街の至る所で配られた。


「やっぱり先を越されちゃいましたねぇ……。残念ですわ」

「あっちのが人数多いし、仕方ない」

 

 眉をハの字型にした林檎が、カールの掛かった金髪を弄りながら肩を落とす。七海がカフェオレを啜りながら、林檎の方を叩いて慰めた。

 

 午後七時。

 《ワイルドフォレスト》から宿に帰還した栞達は、食堂で街の中で配られていた新聞を読んで話し合っていた。


「なぁ栞。これ、俺達も参加するか?」


 新聞の記事に目を通しながら、ドルーアが栞に聞く。

 新聞や掲示板に乗っている情報によると、翌日の午後一時から、《コウズィ》という宿でボス攻略会議が開催されるらしい。主催するのはボス部屋を発見したシオン達のパーティだ。

 

「参加した方がいいでしょうね。どちらにしろ、私達だけではボスを倒す事は出来ないでしょうし」

「そうっスね。ボスは幾つかのパーティがレイドを組んで、ようやく倒せるってレベルっスから。……あの青髪がいるパーティが主催っていうのが気に入らないっスけど」


 「β版の時はガロンっていうパーティが指揮を取って言ったっスよ」とところてんがあくび混じりに言う。

 シオンというプレイヤーとは殆ど面識が無いものの、あの青髪にデカイ顔をされるのは嫌だと全員が溜息を吐く。

 しかし既にボス部屋は発見されてしまっているし、プレイヤー間にも広がってしまっている。今更どうする事も出来ないだろう。


「でも、シオンさんは何でここまで大々的に記事にしたんでしょう?」

「まあ多分は『自分達が見つけたんだ、このボスは自分達がメインになって狩る』って言いたいんじゃないっスかね。あの人の仲間は自己顕示欲が強い人が多いし、ボス部屋を見つけたって事をアピールして威張りたいのかも」


 首を傾げる林檎に、ところてんが吐き捨てるように言う。

 シオンのパーティメンバーが問題を起こしているのを見たのは今日が初めてではない。大抵のプレイヤーは最前線で攻略している彼らに言い返せないため、好きなようにされてしまっている。

 『今回の件でボスの攻略を指揮した』という功績を得れば、彼らはますます横暴な行動に出るかもしれない。


「どれだけ攻略に貢献していようと、なんでもしていいなんて事は絶対にありません。ああいう光景を見たら、今後も首を突っ込むと思います。……問題を起こしてしまうかもしれません。それで……皆に迷惑を掛けてしまうかも……」


 凛とした口調で話し始めた栞だったが、最後は声が尻すぼみになっていた。

 栞は自分の行動で仲間が離れてしまうことを恐れている。それは過去に彼女がイジメにあっていた事が原因だと皆知っている。

 四人は顔を合わせてフッと笑うと、不安そうに俯いて二本の人差し指をクルクル回している栞に、ドルーアが代表して言った。


「俺達のリーダーは栞だ。栞がやると決めたことには付いて行くよ」


 ハッとした表情で栞は顔を上げた。当然だ、とドルーアの言葉に頷く仲間達の顔を見て、雪の様な白い肌を仄かに赤くして、栞は本当に嬉しそうに笑った。


「だけど青髪に絡んでったこと、結構気にしてたんだな」

「全然気にしてなかったのに」

「心配性なんっスねぇ」

「栞は寂しがりやさんですから、私達に迷惑を掛けて離れて言ってしまうのを心配したんですわ」

「離れる訳ねーのになぁ」

「当たり前」

「栞は可愛いっスねぇ」

「うふふ、栞可愛い」


 可愛い可愛いと全員に連呼され、栞の肌は違って意味で赤くなっていく。


「しょ、しょうがないじゃないですかぁ! あれが正しいと分かってても……その……」

「分かってますよ。だけど大丈夫、私達は栞から離れたりしないから」

「ぅ……林檎ぉ」

「だけどあの時は凄かったよな。青髪の奴、びびって逃げ出してやんの」

「あの時は、あの人にプンプンでしたから……」


 「プンプンどころじゃなかったよなぁ……」と全員が心の中で突っ込んだ。


「まあ、現実でも栞は怒る時は凄かったからなあ」

「先輩でも栞が怒った時はビビってたっスからねぇ」

「栞怖い。怒ると鬼みたいな顔になる」

「私達も見てて怖いですから……」

「そ、そんなに怖いですか?」

「いや可愛いよ」

「可愛いっス」

「可愛い」

「可愛いですわ」

「っっ……もう!」


 その日の食堂では、暗かった栞が少し、明るさを取り戻していた。


――


「兄さん」


 明かりを消したくらい部屋で、ベッドに横たわった栞が小さく兄の名前を呼ぶ。

 

 ――貴方はまだ生きているんですか?

 ――今、どこにいるんですか?


 兄の生存を信じたいが、現状では絶望的だ。兄と永遠に会えないということを考えると、震えが止まらなくなる。


 ――会いたい。


 兄の事を考えると、今でも涙が出てくる。

 だけどその日は、いつもより気が軽かった。

 仲間がいてくれるという事が、栞の気を軽くしていた。


 明日はボス攻略会議に出席しなければならない。早めに寝よう。

 いつもは目を瞑ると兄の顔が浮かんできて胸が苦しくなる。しかしその日は兄だけでなく、仲間達の顔も浮かんだ。

 壊れそうな、脆い栞の心は仲間達に支えられ、平静を取り戻していた。


「おやすみ――お兄ちゃん」


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