第二話「兄妹」
《ワイルドフォレスト》でポップするモンスターはグリーンスマイル、フロータイボール、スライム、巨大芋虫の四匹だけだ。普通のゲームだったら登場するモンスターが少ないと文句を言う所だが、デスゲームとなった現状ではその少なさがありがたい。
エリアの中でランダムに発生する罠には、モンスターハウスと麻痺、毒トラップが確認されている。モンスターハウスとは、罠が仕掛けられている場所の近くによるとアラームが現れ、周囲のモンスターを引き寄せるという凶悪な罠だ。この罠の犠牲になったプレイヤーも既に何人か存在している。麻痺、毒トラップはその名の通り、麻痺か毒状態になってしまう罠だ。厄介ではあるものの、解毒系のアイテムがあれば問題はない。
これらの情報は最前線で攻略を進めている幾つかのパーティが、エリア攻略関連のスレに投稿しているため、誰でも見ることが出来る。栞達のパーティも、何度か情報を掲示板に載せたことがあった。
現在、最前線で攻略しているパーティは三つしか存在していない。攻略されたエリアの入口や真ん中付近で活動しているパーティは幾つかあるが、まだ何があるか判明していない危険な最前線に行く者は少なかった。
三つのパーティの内の一つが、栞達のパーティだ。
残り二つには、シオンという女性が率いるパーティと、ガロンという男性が率いるパーティがある。
今の所、この三つのパーティ間には協力体制はなく、それぞれ勝手に行動している状態だ。
エリアの攻略具合では、シオンの率いているパーティが最も進んでいると思われる。
「もうちょっと先に進みたいけど、奥の方はポップするモンスターの数が段違いだからなぁ。足止め喰らって全然先に進めない」
翌日、栞達は食堂で朝食を撮りながら《ワイルドフォレスト》の攻略について話し合っていた。
ケチャップをこれでもというぐらいにぶちまけ、血のように真っ赤に染まったスクランブルエッグをスプーンで口に運びながら、エリアの様子を思い出してドルーアが顔を顰める。
奥に進めば進む程、プレイヤーの行く手を遮るようにモンスターが大量にポップする。一匹一匹は大した強さではない物の、一度に五匹も出てこられてはまともに前に進めない。
栞は恐ろしい勢いでモンスターを蹴散らしていくものの、それでもやはりあの数を相手にするのは手こずってしまう。
「地道に進んでくしかないよ。あとケチャップ使いすぎ」
「やっぱり、ボス部屋の位置が分かるまではそれしかないかぁ。ケチャップはこれぐらい掛けないと美味しくないよ」
「ぜってー掛け過ぎっスよ…… 」
半眼でケチャップだらけのスクランブルエッグを見る七海と「うへー」と舌を出すところてんを尻目に、ドルーアはにこやかに笑いながら更にケチャップをぶちまける。
「……ケチャップの量はとにかくとして、この二ヶ月の探索でエリアの大部分は探索されていますし、ボスの部屋が見つかるのも時間の問題だと思いますわ」
「ケチャップ美味しいのになぁ……」
ケチャップの海に溺れるスクランブルエッグから目を逸らしながら、林檎がゆるふわパーマの掛かった上品な金髪を揺らしてそう言った。唇を尖らせながらドルーアが零した不満はスルー。
それからしばらくの間、食堂で今日の予定について話合い、それから一度自分の部屋に戻って装備を整えた後、五人は宿の外へ出た。
最初に向かうのはエリアではなく、宿のすぐ近くにある鍛冶屋だ。
一見、中にNPCが暮らしているだけのただの家に見えるが、中に入って老人のNPCに話し掛けるとメニューが表示され、武器や鎧の強化などをして貰うことが出来る。ところてんがβテスターの時に発見した隠し鍛冶屋だ。
「お邪魔します。武器の耐久を回復して欲しいんですが」
家の中に入って栞がそう言うと、モノクルを付けた白髪の老人が無言で頷いた。表示されたメニューで耐久値を回復して欲しい武器を選択し、老人に差し出す。五人分の武器を受け取った老人は家事をするための工房へ消えていった。
武器と鎧には耐久値という物が設定されている。モンスターやプレイヤーとの戦闘で耐久値は徐々に減少していき、やがて0になる。そうなった場合、武器は破損状態なるか、運が悪ければそのまま消滅してしまう。破損状態の場合は鍛冶屋に依頼することで、一定の確率で元に戻すことが可能だ。
連日でモンスターと戦闘している栞達の武器の耐久値は、当然大幅に削れている。モンスターを連続で斬りまくっている栞の片手剣の消耗は特に激しい。
老人が耐久値を回復している間は特にやることもなく、それぞれが好きな事をしている。ドルーアとところてんは掲示板を覗き、林檎と七海は可愛い装備が欲しいという話をしていた。
栞はと言うと、現在自分が装備している盾について考えていた。
片手剣はその名の通り、片手に剣を装備する。その時、もう片手には盾をするのが定石だ。しかし、栞は自分には盾は要らないのではないかと考え始めていた。何故なら、栞は全くモンスターの攻撃が当たらないからだ。その為、盾で防ぐ必要がない。現在は軽めの盾を装備しているものの、それでも装備している分、動きは遅くなってしまう。そのせいで、少し戦いにくいのだ。だが、やはり盾を外せば攻撃を受けた時のダメージは大きい。出来るだけ安全に進みたいというのがこのパーティの方針の為、もしかしたら反対されるかもしれない。
それからしばらくして、耐久値を回復させた老人が工房から帰ってきた。礼を言いながら代金を払い、それから受け取った武器を装備する。その時、栞は盾を外す事について他の四人に提案した。
「へぇ、いいんじゃない?」
「いいと思うっスよ」
「良いと思いますわ」
「無問題」
「あれ……」
反対されると思っていたため、栞は四人の反応に拍子抜けしてしまった。「いいんですか?」と聞き返す栞に対して、四人は苦笑しながら頷く。栞の鬼の如き戦い方を見ている四人としては、確かに盾は不要だと思ったのだ。栞が首を傾げているのは、自分が剣鬼の様に戦っている自覚が無いからだ。彼女としては溜まったストレスをモンスターにぶつけているだけなのだから。
栞はしっかりしているようで、抜けている。彼女の性格を確認して笑みを漏らすドルーア達だった。 その時は栞の辛そうな表情も影を潜めており、林檎は少し安心していた。
――
「ロクに攻略に参加してねえ奴が一丁前に鍛冶屋だぁ? 退けよ、邪魔だな。俺に譲れよ」
栞達が鍛冶屋を出て、《ワイルドフォレスト》に向かう途中、街にある大きな鍛冶屋の前で、プレイヤー同士が争っていた。
青い髪を短く切りそろえたガラの悪い男が、小柄な男の胸ぐらを掴んで怒鳴り散らしている。胸ぐらを掴まれている男は完全に萎縮してしまっており、ただ震えているだけだ。
「あの青いの、確かシオンのパーティメンバーの一人っスよ」
「最前線で攻略しているから、自分に譲れって言うのは違うと思うなぁ」
「不愉快」
青髪の暴挙に足を止め、その様子を眺めている野次馬に混ざって、ドルーア達が眉を潜める。
「命を掛けて攻略しているのだから、優遇されて当然だ」という青髪の言い分は全く理解できない物ではないが、それでも間違っていると言わざるを得ない。
「どうする? 出て行って何か言うか?」
「下手に首を突っ込んで恨みを買うのはあんまり得策じゃないと思うっスね……。こんな感じのトラブルはいくらでもあるし」
「でも、私は助けたい」
青髪に揺さぶられている男を助けに行きたいという感情はあるが、余計な揉め事に巻き込まれるのは得策ではない。周りの野次馬も同じような事を考えているようで、口を出そうとする者はいない。
助けようとしないドルーア達に痺れを切らした七海が動こうとした時だった。
「栞!?」
動こうとしない野次馬を押しのけ、栞が青髪の前に飛び出した。
野次馬の間にざわめきが走る。
流れるような黒髪を揺らしながら目の前に出てきた栞を見て、青髪は掴んでいた男の胸ぐらを離した。
「大丈夫ですか?」
全身の力が抜けてしまったのかよろけて倒れそうになった男を栞の手が支えた。
自分を支えている少女の美しさに、男は呆けたように顔を赤くする。それからバランスを整えた男は、上擦った声で礼を言いながら栞から離れた。
「よう、姉ちゃん。あんた知ってるぜ。エリアの最前線で戦ってるだろ? 俺と一緒じゃねえか。だから分かるだろ、俺の気持ちがよ。命懸けで攻略してやってるんだ、俺達が優先されるのは当然だよなぁ?」
「貴方と一緒にしないでください。――不快です」
「――あぁ?」
「命を懸けて攻略に取り組んでいるのは確かに褒められる事かもしれません。ですがそれが他の人に威張り散らして良いという理由にはなりません」
馴れ馴れしく栞に絡んだ男だったが、冷たく自分の言葉を否定されて眉に皺を寄せる。自分を見下ろし、鋭い目つきで睨み付ける青髪に対して、栞は凛とした姿勢を崩さない。
「それからこう言っては悪いですが、誰も貴方に攻略してくれなんて頼んでいませんよ。そんな風に攻略を盾にして横暴に振る舞うくらいなら――宿にでも引き篭もっていてください」
「……テメェッ!」
冷たく言い放たれた栞の言葉に、青髪は顔を怒りで赤くして歯ぎしりした。ギリギリと拳を握りしめ、青髪は栞を睨み付けて荒々しく怒鳴り付ける。それでも一歩も引かない栞に対して青髪はついに痺れを切らしたのか、背中に背負っている大剣に手を伸ばした。
街の中ではプレイヤー同士で傷付ける事は出来ないものの、青髪の行動に対して野次馬から悲鳴が上がる。その中でドルーア達は栞の姿を見たまま動かない。
「いい加減にしやがれよ、このクソアマァ!!」
青髪は大剣を背中から抜き取り、脅すように栞に突き付ける。「今ならまだ謝罪すれば許してやるよォ!」と叫ぶ男に対して、栞は溜息を一つ。
そして――――。
「――いいんですね?」
ゾッと全身に悪寒が走るような、冷たい口調だった。
栞の正面にいた青髪はおろか、周囲を囲んでいた野次馬達まで声を失う。
動きを止めた青髪に対して、栞はもう一度「いいんですね?」と確認する。
「私に剣を向けるという事は。――私も貴方に剣を向けても良いということですね?」
「――――」
感情を削ぎ落したような、冷たい言葉。
鋭い光を放つ双眸に睨まれた青髪は、まるで抜身の刃を突き付けられているような感覚に陥る。
総身に震えが走り、大剣を握っている腕から力が失われる。
何か言葉を口にしようとしても、言葉が喉を通らない。
「――いいんですね?」
それが最後の問いだと、青髪は悟った。
ここは街だ。この女は自分に危害を加える事は出来ない。そう頭では理解していても、目の前の少女から感じる恐怖を拭えない。
「わ――分かった」
辛うじてそう言葉を紡ぎ、青髪は栞から震える足で距離を取った。荒い息を吐きながら、急いで大剣を背中にしまい、戦う意志が無いと言うことを栞に告げる。
青髪の言葉に「そうですか」と興味なさげに呟くと、栞は男に背を向けた。
青髪は逃げるようにしてその場から走り去っていった。野次馬達から歓声が上がる。
礼を言うさっきの男に、打って変わった様に優しい笑みを返すと、野次馬の中から自分を見守っていた仲間達の元へ戻る。
「ヒヤヒヤしたっスよ……。お疲れっス」
「お疲れさん」
「……乙」
「お疲れ様です、栞」
ドルーア達は苦笑いしながら栞を迎える。心配そうな表情をしながらも、誰も栞に加勢しなかったのは、怒った時の栞の怖さを知っていたからだ。おっかない栞にわざわざ近付きたいとは誰も思わない。
周りの野次馬達から「よくやった!」「格好良かったよ!」などと声を掛けられながら、栞達は本来の目的地である《ワイルドフォレスト》に向かって歩き出す。
「すいません……。面倒事に巻き込んでしまって」
野次馬の声が聞こえなくなった頃、栞が不安そうに頭を下げた。
気にすんなと笑い飛ばすドルーア達だったが、一人だけ口を開かずに何も言わなかった。
「…………」
心配そうな栞を励ます仲間から一歩離れた所から七海が栞の背中を見つめている。
少しだけ、険のある視線だった。
怖い人に絡まれているのに、誰も助けてくれない。
そんな中で、助けに入っていける人の心はとても強い。
羨ましい。
栞の姿に、かつて自分を助けてくれた男の人を思い出して、七海は目を伏せる。その男の人はもしかしたらもう、死んでしまっているかもしれないからだ。
「――やっぱり、兄妹なんだ」
七海の小さな呟きは、誰の耳にも入る事は無かった。




